第4話
飛行機のエンジン音は北から聞こえる。
大陸の敵軍機なのだろうか。
「このエンジン音は大型のエンジンだ」
軍刀を渡してロープを切ったさっきの頑強な男が言った。
ああ、せっかく助かったのに、敵の機銃掃射でおわりか……
ボートはおろか、波間に浮かぶ者たちにも機関銃弾を撃ち込み、波間に沈むまで敵は執拗に撃ってくるという
エンジン音が次第に大きくなった。いよいよか……
「違う!日の丸だ!」
「友軍機か?」
「そうだ。あれは海南島の海軍航空隊の偵察機じゃないか?」
そう、よく見ると海軍の哨戒機である。
きっと遭難信号を受信し、捜索に来たのだろう。ボートの全員は「おーい」と大きく手を振った。
哨戒機は我々の上空を2~3回旋回して、低空飛行をして、去って行った。
風が出てきて波のうねりが大きくなってきている。
もう何時間漂流しているのだろう。
南国の日差しがジリジリと肌を焼くように、痛い。
だれかがつぶやいた。
「船影?敵潜水艦!」
「潜水艦が浮上してきたのか!」と南の方を指さした。
遠くの波間から船が近づいてくるのが見えた。
さっきは哨戒機が来て、俺たちの位置を知らせたかと思ったら、敵も信号を受信したのか?
もう終わりだ。これで本当にお陀仏だ。
しかし……
「あれは友軍の船だ!救命艇だ!俺たち助かったぞ!」
その救命艇はアチコチを回り、遭難者を救助している。
哨戒機からの情報で浮遊物につかまっているもの、救命胴衣を付けているものなど、苦しそうな者から、救助にあたっていたのだ。
ボートに乗っている我々は一番後回しだった。
太陽の高さからちょうど正午ごろだろうか。
我々が救助される番が来た。
船が撃沈されたのは、昨晩の23時頃、丸12時間漂流して、助かったのだ。
しかし……
遭難した護国丸には南方から引き上げる邦人、軍属、各陸軍病院、海軍病院からの傷痍軍人、イギリス兵捕虜、そして任務満期だった赤十字の看護婦さんたち、千数百人が乗船していたという。
われわれが助けられた救命艇はわずか200トンほど。
ここの船に収容されたのは何人だったのだろう。
このボートに優先的に導かれ、乗せられたのほとんどが将校で、重傷の私、あと1人結核を罹患した看護婦さんだけだった。
あの我々を誘導し、イギリス兵捕虜を助けに行った看護婦さんたちはどうなったのだろうか?他の救命艇が救助したのだろうか。
海から引き上げられた我々は、狭い船室に押し込められた。
途中の航海中、敵潜水艦の潜望鏡を発見したらしく、発砲音がドン、ドンと聞こえた。この小さな船が揺れた。
戦闘らしいものは、港に着くまではただそれだけだった。
船での炊き出しのおにぎりが山のように盛られ、沢庵が配られ、とても美味しかったのを覚えている。
◇◇◇
昭和19年9月9日 夜
私は海南島の海軍病院に到着した。
※海南島 現在の中華人民共和国海南省、南シナ海にある島。第二次大戦中は日本の占領下で海軍航空隊の基地があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます