第2話

 魚雷は船尾に命中したらしい。


 前日の夜にも似たような衝撃があった。

 それは魚雷攻撃を避けるために、ジグザグ航行をしてたために、輸送船同士が衝突したのだ。

 その時は、遠くで別の船が魚雷を受けて、高く黒煙を上げていた。

 私の部屋に来ていた看護婦さんが、「みなさん今度はこの船でしょう。しっかりしてください。ボートはこの横にあるものですから、もしその際には、そこに集合してください」

 と回って説明していたのだ。


 ついに我々の船がやられたのだ。

 予期してたことが訪れた。


 船尾に居る乗船客がガヤガヤと騒がしくなり、船内に非常ベルが鳴り響いた。


 船員はメガホンを持って、「すぐには沈まない大丈夫だ。集合場所へ」と回っている。


 ある者は、船内にある浮遊物などを持って、海に飛び込むんでいった。


 ふと看護婦さんが通りかかった。

「どうしたのか」

「船首の方にイギリス兵の捕虜がいます。救助に向かいます」

「船倉で鍵がかかっているだろ。放っておけ、早く避難をしなさい」


 看護婦さんは、しばらく沈黙の後に

「私は万国赤十字社の社員です。敵も味方もありません」


 わたしはその矜持に、自分を情けなく思った。

 近くにいた船員や傷痍軍人で工兵の徽章をつけた者が、看護婦さんたちの護衛と手伝いを申し出て、一緒に船首の方に向かって行った。


 船の浸水が激しくなっている。

 船尾の方から浸水して、後部甲板にはすでに海面の波でビシャビシャになってきていた。

 通路にドンドンと海水が入ってきている。


 私は集合場所に軍刀を杖代わりにして立っていた。

 担送者の私は優先でボートに乗せられた。

 あっという間にボートが満員になる。


 船員の合図でスーッと海面に下ろされた。


「早くロープを切れ!早く!」と上で船員が叫ぶ。

 しかしロープを切断する道具は誰も持っていない。


 近くにいた頑強そうな男が、わたしの軍刀を見て、

「それを貸せ!」と叫んだ。


 ロープを軍刀でゴシゴシと切る。

 そうしている間にも、船の浸水が進みドンドンと傾いていく。


 ◇◇◇


 昨晩、満天の夜空の中で看護婦さんから大丈夫、大丈夫と聞いた時に彼女らのことを聞いていた。

 東北の方の出身らしい。


「ほら、あそこにシリウスが光っているでしょう」

「シリウスってなんですか?」

「あの夜空に大きな三角形が見える。その中で一番明るい星だ」

「ああ、あれですね」

「その下に、橙色の星が見えるでしょう」

「そのシリウスの次くらいに明るい星でしょうか」

「あれはカノープスといって、東北のあなたたちには見えない星だ。わたしも北国の生まれで、兵隊になって始めて見た」

「それがどのような意味があるんですか」

「あの星がこの季節は、明け方頃に出てくる。南の方角の目印だ。迷ったらあの星がある方向を南だと思うがいい」

「タメになりました。ありがとうございます」


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