リプレイ(4/4)

 水鈴みすずの追想は都合よく、まさにしずりと「はじめて一緒に観た」映画をよみがえらせる。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 『デストレイン~その終点は死~』とは、WFMO政府が人間を≪スキン≫と≪人命データ≫に代えて間もない、≪スキン≫社会黎明れいめい期に制作された実写映画。


 しずりの父親が総監督を務め、魔列車デストレインによってひきころされるだけの役として20,000体以上の≪スキン≫を導入・処分して、他に類を見ない大迫力のアクションシーンを生み出したことで、好事せんもんから高く評価されている。


 経年5年の頃の水鈴は、しずりとともに日月しずみ家で『デストレイン』をた。


 作品のしに関係なく、触手しょくしゅを生やした怪物列車が人間をなぎ倒し、粉砕するという映像はあまりに衝撃的なものだった。


 物心がついたばかりの水鈴としずりの好奇心をかき立て、激しい興奮を起こさせることが、難しいはずもない。



「いけーっ! そこに逃げ込んだぞ! しねー!」

「もっところせーっ!」



 エキサイトし、スクリーンに歓声を飛ばす、幼体≪スキン≫の水鈴としずり。


 2人は、魔列車が人間たちの身体を引き裂けば喜び、触手でつらぬけば驚嘆きょうたんし、人間の兵器によって攻撃を受ければ「がんばえー!」と心のそこから応援した。


 『デストレイン』がエンドロールを迎える頃、2人は愉悦ゆえつで胸がいっぱいになり、夢ごこちの表情を浮かべて、お互いに向き合っていた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 そして――およそ7年後。

 水鈴は同じ映画を前に、戦慄せんりつしていた。


 『デストレイン』はその実、何も変わっていない。


 ≪スキン≫惨殺ムービーとしての鮮烈さも、マニア志向のカネドブコメディーグロ映画という地位も、しずりの父親の日月しずみ 照彦てるひこ監督の出世作である事実も、何もかも。


 また、水鈴自身の内に渦巻うずまく情緒も、『デストレイン』に接したばかりの当時から大きく変化などしていなかった。


 液晶の光を浴びて、人倫統制器じんりんとうせいきが打ち震える。

 画面を残酷ざんこくが横切るたびに、水鈴の奥底から感慨かんがい湧然ゆうぜんとわき上がってくる。

 それは映画を純粋に楽しんでいることと相同おなじだ。


 しずり。しずりがおかしい。


 父親が制作した映画、親友と大盛り上がりをしながら観た映画。

 内容を知っているのであれば、脳裏にこびりついた名場面をリプレイし、咀嚼そしゃくするように見つめるだろう。

 あるいは、憶えていなかったとして、無知からくる疎外感を避けようとする人間の心理に照らせば、構図・セリフ・効果音・BGMなどから、思い出につながる手がかりを探そうと躍起やっきになるのではないか――。


 水鈴の本能が、そうささやいていた。



「……しずりん」

「あっ、うん。なに?」



 しずりはホームシアターを満たした『デストレイン』の世界へひたりながら、水鈴に意識の一片をかたむける。集中が薄れている。


「あー、そういう感じね」と、今にも口に出しそうだ――水鈴が不安視するほどに、映画を視聴するしずりの姿からは情熱が抜け落ち、ほうけているようだった。


 『窮屈きゅうくつ』ではなく、『退屈たいくつ』。この印象をしずりから感じ取ってしまったことに、水鈴は戦慄せんりつしていた。



「(なんで、そんな顔してるの? しずりん、この映画、水鈴と一緒に観たことあるよね……?)」



 水鈴は深い疑念を覚える。


 しかし、たとえ疑心暗鬼の範疇はんちゅうにある、頭の中だけの考えであっても、水鈴の人格くちがんとしてその明言を避け続けた。


 しずりんは、死んでしまったの?――と。

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