sexy dynamite

チャプター4  インク(1/2)

 透見川うおせ 水鈴みすずが≪学園≫へ入学して、1年が過ぎた。


 当年限りの基礎課程を修め、愛玩用ウイルガ型≪スキン≫たちは自動的に生涯しょうがいクラスへ繰り上げとなる。


 生涯クラスとは読んで字のごとく、愛玩用≪スキン≫が生涯にわたって決められたテーマの研究を行う、≪学園≫の中心的プログラムだ。

(もっとも、ここで挙げている「生涯」とは、現在の≪スキン≫が死ぬまでの期間ではなく、研究そのものが意義をうしなうまでの期間を指す。)


 生涯クラスで行われる研究成果のすべては、人類の絶対値ぜったいちである第一世代バーナム型

≪スキン≫に献上けんじょうされる。

 なかでも優秀であると認められた技術については、将来の人類存続につながることもあり、全世界の第一世代が、愛玩用≪スキン≫の可能性に注目していた。


 そして、時を同じくして、歳月をへることに劣化以上の意味がない≪スキン≫のうえで、水鈴はじつに13個目の誕生日ケーキを家族とともにたいらげる。



水鈴みすずは、生涯クラスで何を勉強することにしたのぉ?」



 水鈴の母親がしっとりとした声で問いかける。

 はっとした顔を浮かべる水鈴。銀紙からショートケーキの生地をこそいでいた手を置いて、母親の顔に向き直る。



「あっ、うん。水鈴は生物科にしたよ。生化学だけじゃなくて、動物の歴史とか地球工学亜科テラフォーミングとかもあるから、おもしろそうだなって」

「うんうん。おもしろそうなのはいいことだっ!」



 少量のアルコールに酔った水鈴の母親は臭気をまとって、ウリウリと水鈴の小さな身体をかわいがる。「お母さんおさけくさーい」と口先だけの抵抗をして、母親からもみくちゃにされる水鈴。


 父親が混ざりたそうに2人を見ている。



「あ、まぁたかみ伸びてきたね。そろそろ切ろっか」



 突然、温度のない声で水鈴の母親は水鈴へ物申す。


 はじめ、水鈴の顎先ほどの長さだったもみあげは鎖骨に接し、襟足うしろがみ胸椎きょうついの中央まで達している。


 過度な長髪は女性のステレオタイプの典型であり、ソフムをはじめとする政府WFMO直属の監視員に見つかれば、≪憲章けんしょう≫違反として厳重に処罰されることがある。

 水鈴の母親は監督者として、水鈴のメンテナンスをしようとしているに過ぎない。


 そのとき、水鈴は小さく強く「イヤ」と答える。母親に代案を供する。



「髪、こうやって編み編みすれば……ほら、短くなったよ! これならいいでしょ、ね?」



 水鈴は手短に編み込んだ三つ編みの髪型を、両親に見せる。


 たしかに長髪ではなくなった。

 ただし、魅惑的な装飾のほどこされたようすは、旧時代の目をもつ水鈴の母親にとって可憐かれんな少女を思わせた。



「えっ。ちょっ……お父さん、いいのこれ?」

「うーん……いいんじゃない? うん、いいよ。パパは、かわいいと思う」



 うろたえる水鈴の母親。


 彼女――≪憲章≫への絶対服従をちかった第一世代≪スキン≫をたしなめたのは、同じく第一世代≪スキン≫である水鈴の父親だった。


 またさらに「かわいい」と評された水鈴は、にんまりと笑って、父親に「ありがとっ」を返した。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 新しい髪型をして、胸元むなもとにトレードマークの真っ白いシルクスカーフを揺らしながら、意気揚々いきようようと≪学園≫に到着した水鈴みすず


 生涯クラスの教室がある研究棟へと歩みを進める。


 途中の教育棟にて、今年度の新入生≪スキン≫たちが起こしたいくつもの波浪はろうまれそうになるも、水鈴はそのつど柱の陰へと隠れてやり過ごす。

 もはや、≪学園≫の日常と化したやりとりに、危険な安らぎを覚えていた。


 水鈴の暮らす都市の≪学園≫生涯クラスは、生物科のほかに都市開発科、情報科を加えた計3学科が存在する。


 しかしながらその実情は、他都市の≪学園≫とは比較にもならないほどに小規模であり、生物科以外の学科の通算成績についていえば、「落第生の受け皿」と呼ぶにふさわしい。

 生物科は当該都市において、えらばれしエリートが集まる学びの場なのだ。


 始業。


 わずかに遅れて、≪学園≫のエリートたちを束ねる教室の長が、威勢よく扉から入ってくる。



「おはよう、エゥッリートな諸君。が来たんじぇね!」



 パチパチと軽い金属めいた足音がやがて静止する。

 安全靴に、白衣姿の白いちんちくりんの子どもが、教壇の前に堂々と立ちふさがる。


 ≪学園≫生物科における、教育と研究を一任された教職用ソフム型≪スキン≫。

 通称、ソフム。



「と言いつつ、今日は気が変わってさ。別に先生をお呼びしているから、君たちもいっしょに楽しみながら勉強するんじぇね」



 ソフムのもったいぶった導入を経て、本日教鞭きょうべんをとるという人物――第一世代

≪スキン≫が、教室に姿をあらわす。


「≪成長促進剤インク≫製造をしている、≪スキンルーツ≫公社の針塚はりつかです」


 つめたい声で名乗った彼は、合図なしにつらつらと自身の業務、そして≪インク≫の基本知識について話し始める。


 要約すると、次の内容だ。



・≪インク≫とは、はいの体細胞分裂を急激に速める効能をもち、望んだ経年相当の

≪スキン≫を短時間で生み出すことを可能とした技術だ。


・≪インク≫の開発が、現代の≪スキン≫社会の大いなる発展に寄与きよした。



 ――これらは愛玩用≪スキン≫からすれば、「決まった場所で用をす」程度の常識に過ぎない。

 水鈴たち学生は、針塚の話を、徳がない念仏のように考えていた。



「ほいほい、針塚はりつかセンセ! 学生が白目いてるんじぇね」



 針塚による解説を、白い長い髪を振り乱してソフムが途中でさえぎる。



「今日はせっかくイイモノ持ってきてくれたんだし、こっからは実験じぇね!」

「あっはい……ええ、本日は、≪インク≫による効果を体感してもらいたく、こちらで試験用の人工子宮をご用意しました」

「君たち、5つのはんに分かれるんじぇねー」



 すかさず、ソフムが廊下に飛び出す。

 そのちんちくりんの身体で、教室へ運び入れてきたものは、台車に乗った5台の人工子宮のカプセルだ。


 ガラス材とおぼしきその外殻がいかくは中を見通すことができる。

 中には、子宮内膜ないまくの役割をもつ透明な袋が入っており、カプセルの表面中央部にかたどられた子宮けい部へヒモでつながっている。


 学生たちはソフムの指示に従い、各自判断で計5つのグループを作った。


 目の前に、ソフムが次々人工子宮のカプセルを設置していく。

 カプセル内の子袋はしぼんだままだ。



「先生、これどうやったら子どもが発生するデキるんですか?」

「あ? もうその袋に入ってるんじぇね!」



 学生の1人が発した安易な質問に対して、ソフムは不用意に強い語気で、投げやりに返答する。



「いちいち、なんでやかんでいてきても、先へ進まないじぇね! いま配ったプリントに手順と注意事項は書いてあるから、班で協力してやるんじぇね」

「あの、そのプリントってまだ配られてないですよ?」

「あっ」



 学生に指摘され、ソフムは目を丸くする。振り返った教卓には、当該プリントが差し置かれていた。


 ソフムは赤面し、「ア、アナログなのが悪いんじぇね!」と叫んだのち、各班へプリントを配りに、てちちと走り回る。

 ついでとばかりに、これも配布しわすれていた教材用≪インク≫の入ったカートリッジも学生へ手渡した。


 教室内に、学生たちのくすくすという笑い声がきこえるなごやかな雰囲気の中、≪インク≫の効果検証試験がはじまる。

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