リプレイ(3/4)

 学生たちは次に人工子宮の受胎じゅたいラインと、≪成長促進剤インク≫によるはいの発生ラインを、なかば流れ作業的に見学する。


 一行の中には、これらを目にして気分を悪くする者、悪寒おかん嘔気おうきにさいなまれる者が何名かつぎつぎと現れる。


 水鈴みすずの父親はこれを好機と見て、当該学生の看護などはせず、とある工程のラインまで水鈴たちをいざなう。



「ええ。少し順序が前後しますが、ここが出荷前検査の直前(要するに、製造工程の最後)にあたるラインです。すべての愛玩用ウイルガ型≪スキン≫に、1つずつ人倫統制器じんりんとうせいきを装着します」



 水鈴の父親が指さすコンベヤたちの上。


 ぐにゃりと脱力して生気のない、一方で肉つきがよく、赤黒いルビーのようにかがやへそをもっている愛玩用≪スキン≫が、絶え間なくコマ送りに流動している。



「ただ、人倫統制器をつけるだけのところです。しかし! 脳髄のうずいに接続し、

憲章けんしょう≫にもとづいてわたしたちの認識を正しいものに変換するのが統制器ですから。なおざりにできません。さらに調整を誤ると、『生前ぜんかいの≪人命データ≫』をインストールできなくなってしまいます。この工程は、≪スキン≫が使い物になるかならないか、その価値を決めるとても重要なものなんですよ!」



 力説した水鈴の父親は、それから人倫統制器のサンプルを学生たちへ順番にさわらせた。



透見川うおせさん。あの、統制器が身体になじむのってどれくらいかかるんですか? さっきからしんどいんですけど……」



 愛玩用≪スキン≫の1人が、平然としている水鈴の父親のようすにたまらず質問する。



「『なじむのがいつか』は分かりませんが、統制器自体はもう機能していますよ。やまいは気から、とも言います。目の前のものがつねであると思い込めば、気持ちがスッとするでしょう。ただ、特注の≪スキン≫だと、短時間で一気に強いバイアスがかかっているからなぁ……しばらくは様子見がいいかと考えます」



 製品に不備はないため、使用者のさじ加減でどうとでもなるが、慎重にあつかってほしい。

 そのような、当たり障りのない公式見解に、ええーと学生たちから不満の声が上がる。ソフムたちが場をしずめる。


 一同はあらためて順路に戻り、統制器装着ラインの1つ前にあたる、幼体

≪スキン≫の出産ラインへと向かう。


 出産ラインを担当する≪スキン≫たちは、中身のまった人工子宮のカプセルを品番ごとに振り分ける。

 新品、経年10年未満相当用、経年10年以上相当用の、大別すると3種類。


 水鈴みすずの父親。

 は作業台に乗せられた1人の幼体≪スキン≫を手に持ち、水鈴たちへ披露ひろうする。



「新品は、いちど子宮から取り出して、欠陥けっかんなどないことを確認したあと出荷用のカプセルに詰め直します」



 早口に話す水鈴の父親。


 しかし、学生たちの関心はもはや彼の言葉にはなかった。

 ガラス玉のひとみ興味津々きょうみしんしんと幼体≪スキン≫を見つめている。


 水鈴の父親はおだやかな笑顔を浮かべ、手近な愛玩用≪スキン≫の1人に、幼体

≪スキン≫を手渡した。



「うわーっ、なにこれ! しわくちゃ!」



 愛玩用≪スキン≫の1人は大喜びする。

 その腕の中で乱暴に抱きかかえられる幼体≪スキン≫を、物見ものみにぞろぞろ寄ってきた他の学生たちがいじくり回す。


 幼体≪スキン≫が赤子あかごのように泣くと、学生たちはびっくりして、そこから距離を取る。



「なははっ。びくびくしちゃって。昨日の君たちですよ」



 ソフムがさっと、愛玩用≪スキン≫の腕の中から幼体≪スキン≫を奪いとり、自身の白衣の中で抱き直す。

 ソフムがあやすと、サイレンのようだった幼体≪スキン≫はたちまち泣き止んだ。



「さて、次は出荷前検査の工程をに――」



 そのとき、水鈴の父親の案内をさえぎって、昼休憩を知らせるための、本物のサイレンがひびき渡る。

 一同の次の行き先は食堂とあいった。


 学生たちに混ざり、終始見学を楽しんでいた水鈴は、少しの名残なごり惜しさに、グループから遅れて出産ラインの作業場をながめながら歩く。


 先のサイレンが鳴ったあとも、シンプルなデザインの≪スキン≫たちは黙々もくもくと仕事を続けていた。

 そのかたわらで、ばしゃっと水音を立て、人工子宮から引きずり出される幼体の愛玩用≪スキン≫。


 作業員が幼体≪スキン≫を作業台に移し、計器と経験でそれを見定みさだめる。

 必然として、≪スキン≫の生まれ持った遺伝子疾患しっかんを検知した計器は、これもまた必然として警告音を発した。


 作業員は発報を記録すると、幼体≪スキン≫を廃棄用通函つうかんの中に放り込む。


 水鈴はその一部始終を見ていた。


 ごみ箱同然の通函によって加工所へと運ばれ、これから食肉フレッシュミートとなる幼体≪スキン≫の、最後の姿。


 水鈴は克明こくめいに記憶する。

 その記憶は、今日の日からかならず水鈴の食卓にあらわれ、フレッシュミートの陰に水鈴自身たち≪スキン≫の幻影をみせる亡霊ぼうれいとなった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ≪スキンプラント≫構内の食堂改め、休憩室。

(工場に勤める数名の第一世代バーナム型≪スキン≫のみが利用するため、広さは14帖程度しかない。)


 学生たちとソフムは一枚テーブルに席を並べ、肩を寄せあって着席する。

「前回来たときは、外に何基かテントを張ってだね……」と、引率いんそつのソフムは申し訳ないようすで、学生たちに弁明している。



「さて、皆さんお待たせしましたっ! これを楽しみに来てくれた人もいるかもしれませんね。あっ、いやっ、事故で来れなかったわけだし、違うかな……」

透見川うおせさん、なんですか?」



 水鈴みすずの父親のたわむれに付き合っていられず、愛玩用≪スキン≫の1人が厳しい声で返す。



「すいません……工場名物の、新鮮なフレッシュミート料理をお出しする予定でしたが。こちら、まずかったですか?」



 人倫統制器がいまだなじんでおらず、道徳にわされるという話をしたばかりということを、まったく失念していた水鈴の父親。


 本当に申し訳ないという表情を浮かべて、引率のソフムに救いはないかと求めるも、顔の悲壮ひそう感が倍になるだけだ。



「ええいっ! 食ってないのに、まずいかどうかが分かるもんか。ぼくはいただきます!」



 血気さかんに名乗りを上げたのは、しずりだ。他の学生たちも後に続けと手をげ、工場名物の料理を強く所望する。



 まもなくして、件の料理が食卓に運ばれた。


 野次馬の班長いわく、規格外の≪スキン≫から骨のずいまで旨味をとった「」。

 栄養価満点でコリやわ食感がくせになる「プラセンタ焼き」などがメーンディッシュとして中央に鎮座ちんざする。


 その横にはすでに禁忌きんいどみ、吐しゃ物をまき散らしてグロッキーになった、2代目≪スキン≫の学生たちが転がっている。


 片や、初代≪スキン≫の水鈴は伏し目がちに座ったまま、そうそうたる午餐ごさんに手をつけようとしない。

 そればかりか、肉のられた皿を視界に入れることにすらおびえている。



「みすぅ、みすぅ」



 様子のおかしい水鈴みすずを、しずりが楽しい声で呼ぶ。

 水鈴は顔面をずらし、しずりの声を追う。


 水鈴の目に見えるのは、しずりの清潔な統一制服の丸襟フラットカラーと、笑顔ではむあどけない表情だ。



「なんかいけた!」

「うん。よかったね」



 工場名物料理に舌鼓したつづみをうつしずりに、水鈴はかわいた感想を述べる。


 水鈴の意識の外で、しずりが傷心から笑う。

 するとその肩をやさしくたたかれる。水鈴の父親が、しずりの背に立っている。



「ごめんね、色々繊細な子で……気にかけてあげてくれ」



 水鈴の父親の言葉を受け、しずりの胸は自責の念でいっぱいになる。



 ≪スキンプラント≫での長い園外学習を終え、デマンドバスで帰路につく学生たち。


 物思いにとらわれたままの水鈴。

 首元に巻く、親友からもらったスカーフを握りしめる。真っ白いスカーフは、夕焼けに擬態ぎたいしようと赤く光っている。



「あのさ、みすぅ」

「ん……?」



 水鈴の横の席にすわったしずりが、落ち着きのない首を水鈴のかたっぽにあずける。



「帰ったら、うちで映画ない?」

「いいけど……」

「うん。決まりね。父さんにチュロスも焼いてもらうから」

「さすがにチュロスは焼けないでしょ?」

「チンしてもらうのっ」



 しずりが子どもじみた口調で提案する。

 すると、水鈴みすずが子どもの疑問を投げかける。


 2人はバスが走る最中、意味もなくじゃれあった。


 いつしか、夕焼けのぬくもりに、なつかしい思い出へといざなわれていた。

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