バースデイ(4/4)

 ≪学園≫の一日のカリキュラムが終わり、学生たちはまばらに帰宅の準備を始める。


 水鈴は人混みを避けるため、本日も送迎車を呼ぶ。

 一方、しずりは正門の前まで来ると足を止め、水鈴の後ろから「ごめん!」と呼びかけた。



「ぼく、これから映文会の集まりがあるから。みすぅ先に帰ってて!」

「えっ。なんで? しずりん、1人で大丈夫なの?」

「いや、もう子どもじゃないから! ていうか普通に路線バスあるし。じゃばいばい」

「うん……またね」



 水鈴が別れの言葉のあとに、表情をくしゃっと丸めるところを見ることなく、しずりはふたたび≪学園≫の学舎にもどっていってしまう。

 双子のきょうだいのような背中を見送る水鈴。帰るしかない。


 しばらくすると、帰宅に向かう≪スキン≫の奔流が水鈴を追いかけてくる。

 巻き込まれるわけにはいかないと、水鈴は≪学園≫鉄道の駅舎をこえて、送迎車の待合所へ走る。


 その日、水鈴は眠りにつくまでに、しずりの顔を見ることができなかった。



 とある時刻を過ぎた三四秒後、寝床から水鈴がアラームもなしにすくっと起き上がる。

 目を覚ました、つまり翌朝のことだ。


 水鈴は1人で統一制服を着る。

 首元の皮膚に食い込む鉄輪、むき出しの人倫統制器をおおって、真っ白なシルクスカーフを巻きつける。


 私室からリビングに下りた水鈴を、フレッシュミート特有な甘い香りが歓迎する。

 昨夜の夕食の残りを水鈴の母親が加熱し直したものが、すでに食卓にならんでいる。



「おはよう、お母さん。パパ」

「おはよう水鈴。いいあいさつ! さっ、ごはんにしましょっ」



 母親が飛び跳ねながら座席につく。水鈴と父親もつく。合掌はしない。コールの後、いっせいに食器が鳴り始める。



「≪学園≫は楽しい?」

「もう、パパそれくの何回目ぇ? 楽しいよ。最近はソフム先生とも仲良くなってきたし」



 父親の投げやりな質問に呆れつつも、声をバウンドさせてはきはきと答える水鈴。



「そうか。ソフムって、パパ見たことないけど、すごい頭いいんだよな?」

「そだね。見た目じゃ分かんないけどね」



 すると父親は卒然、眉をひそめ、くうと情けない鳴き声を上げる。



「パパも一度でいいから教職用ソフム型≪スキン≫、作ってみたいなあ。もうそろそろ愛玩用ウイルガ型だけだと飽きて来てさ……そういえば、バスの事故でしずりさんたち死んだみたいだけど、うちに新≪スキン≫の発注来てさ――」

「ちょ、ちょっと!」



 水鈴みすずの大声が、父親の世間話をさえぎった。



「ん?」

「今のなに? バスが事故、しずり、ん、えっ……」



 リビングには、別の時空の水鈴をコピー・アンド・ペーストしたものと遜色そんしょくない異質な雰囲気が醸造されていた。


 水鈴に言をさらわれた父親はひたいにさらさらとした汗をかき、汁椀に沈めた白米へスプーンを突き立てたまま静止する。

 その隣に座った母親も、肉汁をすくうスプーンの柄に指先を保留し、水鈴へものうげな視線を向けている。



「しずりんが死んだって、ホントなの?」

「そうだけど……」



 水鈴の淡々とした質疑応答が、いっせいにリビングを汚染していたしもを溶かす。

 父親が震えながらの息遣いをもって、水鈴に世間話の続きを聞かせた。



「だから、うちの工場に経年12年で新≪スキン≫を作ってくれって発注来たの。そこにしずりさんの分もあってさ」

「なんで……何、それ」



 水鈴は肩を落とし、もう何も言わない。眼下がんかには無意識にこぼしたもの、吐き出したものがテーブルを汚している光景がある。痛々いたいたしいほどに現実味を帯びている。



「何言ってるの?」



 水鈴の母親。保留していたスプーンを口に含み、フレッシュミートの肉汁の味をしかと見ながらのべる。



「よかったじゃない。早めに死亡確認が取れて」

「ああ。そうだよな。水鈴、早ければ明後日にはしずりさんに会えるぞ」



 父親は屈託くったくのない笑顔でよどみなく事実を口にし、いとしの我が子の頭を撫でつける。つられて母親も、左の手で水鈴の耳元をくすぐった。


 水鈴は泣いた。

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