バースデイ(3/4)

 ≪学園≫は円環状の建造物だが、その円環の穴にあたる部分については、工場や政府関連施設、居住区で満たされており、≪学園≫の敷地にはあたらない。


 そのため、学生たちはおのおのの余暇を、≪学園≫上階の開放されたスペース、郊外にある運動場などでつぶすことになる。


 入学から1週間が経過した日の昼食休憩。上階の開放スペースを見に来た水鈴みすずとしずり。

 しかし、あいにくと設置されたテーブルは満席であり、2人は通算四度目の廊下飯に落ち着くこととなった。



「教室が施錠されてなかったらねー……」

「仕方ないよ、みすぅ」



 ところが、廊下飯の現場を厳格なソフムに見つかると、サイアク政府報告になりかねない。


 2人は持ち前の小柄さを活用し、円環状のアーチにかかる部分の柱に2人でくっついて身を潜め、ソフムの気配がないことを確認しつつ昼食にありつく。



「きょっおはおかあっさんの、ミイィィトボオォォル~っ」

「ノリノリじゃん。ただのフレッシュミートと玉ねぎの揚げ焼きに甘じょっぱいソースをまぶしただけの料理なのに」

「よだれ出てるよ」



 水鈴は自身の弁当箱に入ったミートボールを器用に半分こして、一方をしずりの口に放り込む。しずりが「んま」と鳴く。水鈴はしてやったりと頬をゆるませる。



「でもさ、これは結局フレッシュミートボールだよ! ぼくが昔たべた牛肉は、もっととろっとしてて、アブラギッシュでコクがあった。……フレッシュミートってさ、なんかジャキジャキしてて微妙なんだよね」



 しずりは言うと、突き出した舌を、左手のフォークの側面でこそぐようなしぐさをとる。

 水鈴は見過ごせずその手をやめさせるが、見つめ合ったしずりのひとみにささやかなる抵抗がにじんでいることに気づいた。



「たしかに、フレッシュミートって軟骨なんこつ入ってるし、ざらざらしてるし味も美味しくないときがたまにあるよね。でも、水鈴は、お母さんの作る料理好きだし、こういうのもアリかなって思うんだ。牛肉はあんまり知らないけど……」

「うん……みすぅ、ちょっと言い過ぎた。おばさんのミートボールはホントに美味しかったよ」



 しずりは統一制服のすそで口元をぬぐうと、うやうやしい態度で水鈴に向き直る。



「でもさ、時々思うじゃん。別のもの食べたいなって。ぼくたちがフレッシュミートばっかり食べさせられてるの、おかしいよなって……」

「美味しかったら、いいんじゃない?」

「それはそう。でも、これはこれよ」



 親友の強固な訴えに、水鈴は不毛な反論をジャキジャキのミートボールとともに飲み込む。


 手元の弁当箱を俯瞰ふかんすれば、

 フレッシュミートのそぼろ煮に冷凍フレッシュミートコロッケ、

 フレッシュミートの唐揚げ、レンコンとフレッシュミートのはさみ揚げ、

 ポテトフライ――


 フレッシュミートか揚げ物かの二択しかないことが分かる。水鈴も内心、茶色いなと感想を抱く。



「っていうか、ぼくさ、映文会ってのに入ったんだ。どうこうかい?」

「すごい話変わるね。なんのこと?」



 水鈴が、自身の食生活のあり方について思い悩むさなか、しずりは自身の娯楽のあり方について思いをめぐらせていたという話だ。



「うちの父さんが映画監督だって会長さんに話したら、ぜひに! って言われて。まあぼく、研究とかあんまり興味ないし、父さんも母さんも、≪学園≫は義務だがそれ以上の何ものでもないって言ってくれててさ。だったら映画撮りたいなーって」

「なんかそれ、怪しくない? 映画撮るって甘い言葉でゆうわくして、ヘンなことさせられたりするんだよ、きっと!」

「そういうのも、アリかなって」



 しずりはわざとらしく、少し前の水鈴の言い回しをまねてごまかしを言う。



「ここから何十年、何百年……ヘタしたら千年って話じゃん? そりゃ死ぬよりマシだけど、いつか死んだほうがマシってなる気がする。だからちょっとでも、毎日楽しいほうを選びたい。ぼくは父さんを観ててそう思った。みすぅも、たぶんその気持ち、分かると思うよ」



 しずりは、透見川うおせ 水鈴みすずを見通す。


 水鈴は人倫統制器の制御の範疇はんちゅうにある、不安に似た何ごとかの感情をしずりから与えられる。

 その事象を何と呼ぶのか、水鈴は知らない。

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