バースデイ(2/4)

 それから他愛ない朝の時間を透見川一家と侵入者はこころよく過ごし、≪学園≫への出発の頃、送迎車に2人は乗り込んだ。


 水鈴の両親が玄関先まで見送る。水鈴は景気づけに2人へ大きく手を振り、通学の往路についた。


 自動運転の送迎車内では、ムーディーな洋楽めいた何かが座席の側面をたゆたう。

 狭い空間に落ち着かない水鈴みすずは「あのさ」と言い、しずりに救難信号を送る。



「≪学園≫鉄道、去年にはできるって(報道では)いってたけど、レールすら完成してないよね。駅ばっかばこすこできて来てさ。オセロでもしてるのかな?」



 ≪学園≫創設は水鈴たちと同時期。12年の歳月をかけて、街という盤面に出現したジオラマのひとつひとつを窓が流していく。


 それを水鈴が見下ろす。背の高い道路からながめれば、屋根とプラットホームと軌条のセットがそこかしこに乱立しているのが分かる。



「バス停としては、けっこう便利だよね」

「みすぅは寛容かんようだね」



 しずりが水鈴をありきたりに茶化す。水鈴は寛容の意味を知らない。



「そういえば、しずりんが統一制服着てないの、なんで?」



 水鈴の問いかけ。


 隣のスウェット姿の変人は、そのとき真顔になり、すぐに今までの気取った子どものモードを顔に貼りつけ直した。



「まあ、おっちゃんらに何も言われなかったし、大丈夫でしょ」

「でも制服ってさ、≪学園≫に行くなら着て行かなきゃダメなんじゃないの」



 水鈴のすばやい追い打ち。



「べっ、別に、忘れましたーっで通ると思うけどなぁ。『入学』はあっても、『退学』はないんだしさぁ?」

「そうだよね」



 しずりの返答を聞いて、水鈴は基本的なことを思い出し、問刀を鞘におさめる。


 透見川家を立って約30分、2人を乗せた送迎車は≪学園≫に接続した≪学園≫鉄道の正門前駅敷地内に駐車する。


 先の水鈴の言った通り、駅周辺には多数のバスや送迎車が停められ、≪学園≫に通う学生たちがぞろぞろと集まっている。



「みんな一緒だね」



 水鈴みすずは少し驚いてみせる。隣にいる自分と顔を見合わせ、それから駅に集まった学生たちを見る。


 違った。

 水鈴が見ているものは現代社会そのものだ。


 その場にいる何十、百という人間のすべてが、水鈴と相同な人物。


 顔や骨格はもちろん、髪型まで同じ者もいる。似ている、ではなく同じだった。

 それらは株を同じくするキノコのようにつながって見え、幾重にも重なって聞こえる足音で≪学園≫へと歩みを進めた。


 人はこれらを≪スキン≫と呼ぶ。


 たとえ透見川 水鈴であっても例外なく≪スキン≫。これらは現代における人間のスタンダードなのだ。れることは決して許されない。


 水鈴は一瞬、眼前を染める社会図におそれを覚えた。

 しかし、スカーフの下の人倫統制器じんりんとうせいきをなぞると、胸中のふゆかいな塊はすっと輪郭線を消し、常識のなかに浸透する。



「これから、水鈴みすずもこの中の一部になるんだ……」



 そこにスウェットをトッピング。

 しずりが映った瞬間、群衆は水鈴にとっての一部ではなくなり、自分としずりのいる世界のしがない背景に成り代わった。



「しずりん、おかしいって!」

「誰がおかしいだ! 仕方ないでしょ、制服ないんだもん。ほら、行くよっ!」



 しずりは強気に言い放ち、水鈴の手をにぎる。



「あははっ、おかしいっ!」



 2人は笑い鳴きながら、ざっざ駆け出す。群衆を突っ切る。キノコの谷を颯爽と吹き抜ける。


 ≪学園≫鉄道駅をこえて、2人の目の前には本物が姿を現した。


 都市をひと囲みした巨大な円環構造物≪学園≫の大正門。

 その場所は門を完全に開け放たれているが、気軽さをひとつとして思わせない荘厳そうごんかまえをして、あどけない≪スキン≫たちの前に立ちはだかる。


 水鈴たちは圧倒される。された。

 だからといってたたずんでいると、せま奔流ほんりゅうに飲まれることは避けられない。


 水鈴みすずたちはいっせいに≪学園≫へなだれ込む≪スキン≫の勢いに押され、記念撮影も何もできず学舎の中へと流されていった。



「いててて……すごい揉まれたよぉ。ぼく、怖かったよぉ」

「ここは、どこ?」



 水鈴があたりを見ると、同様にこの場所へ流れ着いた≪スキン≫たちの動揺するようすが分かる。



「≪学園≫って、入ったらどうするものなの?」



 水鈴は、純然たる疑問をしずりに投げかける。しかし当の本人は、先の災害の経験が尾を引いているのか気落ちしており、水鈴の声に耳を貸さない。


 いよいよ、未知のフィールドに、漂着者一同が固まるしかなくなっていた。


 そのとき、建物内にパチパチと鋭い足音が聞こえ、小さなものが近寄ってくる。



「おや。もし、今期入学の愛玩用ウイルガかな?」



 白いちんちくりんの子ども。

 体躯に合わない大判の白衣。

 安全靴。

 床につかんとする白髪。

 メガネ。


 百人が百人、造物ぞうぶつ臭いと評するに違いない、あまりに作りものめいた外見のそれは、ガムかホルモンを噛むようにねちっこく水鈴たちに話しかける。



「ここは生涯しょうがいクラスといってね、基礎の課程を修了した学生たちが入る場所でして。君たちの立ち入るべき場所ではないのです。案内しましょう。教育棟まで」

「あの……あなた誰ですか? 知らない人についていったらダメだって」



 漂流者の1人が果敢に、白いうろんな子どもへ食い下がる。



「わたし? なはは、わたしは人ではないので無問題もうまんたいですね。教職用ソフム、ソフムというのです。君たちの教本だと思ってください」



 ソフムはおごりのある、あるいは水鈴たち愛玩用ウイルガ型≪スキン≫を無知と見下しているように答えた。


 一同は変わらずソフムを信用できなかったが、右も左も分からない現状では、この白い目印についていくしかない。声をあげた≪スキン≫は、ソフムに同意する。



「……わかりました。お願いします」

「ほら、しずりんも行くよっ!」



 水鈴も、うずくまるしずりを小脇に抱え、ソフムの先導する行進に続いた。


 円環状の学舎は、構造物としての明快さと引き換えに、ブロックごとの移動に時間を要し、水鈴たちの体力を奪いとる。


 新入生の奔流が、はじめ学舎内を盛んに流れていたものの、教育棟に向かう道程で勢いが弱まり、途中にある研究棟(生涯クラスのあるブロック)などに脱落者が流れ着いたのだ。


 水鈴たちの歩む先々にもこの災害の爪痕つめあと――要するにダウンした脱落者たちが、多数転がっていた。



「悲惨だね……」

「毎年こうなのかな」



 教育棟を目指す≪スキン≫たちのだべり。

 これを聞いて、ソフムが後頭部を揺すり、左耳に食い込んだプラグをもてあそびながら笑い声を上げる。



「なははっ。もはや恒例行事ですよ。なにぶん、一都市一学舎であるばかりか、よその都市からの転入受入についてもかなり積極的でして。来年は死者が出るかもしれないです。――そんな話をしていたら、着きました」



 教育棟の看板が一同を出迎える。ソフムは水鈴たちに説明をと振り返るも、およそ親切さとはほど遠い表情となっていた。



「教育棟では、教室に入る際、ご自身の人倫統制器による照合が必要です。しかし裏を返せば、照合さえすればいいのでクラスという概念はありません。お好きなところでよろしくやってください。まあ、どのみち修了課程に差異はないですし、教室を選んでも意味はないですし、同級の友を選んでも時間のムダですし、ですし……ええ、本当にお好きなところでよろしくやればいいのです」

「えっ、そんなテキトーな……」

「ちなみに、スウェットの君」



 ソフムは、学舎に紛れ込んだ変人を指さす。

 指さされたしずりは爪弾つまびいたつるのような反応をする。



「それは?」

「あ、すみません、制服忘れちゃって」

「いけないですね。WFMO政府への報告が必要となりますので、一緒に来てください」



 ソフムは変人を職員棟まで連行するからと、苛立ったようすのまま一同の前からてちちと立ち去る。


 小さな歩幅の白い後ろ姿はなかなか遠ざからず、水鈴たちのなかに何とも言えない気まずさが立ちこめた頃。あの果敢さの≪スキン≫が言い放つ。



「そ、それでは……みなさん、クラスメートになりましょっ!」



 自ら発言することもはばかられる雰囲気の中、一同の誰も拒否しますと口にすることはできなかった。


 後ほど、ソフムから解放されたしずりも加わり、水鈴は漂流したメンバーたちと数日間を同じ教室で過ごした。

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