Fresh Mate/rial flow Organization

チャプター1  バースデイ(1/4)

 透見川うおせ 水鈴みすずはその日、経年12年目を迎えた。


 それは記念すべき日であるらしい。透見川家のリビングには、あどけない水鈴みすずの顔の輪郭よりもずっと大きなホールケーキがそなえられる。

 フリルのないショートケーキ。天面では、動脈を巻きつけたようならせんロウソクの何本かについた炎が気流に揺れている。


 水鈴は歓喜の声をあげる。



「わああっ!」



 実際、声というより鳴き声に近い。



「ありがとう、パパ! 今までで一番おっきなケーキ!」

「喜んでもらえてうれしいよ」



 父親という人物が感慨をのべる。その手で、水鈴の長い髪をなでつけてさらに言う。「せっかく伸ばしたけど、こっちは……」



「うん、水鈴もね、気に入ってたんだけど……」

「ダメだものね。あとで切ったげるから」



 水鈴たちに同情するその言葉は、台所からやってきた人物のもの。

 両手に掴んだポトフ鍋をリビングテーブルに「どーんっ!」といって置く。



「ハッピーバースデイ、水鈴。これはお母さんからのプレゼント。フレッシュミートの手作りソーセージのポトフよ」

「すっごい! やったやった。お母さん大好き!」

「パパも大好きだぞー」



 そのまま色々楽しんだ一家。


 腹も夜も満ち、ぐったりとした水鈴はコの字のソファでうたた寝をする。尾骨の半ほどの長さから、肩上に切りそろえられた白髪の毛束がモップをまねてソファ地をこそぐ。



「水鈴?」



 両親のどちらかの呼びかけに、「あい」とよだれ混じりに鳴く水鈴。意識はかろうじてあるらしい。

 どちらかはそれにそのまま言いつける。



「明日から『入学』だけど、大丈夫かな? 分からないことはたくさんあるだろうけど、時間はいくらでもあるんだから、焦らずにね。友だちを大切にしなさい。おやすみ、わたしの水鈴みすず



 ソファに転がる水鈴は、やがてすするような寝息を立てはじめ、ひどくおとなしくなった。

 はそれをしょって、二階の水鈴部屋まで上がると、静かなるそれをベッドに垂らす。


 明かりのない寝床。しばしの後、両親がそろって寝床のそばに一着の服を置いて、たくらみ顔で立ち去った。


 また空がく。


 目覚ましを必要としない、水鈴の正確無比な体内時計が神経を揺さぶり起こす。血の気の引いた表情に色がかえってきた。


 水鈴は、涙でみっちり固着したまぶたを筋力でこじ開け、光を存分に取り入れる。


 すると、非常にゆっくりと、光のシルエットのなかに見覚えのある人物が浮かび上がった。

 自分だ。

 鏡だ。

 ――いや、誰だ。


 水鈴はいきおい声を上げる。



「えーっと……しずりん?」



 合わせて指差し呼称。直後、人物と目が合う。


 人物は日月しずみ しずり。あだ名はしずりん。水鈴の隣人、あるいは幼なじみだ。水鈴部屋への不法侵入も珍しくない。

 そのため、特段の気まずさもない2人の表情は、いつのまにか、吹き出した笑みに変わっていた。



「グッモーニン、みすぅ(この湿気のある呼び名は、いつの間にかしずりが水鈴につけたものだ)。しずりんです。モーニングコールしに来ました」

「おはよう。今日はなに?」

「だからモーニングコールだって」



 しずりについては、軽口をたたくと連動して大げさな身振り手振りをとる、まるで吹き戻しのような落ち着きのない人物であり、およそ寝起きに会話して心地よい相手ではないだろう。


 水鈴も、愛着の裏返しと呼べば耳障りのよい、うっとうしい気持ちで今日の言を聞いていた。



「ぜったい意味知らないで言ってるよね……じゃなくて、本当はなに?」

「はは。なんてね。改めてハッピーバースデイ、みすぅ。今日は≪学園≫の入学式! というのでね、新たな門出に、いっしょに踏み出したいなと思って」



 しずりはきびきびと腰を動かす。ダンスの振り付けめいた動きで、両手に伸ばした1着の服を水鈴に見せつける。


 それは、昨夜水鈴の両親が置いていった、ある種の晴れ着だ。



「統一制服……っ! すごい、水鈴欲しかったの!」



 水鈴はすばやく目をしばたたかせ、ぱちぱちとてのひらを打つ。そのようすを前に、しずりもしてやったりと思ったのか、頬をゆるませる。



「そうよねそうよね。これから、ぼくが着替えさせちゃるけ!」

「うんうん! お願い!」



 水鈴は、しずりの目論見もくろみ通り、着せ替えに同意する。万歳脱衣。Tポーズ。


 しずりは統一制服の肩をもち、貫頭衣の名にふさわしい形で水鈴に着せる。

 肩の上で切りそろえられた白髪にはふれない。

 腰には巻きスカートを穿かせる。九分丈のすそからのぞく足には、水鈴の好む白い靴下がよく映えた。



「ありがとう! すっごいかわいい!」

「かわいいって何だよ」



 姿見の前に立つ水鈴は、はじめて着たとは思えないほど抜群に服と一体になった自分自身を見つめて、感動にいしれる。



「うれしいところ悪いけど、まだ完成じゃないんだよねー」

「ふぁっ?」



 言葉を口にしたあと、水鈴の前に、しずりが掛けたのは真っ白なシルクスカーフだった。

 しずりはスカーフを水鈴の首に巻きつけ、リボンのように絞って胸元にさげさせる。



「みすぅさ、統制器とうせいき見られるのきらいじゃん? だからね、こうやって隠すの。ぼくからのたんプレ」

「ありがとう……しずりん。大事にするね!」



 上のような一幕があり、以降、水鈴はどんなときでも真っ白なシルクスカーフを身につけるようになった。

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