フレッシュ

石鬼輪たつ🦒

チャプター0  イントロダクション

 漠然ばくぜんと、一方で着実に進行する地球環境の崩壊。

 多様性をうたう公然とした差別の横行。

 息をするように生まれる争いの火種と、繰り返される戦争。


 それらのうちのどれか一つとして、今すぐに人々を災厄さいやくへとおとしいれることはない。

 実際に災厄を味わうとしても、人間の順応性がじきに不安を、安寧あんねいの兆しと錯覚しはじめる。

 

 人々にとって問題なのは不安の種だった。完全無欠の正解をだれもが求めているわけではない。


 しかし、世界にひとつの正解が現れる! 

 かれらは世界新循環機構WFMOを名乗り、三柱の人権保護を旨とする≪新人類しんじんるい憲章けんしょう≫を樹立した。


 WFMOは、発足から長い時間をかけ、人間を新たな形へとつくり変えてゆく。


「人間とは、一定の連続性をもつ≪人命データ≫である」


 この一条により、人間のすべてがデータ化され、世界最高のコンピュータ≪ノストルム・アルカ≫に集約保存された。

 ただし、全人類がその対象ではない。1億有余の選ばれし人類の絶対値のみが人間と定義され、それ以外は打ち捨てられた。


「人間は今後一切の性差、人種差、年齢差そのほかの格差を排除はいじょし、自身の欲するところに帰属きぞくする」


 この一条により、人類はWFMOの定める画一的な肉体≪スキン≫の使用を義務付けられ、≪人命データ≫と≪スキン≫の組み合わせをもつものが、半ば自動的に「人間の典型テンプレート」とされた。


 もっとも、社会を動かすためには多くの人力が必要となるが、1億有余の人類はこれを担うことを避け、代わりに種々くさぐさの≪人命データ≫をもたない≪スキン≫を用意した。

 えてしてこの≪スキン≫たちは人権なき道具として扱われ、人類から差別された。


「人間をあらゆる苦痛から解放し、≪憲章≫による秩序と幸福で保護する」


 この一条により、WFMOは≪スキン≫の認知の操作を可能とする人倫統制器じんりんとうせいきを開発し、人類が使用する≪スキン≫にあまねく着用することを命じた。


 ところが、高度に発達した脳をもつ≪スキン≫の一部には、人倫統制器の作用を物ともせず、現代社会へ疑念と抵抗感をいだくものが現れる。

 WFMOはあろうことか当該≪スキン≫の影響力を軽んじ、看過していた。


 透見川うおせ 水鈴みすず――その≪スキン≫もまた、新世界秩序と幸福から逸脱いつだつしてしまったひとり。


 「彼」でも「彼女」でもないただひとりは、いつでもえのく命をひたすらに守り、自身の信念を無下にする残酷ざんこくで強固な常識を前に、ぼろぼろに崩れていく。


 けれど、もし、水鈴がくずおれた土の中から、まっすぐな新緑が芽吹くのならば――それは、すこしばかり美しいことではないだろうか?

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