チャプター3  リプレイ(1/4)

「あれっ、また? ヘンだなあ……」



 場所は≪学園≫、新入生のクラスが並ぶ教育棟の一角。


 教室入口にあるリーダーで人倫統制器じんりんとうせいきの照合をしようとする水鈴みすずとしずりを、現状あるすべての教室が拒絶きょぜつしていた。



「しずりん……ここもダメみたい。もう全部ためしたよ」

「そうよねー。どうしよ――って、なんかポップしてない?」



 10数分の苦闘をへて、2人はようやく問題の手がかりを見つける。


 人倫統制器のリーダーの液晶画面に浮かび上がった、エラーコードとは異なる表示をしずりが読み上げる。



「『園外学習を受けていません。通常講義を受けることができません。補講の時間です。至急しきゅう、2階テーブルに集合するように』だって。どう?」

「よく分かんないけど、2階に来て! ってことだよね」



 何ものかの誘導にうながされ、2人の足が≪学園≫上階の開放スペースに向かう。


 当該の場所とは、ピクニックテーブルに似た卓席一体型のテーブルが不規則にめられただけの空間。

 そのため、「テーブルに集合」という言葉に、水鈴みすずたちは困惑する。テーブルしかないのだから、どの卓につこうとも上の命令にはしたがったことになる。



「せめて目印めじるしとか置いといてくれればいいのに……」



 すくいをもとめて、雑卓の中へ踏み入ってゆく2人。

 しばらく進むと、人だかりのできた窓際の一角へ行き当たる。

 

 その周辺のテーブルにはモップのような髪型かみがた、切りそろえたショートヘア、ボブカット、坊主ぼうず頭などさまざまのシルエットを模した愛玩用ウイルガ型≪スキン≫が着席していた。

 水鈴はその中の何名かをにらみつける。


 奥から足音が聞こえてくる。パチパチと、重量ある爪先で床をたたきかなでるメロディー。


 真っ白い目印がぞわぞわと、建物の陰からせまり出てきたのだ。


 その中でひっそりと誰かが顔面モップをするが、水鈴たちは気づくことができず、眼前に現れた暴力的な白色の光景にただただ圧倒されていた。



「おはようございます、不良学生諸君しょくん。補講の時間です」



 造物ぞうぶつ臭い外見の≪スキン≫、ソフムはうっとうしげな物言いで水鈴みすずたちに告げる。



「あの先生ぇ、どうゆーことですかぁ?」



 1人の、まげを結った愛玩用≪スキン≫が、不良学生の言葉にまゆをひそめながらき返す。



「なははっ。どうもこうも……義務を全うしない愛玩用ウイルガのために、わたしたちが時間をかねばならないということです。ひどいです。なので異論は認めません。さっさと行きましょう。≪スキンプラント≫へ」

「全然分かんないんだけど……」

「むう。時間がしいのですがっ。要するに、君たちは先日バスの事故によってしたことで、≪学園≫の園外学習カリキュラムへ出席できず、WFMO政府の定める義務違反となったのです」

「それしょうがないじゃんっ! 義務違反にはならないでしょ!」

「どうどう、落ち着いて。そゆわけですので、今から工場へ園外学習に行きましょうということです」



 ソフムの言い分に納得できる者はいなかったが、その場の全員がソフムの指示によって開放スペースを後にし、移動手段の待つ≪学園≫鉄道駅入口にうつる。



「しずりん、あの人たちのこと憶えてないの?」



 水鈴は、となりにいるしずりへ手短に問う。


 あの人たち、バス車内でともにき肉とあいった顔ぶれを、まさか忘れているはずがない。

 水鈴の問いかけは上記の考えにのっとっている。



「えっ、ああ、うーん。まあ、あのまげは居たかも。他は似たり寄ったりだし」



 しずりはそっけない回答を返すと、ソフムたちの後ろについていく。


 やがて、駅舎の前に現れたものを目にした水鈴は、呆気あっけにとられた表情を浮かべた。



「みすぅ、どしたの?」

「……水鈴、乗りたくない」



 水鈴は目前のデマンドバスを指さし、ぼそぼそとつぶやく。



「みすぅ、送迎車派だもんね」

「そうじゃなくて……なんで、しずりんたちが事故にったばかりなのに。なんで、≪学園≫はバスを使うことをなんにも思ってないの……?」

「もう、みすぅったらまたぁ……」



 親友の死に連結する、あらゆる事象を避けようとする水鈴。

 しずりはため息をつく。


 他の2代目の愛玩用≪スキン≫たちはコンベヤの上を流れるように、整然と並んでバスに次々乗り込む。


 学生たちの背後について搭乗を待つソフムが、水鈴に顔を向けて目を合わせる。左耳朶じだをつらぬいたプラグに指をかけてもてあそぶ。



「『なんでちゃん』、早く乗ってくださいね。ここはまだ教室じゃないですよ」



 ソフムはこの場の多数派を代表して、水鈴みすずに意見を差し出す。

 もっとも、水鈴を納得させる必要はないとソフムは知っている。


 負け惜しみに「おかしいよっ……」と口にし、水鈴も走る巨大な棺桶におそるおそる搭乗する。


 しかし、今日の日の棺桶が向かう先は墓場はかばではなく、その対極に位置する場所だった。

 一同は都市の中心部へ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る