第12話 『彼女』、襲来

 謎の救護者、配信騒ぎ、容疑者探しと忙しさに明け暮れた一連の事件から数日後。

 実に穏やかな数日が、探検部にも訪れていた。

 ちょうど内出屋くんの包帯も取れ、切れた腕も全快したことでそれらも思い出と言えるくらいになりつつある。

 …あり得ないことが起きているのは、特に周囲には気にされていないらしい。


「…楽しい時間に失礼します…」

「あの、そういう趣味があるなら、先に言っといてほしい」


 平和な食堂。

 数日前と変わらず、アレが、机の下からどう言うワケか、はい出てくる。


「今日は食べ物あげませんよ」

「拙者が頂いているでござるので!」

「そういう理由ではない」


 珠呼と内出屋くんは今日も昼食をご一緒し、その陰から出てくる魔法部、宇塚まほ。

 実は今回も前回も、そこからふたつほど離れた机に玲穂がいて、ずっと冷ややかな視線で見ていたりするのだが、誰も気づいてはいない。


「じつは、いまだに指名手配が解かれていないので、また探検部にお願いが…」

「いや、D棟で生徒会が普通に応対して話してたじゃないか…」

「…たぁぶん…見逃してくれていただけだったのかと、結果的には…」

「まぁ、本気で捕まえる絶対的な話なら、ここの食券だって電子マネー履歴ですぐバレるだろうしなぁ」

「…実は、割と…普通に歩いていても平気だったりします?コレ…」

「いや、俺から保証はしないよ?」

「……ですよねー…」

「ずっと内出屋どのの股間眺めながら食べる食堂の飯は旨いでござるか?」


 珍しくちょっと不満げをにじませる珠呼。


「……では話を変えて…じつは、魔術部の部室が今封鎖されているのですが…」

(あ、怪しい話の出だしが)

「なんとか、一度入って、ですね…あの時貰った本の内容と照らし合わせないと…いけないのですよ」

「生徒会に頼む仲介でも探検部に頼む気かな?」

「それで捕まりたくないので、できれば侵入のほうの手伝いを…」

「やだよ、こっちも手配犯にされかねないじゃないかそれ…」

「……いえ、見張りだけでいいのです…侵入できる好きだけ見つけてもらえたらなぁ…って…」

「どうしても正規の手段が嫌なのか」

「…つい昨日、同じ手配の出ていた先輩がふたり風紀委員に投獄されてまして…まあ順当にとは…」

「次に執行部の誰かにあったら、それとなく聞いてみたりはするよ、それまでは探検部に頼らないように」

「……それでは今日は失礼をば……あ、そうそう」

「なんですか」

「ピクルスサンド2皿おごってくれたりしません?あとで返しますから…」


 また、凄いおなかすかせている様子なのは見て取れた。

 返すと言っても、刑期を終えた後とかそういうレベルだろうなとおもうが。


「わかりましたよ、じゃあしばらく潜伏しててくださいね」


 さくっとスマホ操作して学内用アプリでお好みのものを注文。


「あぁ~!拙者の時は2分くらいゴネて買ってくれないのに、ほかの女にあっさりそんなことしちゃうでござるかぁ内出屋どのぉ」

「別の女言うな!お前は俺のなんだと思ってるんだ」

「そんなことここで言わせようなんて…まぁ、たくさん話したい愛情表現なのは、拙者もわかってるでござるよ内出屋どの?」

「…この場で殴られたいのかオマエ」

「……今日も本当に仲が良いですね…」


 ひとまず、こうしてすぐ来る危機を回避。

 一人でやってくれと突き放さないのが、近くに知人がいるからなのかどうか、そこは怪しむべきであるが…。

 とりあえず珠呼は少なくとも、どちらでも茶化して終わらせるだろう。


「さぁて、今日も昼食まで食べさせられちゃって、ナニで返さないといけなくなっちゃうんですかねえ内出屋どのぉ~」

「近寄るな腕を胸の谷間に入れるな抱き着くな!」

「…もしかして魔法部みたいなことをさせようとしてるでござるか?内出屋どのは計画的でござるなぁ~」

「本当に二度と言うな」


 まともに財布で返す気はないらしい。

 その差が出ているんだよと言いたいが、言っても無駄なのはわかっている。

 何をしたら改善できるのか。

 内出屋君が解決できない最大の謎の一つ…だが、それが全くわからないのは内出屋君だからだと思う。

 そうして、いつものように昼休み中トイレに入ろうとするまでにずっと離れない珠呼を連れて、いつものようにギリギリに教室に。


「では今日は、授業の前に副主任からお知らせがあるそうです」


 古文の担当女性教師、瑠璃先生からのおしらせ。

 不意打ちなのでざわつく教師をよそに、当人は無表情だ。

 この何にも反応が薄い感じと背が小さいのが特徴で、同じような小型の探検部顧問と一緒にいると、ここがイメクラなのかと思う程度に生徒との年齢差があるように困惑する。

 似たようなものに見えて、こっちは背中に大きな剣をずっと浮かせて歩いているのが主な違い。

 何のためで何の仕組みなのか、いつかはみんな聞きたいと思っているとか。


「こんな時間でなんだけどね、急ぎだから明日にせずに今日、今、転入生をみんなに紹介する!諸君拍手で迎えるように!」


 拍手はするが、いつまでもさらなる困惑が生徒を襲う。

 そういうのは、朝のHRでしかしないのが普通では。

 それと同時に、学年副主任が入ったとたんに声を上げる生徒が一人。


「顧問!あんたどこに雲隠れしてたんだ!わかっててやってたろう!?」


 内出屋君だ。

 探検部の顧問でもある学年副主任、綴乃葉日葵(とじのはひまり)の顔を見て思わず叫ぶ。

 ずっと相談、もとい問い詰めたかった存在がやっと捕まったのだ、声もそれは出る。

 騒ぎの間に顧問がずっと行方不明は、どう考えてもどうかしてる。


「はいはい、探検部については後でゆっくり時間取りますので静かに、と言うことで入ってぇ」

「歓迎されてないようで失礼ですが、本日からこちらに参りました、上増名木麗(かみますなきれい)ですわ、どうかよろしく」


 実に不機嫌そう。

 一方、それの出現と同時に、教室はどっと沸く。

 息をのむ。

 その表現が似合う存在と一目で言える、実に端正な雰囲気、歩き方、スタイル。

 何かの訓練を受けてでもいなければ、こうはならない。

 ツンと不機嫌そうにしているが、笑えばきっと初対面の男など瞬間で運命を勝手に感じていちころだろう。


「空き席は明日までに用意して、今日は挨拶だけでもう用事があるらしいということで今になりました、みんなで友達になってあげて欲しいね、仲良く仲良く!」


 クラスは実に好意的だ。

 質問を勝手にしようとするもの、早くも愛してると叫ぶもの、自分の横に来るようアピールするもの、などなど。

 その全てを彼女は意にも介さないで受け流す。

 もう帰るから、という姿勢のせいなのか、そこも雰囲気を出していて悪い印象は周囲に与えていない感じを受ける。

 が、そのまま教師の奥に歩みを進め。


 ばしい!


 生徒の一人に平手打ちをいきなり食らわせた。


「な、なにをいきなり!」

「…最低…!!」

「意味が分かりませんが?!」

「あんなことして、それを映像で勝手にさらして、私をこんな気持ちにさせておいて知らないふりをして…誰にでもそんなことして自分だけ得してる気になってる……最っっ低っ!」


 ぶたれた内出屋くん、さっぱり身に覚えがなく、痛みを感じてなお疑問符の顔。

 しかし、その彼女の顔、すこし涙ぐんだそのとき、ふと一つ思い出す。


「あ!?この間の…あれ、転入?」

「本気で忘れてるんですの!私ってそんな!?」


 すかさずもう一発が入る。

 今度は少し吹っ飛ぶくらいの勢いで、倒れた先にはちょうど珠呼が待っていて、やんわりキャッチされる。


「さては女の敵でござるかぁ内出屋どの?」

「女をなかせるのは、確実にろくでもないのの証明だぁなぁ」

「ひどいことしたんだ」

「なんで教員が口々に生徒の悪口言うのかな!?」


 いや、内出屋くんも顧問に気を取られすぎていたが、流石に思い出していた。

 最近、一連の事件の発端になっていた、あの救助対象の彼女だ。

 学生と確認できないという話、そして配信の犯人としての捜索で覚えていたはずだが、結局部内の中と生徒会で完結して、彼女は関係者の枠から外れたのだ。

 解決してからは、本当に…どうでもいいとは言わないまでも、確かに忘れていた。

 そういうわけで…。


「そうやって女にばかり代わるがわる、気まぐれにいい反応してるんでしょ!!!」

「あ、それ」


 珠呼が確実に狙って彼女、麗に向かって内出屋くんを差し出すように両手で位置を変える。

 三度目。

 ここまでされる理由は一切わからず、内出屋くんは暴力を授業中に受け続けた。

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