第3話 突入前の時間に少し戻った探検部

「…と、いうことでだ、内出屋(うちでや)くん、出動してくれすぐ。早めに。出来るだけ慌ただしく」

「ふざけんじゃねえですよ顧問様」

「真面目なんだがぁ?政治家が賄賂貰った後の記者会見より真面目なんだがぁ?」

「…………はぁ…」

「はぁ…じゃない、行方不明者の捜索は大事だと思わないかね内出屋くんさ」

「いや、それは……生徒会で点数がほしい人間に譲らないと悪いでしょ、ほら」

「見えないとこに義理を持ったようなふりをして擦り付けないの、子供じゃないんだからぁ」

「子供の小賢しさよりは、もうちょっと考えてないです?」

「ないです」

「それにもうちょっと子供でいたい、この学生のデリケートさを顧問として感じ取ってもいただきたい」

「却下。もうそこはオール却下。顧問様は純真で忠実な物分かりの良いいい子がお好みです」

「…夢から覚めろピーターパン」

「内申点下げる」

「結局パワハラやないか!」


 周囲でちょいちょい笑い声が聞こえる気もする、そんな楽しい職員室の今のご様子。

 当然ながら、その元である当人たちは楽しくもなんともない。

 想定以上にまじめな会話だ。

 少なくとも、生徒である内出屋くんにとっては。


「……お泊りはありませんからね」

「いい返事です」


 顧問。

 つまり内出屋くんと会話している背の低い女性が、ほれ見たと言わんばかりに、全力でにっこりする。

 内出屋くんから見ると腹立たしいアピールこの上ない。

 部活動の話とはいえ。

 学年副主任とはいえ。

 自分の部活の顧問とはいえ。

 腹は立つ。

 自分と比べても子供かという体格差があって、それがふんぞり返って椅子から指示しているとなれば、だ。

 さらには、その手元には話の詳細が書かれた用紙。

 まぁ、たぶん、行方不明者情報のプライベート洗いざらいがあり、胸元に最初から渡すために準備されている。

 それが瞬時にわかっていたのは、入学からの付き合いだからという話でもない。

 根っこは『似た者同士』だからだ。

 腹立たしさも、ひとしおである。


「……しかしですね」

「変更は言質がある以上もう受け入れないが、なんだね内出屋くん」

「行くのはまぁいいですが、どうして最近全く執行部はD棟に関わらないで丸投げなんですか、たるんでませんか」

「……しらん」

「そのへん、そのうちしっかり説明してもらいますからね?いつまでも従順な模範生できませんよ、こっちも」

「今散々ごねたやつが言うか」

「やったことだけ全部合わせれば、僕は表彰ないのがあり得ないくらいじゃないです?模範ですよ自分的には」

「ま、一考しよう」

「まぁた考えただけで済まされる奴だ」

「わかってるねぇ内出屋くんは」

「わかってますよ内出屋くんは」


 そんな、殴り合いも辞さないような掛け合いで顔だけ僅かに笑いながらのまま。

 事務的な書類作成が、いつのまにか両者間でテキパキ行われていたりする。

 マジックで手荒く書かれた①のクリアファイルが手渡され、即そこから備品持ち出し票、地区別入場許可申請などの手続き書類にあらかたサイン。

 そのかわり並行の作業につき、悪筆には目を瞑ってもらうしかない殴り書きだ。

 なお。

 まず優先的に調べて見つけた校内宿泊許可証は、ちゃんと確認した上で大きく×印が書き込まれた。

 書類名だけ半分にたたみ、意図的に隠してあったのはお見通しである。


「……これだけは意地でもしねぇ、ヒヒヒヒ…」

「んー強情なことで、ふっふっふ」


 勝ったという気持ちで、必要書類はすべて確認したことを頭の中で再確認する内出屋くん。


「申請類は、ではこれでクリアでぇす」


 ハンコの押された発行証がその空気の中ですでに筒に入って顧問から渡される。

 変わらない作業は片手間で十分でしたと言わんばかり。

 手を振る軽いしぐさが軽くイラッとするが、もう気にしてはられない。


「じゃ、次の時限からすぐ向かっても出席扱い、しかも届出は私が代行で部室直行もこれで許可で~す」

「……高待遇ですねえ」

「感謝してよー?」


 少し意識して、態度で驚いてみせる。

 はた見はともかく、割と内心からの教学からくる行動だ。

 授業に出なくてもいい、などと言われるのは本当に今まで例がない。


「さぁさぁ、珍しくこっちも下手に出てるんだから、早く早く~」

「………ま、まぁ、今回はそういうことで」

「じゃ、3時限目から即で請けてくれるんだねい?」

「行きます、行けばいいんでしょ」

「それとほい、探し人のデータ」


 電子ブックだろう、薄い機器が投げよこされる。


「では」


 不穏な空気を少し感じながら、内出屋君は職員室を後にした。

 いつも通りの雰囲気作りをしながら、ずいぶん急がせたい…?

 いや、慌てて事態を何とかしたげな雰囲気?

 あえて、そこには突っ込まずに、早めに観念したつもりの内出屋くんだが。

 どちらかというと、突っかかったら話を先に進めさせてくれないだろうと、直感で感じてしまったからに他ならない。

 職員室で授業が開始した後も逃げられないまま、あの問答が続くのは、つらい。

 とてもつらい。

 それで粘って折れるのを待ってたんだろうと思える、もしくは理解できる同類と納得したとしたら、さらに多重に心が傷つく。

 だから、押し付けられた苦行があっても、考えずに耐えるのだ。

 何も考えるな。

 人形と化せ内出屋くん、今だけは。

 

 そう思いながら、何もな考えず足を向けたのはC棟、部活棟。

 

 救出用具セットとして、沢山のものをぎゅうぎゅうに詰めたリュックを引っぱり出した。

 ライトなどの電池が充電切れしていないのを一度取り出し確認。

 改造ガストーチ、引き上げ式リールと延長ワイヤー、発煙筒、携帯レーザーメス、ナタ、遮蔽用マスク、RL3規格防塵マスクおよびエアラインスーツセット一式。

 水、携帯食はその辺のテーブルにあるおやつを持っていけばいいだろう。


「ほい、ボンベ」

「…あ、ありがとうございます、前の時使い切ったんですけど備品購入の申請してなかったんですよね」

「だよねぇ、わかってたよぉ」

「……て、先輩?」

「はいはい、みんなの笑顔を守るかわいい先輩、城戸咲(じょうとさき)ちゃんでございますよぉ」

「…なんで申請忘れてたものをさくっと持ってるのか、聞いても……」

「それはね?私だからです」


 大体そう言う。

 内出屋くんの部活の先輩、城戸さんは不意に現れて何の説明もなく何か渡して行ったりする、そんな不思議な人。

 半年以上顔を合わせてはいるが、いまだにどういう理屈や行動原理の人なのか、内出屋くんはあまり呑み込めない人でもある。


「ブラバンの人なんだぁ?探しに行く人は」

「あ、ファイルを僕より先に見てますね?」


 部室の机に置いてあった、チェック前の顧問からの預かりものを見られている様子。

 リュックをまさぐっているので、内出屋くんは見てもいないで雰囲気で言ってみるだけだが。


「…正直知らない人だぁ…」

「D棟にフラフラ行く人ですから、学年違うんじゃないですか? ……というより、捜索活動だってわかってるような言いぶりじゃないですか先輩」

「いや、うちの顧問が校内放送使って部員呼び出す用件なんて二つも三つもあるかなぁ」

「そりゃ、そうですよね……」


 部員であれば、おそらく全員が全員紛れもなくそう思うに違いない。

 ここにいるのが全員なのですぐわかる。

 いや、顔を見ていない幽霊部員がいる話もあった気はするが、知ってたら絶対部室に来て部活動の参加表明しないだろうし、現に来ていない。

 だからそう…のはずだと、彼らは思うことにしている。

 どちらかと言えば、来ないでいいかなとも、心の片隅では思っている。

 なぜなら。


「……と、いうことで、先輩は連れて行きませんからね」

「なぁんでだよぉ~」

「勘ですが、異歴図書館近くまで行かされる気がするからです」

「せっかく自習なのをいいことに授業抜けてきたのに、つまんないことを後輩が言ってるぅ!抗議です!」

「却下です。 では、先輩はどうぞ勉学に励んでください…じゃ!」

「おまえにテスト勉強の何が分かるんじゃぁ~!」


 いや普通にわかるが。

 というツッコミは心にしまい、リュックを担いで飛び出す。

 一応、先輩が手に持っていた資料の回収も怠らない。

 向かうはおなじ校内、D棟。


 そして、いろいろ物騒な荷物を持って何をするかと、あえて言うならば、部活動である。

 名前は、通称、探検部。

 正式名称『学園未踏区域探索および捜索部』。

 校内にある、ダンジョンの探索を行う部活である。


 それからは……。


 授業中の教室をいくつか抜けて、まずは無事にD棟に到着。

 他の棟と違い、Dの棟は水平ですらない建付の悪さと古めかしさがある。


「1年B組 上増名木 麗…さん、自宅赤坂…政治家のご息女ですか…まぁ立派なことで」


 この興味のなさと言ったらない。

 さぞやクラスで人気があったんだろうと思う程度だ。

 備考には『消息不明からおそらく3日』との記入。

 内出屋くん的には、そこと名前と顔の画像くらいしか必要ない。

 同年代の女子なのだから、もう少し興味を持ってもよさそうなものだが。

 まぁ、そこに関しては理由もないわけではない。

 一番重要なそこ、当人の外見に関しての資料が、美人っぽい形跡こそあるが、画質粗目のニュース動画のさらに一部をトリミングしたような横顔が添付してあるだけ。

 内出屋くんとしては手抜きにいら立つことこそあれ、わくわくや興奮ができる余地すらない。

 捨て置けない、一片ありげな人助けの要素…。

 そんな仏心らしさも、これでは素直に働かないというものだ。


「看板倒したやつ誰ですかね…いや、言うと悪いほうのドツボにはまるかなぁ…」


 教員同伴以外での立ち入りを禁止

 生徒会の許可証なき立ち入りを禁止する

 封鎖区画

 必ず届け出をしてから入ってください

 夏休み中は立ち入り禁止

 

 など。

 部活に入った当初は、D棟への肝試しレベルでの侵入に関しては、今では考えられないほど熱を入れていたものだ。

 実にまじめに調査報告書や要望書を作って生徒会に提出したり、追加予算申請もしていた内出屋くん。

 …今は見る影すら、無いが。

 そんな目で見つめる、くっきりと床と壁が分かれた別棟。


 D棟。


 そこは空気的にも衛生的にも、わざわざ看板を無視して覗く必要は無い場所。

 レンガ造りの傾いた通路と現代建築とのわかりやすい境界。

 その先には窓一つもない、暗い廊下。

 入り口の時点から、学校というよりむしろ洞窟の佇まいを感じさせる。

 少なくとも、いいところのお嬢様が急いで近道として選ぶようなものでも、少し迷ったからと言って踏み入りそうな場所でもない。

 その、はずなのだ。

 好奇心の誘惑はその限りではないが。

 ちなみに電気配線も使えるものが現状ないため、手持ちのライトが唯一の頼り。

 本当に学校施設の屋内かという不便さは、まさに洞窟、もしくはダンジョンである。

 

 この日も、こうしていつものダンジョンに挑んでいったのであった。

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