第2話 仕事はできる探検部
「……ぇ……なに………なに…を……」
それと思われる対象を発見した内出屋くん。
そして、救出対象とされる彼女、1年B組 上増名木 麗 さん。
数日の暗闇生活のためなのか、意識も混濁している様子であり、食事もしているのか怪しい。
その状況で認識力が多少でもあるというのは、むしろすごい精神力、であるともいえるのだろうか。
彼女から見る人間のような何かは、光で自分を照らしており、何やらスマホかタブレットをじっくりと見ている。
早く助けてほしいと、何も考えられない中で懇願と苛立ちが同時にわいたのだろうか?
最初に自分が意識的にしたのは、歯ぎしりだった。
「……す……けなさいよ…」
「わかってます、大丈夫ですよここまで来て待ってろと言い捨てて帰ったりはしません」
「……何よ…その言い方……」
私が早くしろ、助けろと言っているのに!
それを続けて言えないほど弱っていることが、感情をさらに高ぶらせていたのだろう。
少し涙ぐんでいた。
「状況確認しますので、まず口を開けてください」
怒りが上回っていたが、言い返せず言うとおりにするしかない。
彼女が口を開けると、棒状の何かが突っ込まれた。
ストローである。
「最初に10ccほど流して解毒の要素がさらに必要か確かめます、少し飲んで、自分で吸えるようならいくらでも飲んでください」
ごくごくと。
力が出せるすべてをそこに行かせたいと思うほど彼女はそのまま吸い続け飲む。
言葉など全く聞いていないのが分かるが、内出屋くんとしても、いきなりすべてマニュアル通りに従ってくれるとは思っていない。
これをしてくれるだけで上出来だ。
「…も、もっと……ずっと飲んでないの…ほしいの」
「痛みはないですか?内臓が傷ついたり異物感があったら先にいってくださいね」
「ないから早く…ください…くださいぃ」
水分をそこそこ長く摂ってないのはわかる。
少し落ち着いて喋れるような状態を確認し、何かしたら襲ってくる精神状態などでないかを確認し、痛みなどの異常を聞くのはマニュアルそのものだ。
水のおかげで喉が随分と円滑に動くようになったのは、経過日数からするとかなり良い状況。
自動で少量注ぎ込むポンプ式でなく、お子様用ペットボトルストローのついたペットボトルを用意し近くに吊り下げて内出屋くんは彼女の口に運ぶ。
のち、ありがとうもなく一心不乱に飲む彼女を特にみることもなく、内出屋くんは仕事をこなす。
そのうち、正気を何とか取り戻して余裕を感じだした彼女、麗さんは気が付く。
自分の状態、体制など、相手のことより自分の置かれているいくつかの事象だ。
手など、いくつかを縛られたような状態で立たされている。
いや、正確には、目の前のものを見て判断しなくてはいけない。
ツタ。
そのような感じの何か。
それが直に、腰や背中などの感触で全身にあるとわかる。
わかるということは…。
服越しでない、つまり服がなくて直に、それらが巻き付き、じぶんが立たされている。
それにふと気付いて、ろくに顔の角度も変えられない状況であるのを知ると同時に水をくれた人間は、自分の周りでうろうろと何かしている。
つまり。
「何してるんですの!!やらしいことしたら許しませんよ!?」
「大丈夫大丈夫、なにやらセンモウケムリオオツタのおかげで、美術館の絵とか彫像みたいになってて無駄にお奇麗ですよ」
「そういうことを言っているのではなく、何を見ているのかって!いやらしい目で!どうせ見て!何か言いなさい!」
「あーはいはい、食べ物も食べてませんよね、お菓子ならとりあえずありますから、味がするかちゃんと言ってくださいね」
一方の相手、つまり内出屋くんは動じないどころか、興味もねえといった調子の口調。
なんの感慨もなく、そのまま子袋をむいたチョコ菓子が突っ込まれる。
おいしい。
空腹にそれは、感情以上に最高に効いた。
「…おいひいです…おいしいです…もっとください…」
ものの数瞬、もはや涙ながらに、腕も首も動かない中で懇願する状況。
その間に内出屋くんは、ひたすらに作業を怠らない。
ツタを切り離して問題ないか、出血はないか、変色している個所などはないか。
はたから見れば縛られたほぼ裸の女性を至近距離で眺め続ける変態の図と、それをもっとと言っている変態の図に見える。
特に見なくてはいけないのは、幻覚や別生物の侵食によって他人に危害を加えそうか、である。
身体に何かが入り込んでいるか、それらしい傷があるかは、それによる被害が拡大する可能性を含め、発見者が確実に発見して上層に持ち帰らないようにする義務がある。
酷い言い方をしてしまえば、安全確保と五体満足か等の確認より、異常発見と未確認生物を持ち帰らないことのほうが比重は重いということだ。
自分の日常が安全であるかの瀬戸際なので、これは真面目であるべきところ。
内出屋くんもしっかりと真面目である。
時と場合は選ぶべきだが。
(これ間違いなく、途中であったあの人が全力でお膳立てしてるなぁ)
見て確信する。
部屋にほかの植物が少なく、何かしら処理した影がみられること。
入り口近くにモスフグダケがあった事なども、ここを見ると納得する。
毒性があったり、虫を呼ぶ香りや胞子を撒くものを遠くに集め、ここには寄らないようにする。
さらに、入り口には邪魔者が来ないよう、ここにあったものを移植するか切ったものを投げ捨てておく。
他に集中するわけなので、結果、彼女の閉じ込められたこの空間は平和なわけだ。
状況を予測するに、ここのさらに奥の部屋や、運よく探索せずに済んだ玄室には、地獄のような虫よせ地帯があるのだろう、と思うと背筋が寒い。
「では、切り離しますけど足に力を入れられますか?」
「…動けないれふ…あのもっと…もっとそれ欲し……あろおみひゅ…」
会話は今のところ無理、ヨシ。
ツタをさっくり切って、すぐ落ちないように抱える気構えだけはして、姿勢をちょっと下向きに。
…むりっぽそうだ。
足側を切り、もう最初から相手の体を持ち上げてしまい、腰に絡みついた少量、そして吊り上げている腕のツタを切る。
人を支えるだけあって、やり辛い姿勢では切れず軽く苦戦。
やっとの時には、お姫様抱っこをさらに抱え込んで抱き着くような姿勢に。
とくに内出屋くんが無反応なのはむしろ違和感すら感じる。
「はい、おまちかねの白湯(さゆ)ですよ」
そのまま抱えて歩き、リュックからストロー付きのペットボトルをまた出し、麗さんの口に運ぶ。
どうして短時間の間にこうなったというほど、脊髄反射と本能以外何が残っているのかというレベルで口に入れるものにとびつく反応しかしてこない。
一度、その彼女をシートの上に下ろし、リュックを軽く整理と確認。
片付けてリュックを背負い、もう一度彼女、麗さんを担ぎなおす。
「………役得ですね」
何を言ってるか内出屋くんは理解していなかったが、彼女が思いのほかまともに会話できていたことには、ほっとした。
暗くて見えづらくはあったが、その彼女の顔はかなり真っ赤だ。
正気付いたとき、ふと思えばずたずたになった半裸の女を、正面で見たり抱え込んだりお姫様抱っこして間近に見たり…。
こっちが動けないのをいいことに、直接的な性行為以外何でもしてくる救助役という印象しか、今の彼女は受けない。
でも、なるようにしないとどうしようもない、のだろう、というあきらめ。
少しくらい嫌味も言いたいというものらしい。
通じないようだが。
だとしても、せめて布を巻くくらいはしてほしい。
それがあれば、ちょっとは感謝とご褒美くらいは考えてもよかった…と思っているのは、もちろん口にはしない。
「少し安全ではないですので、落ちないでくださいね」
「安全で!お願いします!」
「出来れば小さい声で……まぁ、心がけはします」
聞き分けはいい。
スケベ心全開のような感じは受けないから不思議だ。
こんなことをしているのに。
しかし。
心掛けるような安全性は、口とは別に全くなかった。
襲い掛かる岩。
巨大でおぞましい虫。
うねうねとした植物は、切り刻んだ汁のようなものがかかってもお構いなし。
口に入れないで、出来ればよけて、などとは言われたが、もう奥歯をがたがた振るわせるのが精いっぱいだ。
そこに加えて、落とし穴回避でワイヤーアクションを複数挟んで飛ぶのと落ちるのと、つかまって運んでもらっている側からは区別もつかない。
なんて苛烈なアトラクションだ。
そして、彼の使っているものはなんだろうか。
どう見ても日本では見ない銃のように見えるが、そんなはずはない。
ただ、耳をふさいでと念押しされる上にさらに、それでもうるさい。
ここはもう、どこなのかと聞きたくなる。
そうなったので、途中からはずっと、見ないようにしながら耳をふさぐか抱き着くように腕にしがみつくかをしている彼女。
文句も言わず、内出屋くんとしては理想的な救助者像にはなっている。
だからこそ、まぁ、特に指示以外は話さなくてもいいので内出屋くんは楽であり、彼女、麗からは中身の見えない親しみ辛い存在に見える。
この距離感はなかなか埋まりそうもない。
「ふぅ…」
「つ、次はなんなんですかぁ」
「大丈夫、1階に何とかきましたよ」
「それで…?」
「距離はありますが、もう耳はふさがなくていいです、岩のやつらは出ないはずですから」
返事はなかった。
ひとまず、何もなく、ぎゅっと抱き着かれた。
彼女なりの安心感の表れなのかと、特に思うところはなく内出屋くんはそのまま歩いていく。
内出屋くんとしても、校内で外泊はもうあるまいと安堵するところ。
おそらく担任が帰っていることはないだろうし、彼女を渡せば部活動はつつがなく完了。
帰宅して一息つけるようにはなるだろう。
「ねぇ」
「はい?」
「私に関して何も聞きもしないですけど、あなたはどういう理由で、私をこうして…その」
「部活動です」
「……は?」
「気に病むようなことはないですよ、部活でやってるので」
「…あ、そう……そうですの」
ちょっと気分が落ち着いたので、交流と状況整理を試みた麗だったが。
初手、目の前でシャッターを下ろされるかの勢いで失敗。
助けてくれた理由を知って、なにか自分に強い思いを持ってるかを知ってみたいという僅かな期待は粉みじんである。
時間はそこそこかかる、という言葉もあり、雰囲気的なものを膨らまして、ちょっと漫画的に奥手気味に、しおらしい攻めをする気でいた彼女の心の内。
それがどうだ。
持て余した、無言の時間しか、後はない。
この気持ちは、どこにやったらいいものか。
麗のやるせなさといったら、ない。
しがみついて、ちょっと気持ちを伝えるいじらしさ、かけらも通じていない。
この状況で、どうしてなのか。
納得できない。
絶対できない。
自惚れではないが、そこまで無視されるような風貌ですか、この私。
状況だけでも、もうちょっと、ねえ?
余裕ができると、何か異様にムカッとしてくる。
つねってやろうか、この男を。
そんな考えすらもたげてくる、この無言の時間。
そこへ。
「…やってくれた」
「なんなんですかこんな時に」
麗の言葉尻も、なぜか、いつの間にか不機嫌である。
「ヤジリケムリツタです、あの人…あれを植えたから警告だけで出ていきましたね?」
「なんか変な話をして…うわ!」
麗が見ないようにしていた周囲をやっと見てみると、周囲一面が植物しか見えない。
まるで壁。
木ではない、太い太いツタのような、または茎のような。
少なくとも今まで見た覚えはない、大きな植物たちの壁。
ところどころ痛そうなでっぱりが見えるが、何がどうなっているのかは理解もできない。
「ほぼ出口なんですが…困りますねぇ」
「また、うるさいんですか?」
「いえいえ、銃使ったら刺激であちこち膨れて、最悪こっちまであのトゲが伸びて死んだりしますから」
「……えっ」
耳をふさぐようなポーズだけしようとした麗が、かなり聞き逃せない怖いセリフを聞いて固まる。
「切るのもこんな成長しているとダメだろうな…毒液が途中で止められないから肺やられるだろうし」
「…え…」
「やりたくないけど、助けを呼ぶよりはこっちか」
そう言うと、抱えていた彼女の持ち方を少し変えて片手を外す内出屋くん。
わりと状況で危険そうな単語が出ていること、それだけでおびえているので何も言えなくなる、抱えられている彼女。
そうして取り出されたのは、内出屋くんの片手につままれているカードのような何か。
「4項に記された指定効果を限定されたフィールドにおいて発動、コストは6」
「??」
「コストのペイはダイレクトリリースによって行い、対象の拡大は任意に同額コストを振り分け即時に発動……対象、固定……」
「何か読み上げてますか…?ちょっと…教えてくださっても」
「放出」
「ひゃ!?」
内出屋くんのその一言の瞬間だった。
周囲に爆発ではない、それでいて凄い明るさの炎が発生した…ように、麗には見えた。
急に出たそれは、近くのツタらしいものを包むように焼き、燃やし、消していく。
状態が分からないが、火に包まれたツタは煙のようになって消えるようで、着火して燃えている感じではない。
これが、ちょっと聞こえたケムリツタという名前の由来だったりするのかと、ちょっと思ったりはした。
さらに不思議なことだが、近くでそれがあるはずだが、なんと、熱くない。
見えない壁でもあるかのように。
火事のように見えて怖いが、支えてくれている彼のほうは特に身じろぎもしない。
それもあって、彼女、麗はそれをじっと見ることが出来ていた。
安心感や信頼感は絶対ない。
ないよ。
でもほっとする気がする。
彼女の感じる、この心地よさは当人にはさっぱりなものだ。
「もう2分くらいしたら、火も植物もないことになっている気がするんで、それまでは動かないで…それの後であればすんなり出られると思いますけど…」
「けど?」
さっきより力がないというか、気の抜けた喋りになっている気がする。
「このカードは消耗がすごいので……気絶するかもしれないので……その時は職員室に………」
「…え、ちょっと?」
「明かりは手持ちのがあるので、腰のこれ…これを渡しておきますので…」
「ち、ちゃんと運んでくれないと、私……もうちょっとこのままで外まで抱いててくれてもいいんじゃないですの!?」
ついでに、何か漏れ出している気がしなくもない。
「…光の明るさを知るのは、暗がりを知るものである……」
「そういうコトが聞きたいんじゃありませんが!だからですねぇ!」
「……この言葉をあなたに贈ります……」
腰にくくった上着を解いて、何とか下に敷くようにして内出屋くんはぐったりと、そのまま倒れこんだ。
「え…」
そんな急に?
そういいたい気持ちもむなしく、すでに、担いでくれていた彼は意識がないようだ。
すでに眠いのか何なのか、意識がかなり薄いままで最後のほうは会話していたのだろうか。
麗から見て、微妙に何言ってるのかわからないのと、印象が違う人だった。
「……あの、すぐ起きるんですの?」
反応はない。
周囲の火が消え、安全な感じを受けてから、もうちょっと待っていたが、彼…内出屋くんは目を覚ます気配はなかった。
「…一人で歩くにも、靴がないんですけど…」
ゆさぶったり、つついたり。
麗はちょっと面白く遊びつつ、何をしたらいいか、この彼を一人にしていいのか、それなりに悩んだりした。
返事はない。
困った麗は、まず靴を脱がしていたずらをするつもりで。
それから、頬をつついてなおも眠ったままなのを確認し。
…かるく頬にキスをした。
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