DAY 60
ワープホールを移動し、検疫センターで四週間の経過観察が終了し、異常が認められなかったものは、再びワープホールを通して、相手側に戻された。ここでも、四週間の経過観察が行われる。
こうして、日本側からオーストラリア側へ、オーストラリア側から日本側へ、連日、移動実験が繰り返されていた。
昆虫の移動実験が成功した。
蟻から初めてカブトムシのような大型の昆虫まで、移動実験を行った。昆虫たちはワープホールを通過しても、何事もなかったかのように元気に活動を続けていた。
(よしよし、問題はなさそうだ)神崎は胸を撫でおろした。
「いよいよだ。次はマウスだ!」
神崎の言葉にスタッフがどっと沸いた。皆、疲れていた。だが、ワープホールがもたらすであろう人類の進化を考えると、疲れ以上にやりがいを感じていた。
アーデーンの同意を得て、実験は哺乳類であるマウスの移動実験へと移行した。ワープホールを通して、ゲージに入ったマウスを相手側に移動させるのだ。
実験が最終段階に入ったことを神崎は感じていた。
(人の移動まで後、少しだ)
人の移動実験に成功し、人と物がワープホールを通して安全、且つ確実に移動できるようになると、輸送に革命をもたらすことになる。これで神崎は、ノーベル賞はもとより、未来永劫、人々からの賞賛を浴びる光栄に浴することになるだろう。
神崎は興奮した。
マウスの移動が終わった。彼らはワープホールを通って、日本からオーストラリアに移動したことすら、気がついていないだろう。移動前と変わらず、活発に活動を続けていた。
生体への異常も見られなかった。
後は隔離だ。検疫センターでの検疫中に、異常が見られなければ実験は成功したと言える。
「マウスの実験は成功のようだ。大丈夫、ワープホールは安定している。そろそろ、猿を手配しておいてくれ」神崎は部下の赤塚に指示を出した。
実験の最終段階として、類人猿、即ち猿を使った移動実験を予定している。マウス以外にも様々な動物の移動実験を予定していたが、神崎の眼は既に最終段階の猿による移動実験に向いていた。
日本とオーストラリ間でワープホールが繋がったことは、科学雑誌に掲載され、世界中の科学者たちから注目を浴びていた。神崎のもとには、目を通し切れない程の賞賛のメッセージが届いていた。そして、無言のプレッシャーが重くのしかかっていた。
「慎重に、慎重に」とアーデーンは言うが、彼自身、一刻も早く、実験の成果を欲しがっていることは明白だった。
「我々はマウスの移動実験に成功した!これも全て、諸君の努力の賜物だ。今夜はささやかだが宴席を設けた。みな、楽しんでくれ」
マウス実験が成功した夜、神崎チームは事務棟の食堂に集まって祝杯を挙げた。
事務棟には宿泊施設が完備している。神崎はこのところ連日、食博施設に泊まり込み、家に帰っていない。実験の成否が気になって、おちおち家で休んでなどいられないのだ。
赤塚が「地元から良い酒を取り寄せました」と高級日本酒を持ってきた。赤塚とは長い付き合いだ。今までの苦労を語り合いながら、杯を重ねた。
やがて、長酒に飽きた若いスタッフたちが「お先に失礼します」と言って、一人、二人と食堂を後にした。彼らは自宅に帰らなければならない。最後には神崎と赤塚だけになった。神崎と赤塚は宿泊施設に泊まることにしていた。時間を気にする必要がなかった。
一升瓶が空になっていた。少々、飲み過ぎてしまった。
「博士。酒も尽きました。そろそろ、お開きにしましょうか?」と赤塚が回らない呂律で言った。
「少々、飲み過ぎてしまったようだ。僕は酔いを覚ましてから戻るので、先に宿泊施設に行ってくれ。一人で、大丈夫かい?」
「はっ!大丈夫――であります」赤塚が立ち上がって敬礼した。そして、よろよろと歩きながら食堂を出て行った。
赤塚が千鳥足で去ってしまった。神崎も部屋に戻ろうと立ち上がった。寝床につく前に、ワープホールを一目、見ておこうと思った。それが失敗だった。
酔っていないつもりだった。だが、足元がおぼつかなかった。ふらふらしながら、ワープルームへとやって来た。関係者以外は立ち入り禁止だ。神崎はカードキイを使って、ワープボックスに入った。深夜だ。誰もいない。ワープホールはぶんぶんと小さな音を立てながら、いつも通り日本とオーストラリアを繋いでいた。
不思議だ。この直径一メートルの穴を潜れば、その先はオーストラリアだ。七千キロ先にある場所と繋がっているのだ。
足元がふらつく。「ふう」と神崎はベルトコンベアに腰を降ろした――つもりだった。だが、目測を誤ったようで、腰を降ろした位置が悪かった。神崎は後ろ向きにひっくり返りそうになった。
「うわっ!」体勢を立て直そうとして、背中がベルトコンベアに乗る形になってしまい、神崎はひっくり返りながら床に転げ落ちた。
そして、そのまま気を失った。
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