なかよしノート

 僕はお父さんとお母さんの本当の子供じゃなかった!

 びっくりした。だって、そんなこと、考えたこともなかったから。お父さんは働き者で、頼りがいのある人だし、お母さんは優しくて、何時も僕のことを一番に考えてくれるような人だ。二人が本当の親じゃないなんて、そんなこと、考えたこともなかったし、知りたくも無かった。

 じゃあ、僕の本当のお父さんは?

――君の父親はね。暴力団の構成員で、傷害事件を起こして服役中だよ。

 怖い顔のおじさんから、そう教えられた。本当のお父さんは悪い人で、悪いことをして刑務所に入っているみたいだ。

 お父さんが刑務所なら、お母さんは? 僕の本当のお母さんは? 怖い顔のおじさんが言う。

――君のお母さんはね。十八の時に家を出て、お父さんと知り合った。そして、十九で君を生んだ。僕、そのランドセル、膝に抱えていると窮屈だろう。ここに置いたら? 嫌? そう。大事なものが入っているのかな? ああ、君の本当のお母さんね。当時、お母さんは悲惨な暮らしをしていたみたいだ。出産で体力を使い果たしたのかもしれないね。君を生んで直ぐに亡くなったんだよ。

 僕の本当のお母さんは、もうこの世にいない。

 僕は生まれて直ぐに、今のお父さんとお母さんの養子になったのだ――と、おじさんに教えられた。

 うちは、どこにでもある普通の家だと思っていた。僕は養子だったけど、お父さんとお母さんは自分の子供のように育ててくれた。例え血は繋がっていなくても、あの二人が僕にとってお父さんとお母さんなんだ。

 それも、突然、いなくなってしまったけど。

――君の親、義理の両親だけどね。彼らはとても悪いことをしたんだ。お金持ちのおばさんと仲良くなってね。あの手この手でお金を巻き上げた。分かるかな。他人を騙して、お金を盗んだってことだよ。それだけじゃない。おばさんがね、警察に訴えるって言ったものだから、口を塞ぐことにした。二人で家に押し入って、おばさんを絞め殺してしまったんだ。

 怖い顔のおじさんが言うには、今回が初めてではないらしい。お父さんとお母さんに騙された人たちが、たくさんいると言われた。

――他にも行方不明になっている人がいてね。現在、余罪を追及しているところだ。まだまだ被害者が出そうだ。他にも遺体が出るだろうね。とんでもないやつらだよ。まあ、君に言っても仕方ないけど。

 どうせ僕には分からないだろうと思って言っているのだろうが、おじさんの言ったことくらい、理解できる年齢だ。お父さんとお母さんは二人して、詐欺を働き、被害者の口を塞ぐ為に殺害した。そうやって殺害された人間が、他にもいる可能性が高い――と、おじさんが言ったことくらい、僕には分かっていた。

 怖い顔をしたおじさんは刑事だ。お父さんとお母さんを捕まえた刑事なのだ。僕は警察署の一室にいた。やがて養護施設から職員が、僕を迎えに来るはずだ。僕はおじさんとそれを待っていた。

 ――君の義理の父親はね。君のお父さんの舎弟らしいな。お母さんが君を生んで亡くなった時、お父さんが彼に預けたようだ。それが唯一、お父さんがやった父親らしいことだろうな。どうだい? 家でお父さん、お母さんから虐められてなかったかい?

「ううん」と僕は首を振った。

――そうか。兄貴分の子供だから、粗略に扱えなかったんだな。そんなにしっかりランドセルを抱えていなくても、誰も盗ったりしないよ。息苦しいだろう?

「ううん」とまた僕は首を振った。

 実の父親は服役中で、母親は既にいない。義理の両親は逮捕されてしまった。もう僕の面倒を見てくれる人はいなくなった。僕はこれから養護施設に送られるのだ。

「山中さん。ちょっと良いですか?」

 制服を着た若い警察官が怖い顔の刑事さんを呼びに来た。怖い顔の刑事さんは、山中という名前のようだ。

「うん。なんだ?」と怖い顔の山中さんが、肥満した体を重たそうに動かしながら椅子から立ち上がった。

 入口で立ったまま、二人で何か相談している。僕に聞こえないように、声を潜めていたが、「学校?」、「音楽」と言う言葉が切れ切れに聞こえてきた。

「そうか」と山中さんが言うと、相談を終えて、僕のところにやって来た。

――長山先生を知っているよね? 学校で音楽を教えてくれている。長山先生が君を迎えに来ているそうなんだ。君に身寄りがないと知って、「私が保護者になる。養子縁組をしても構わない。君の面倒を見させてくれ!」って言っているらしい。

 良い先生だね。どうする? とりあえず、長山先生のところに行くかい?

 音楽の長山先生が僕のことを迎えに来てくれた。やっぱり長山先生だ。何時も、誰よりも僕のことを気に掛けてくれている。先生とだったら、お父さんとお母さんと同じくらい、仲良くやって行けそうだ。

 僕は「長山先生が良い!」と言って泣いて見せた。

 養護施設から職員がやって来たが、僕が「行きたくない! 長山先生のところに行きたい」と抵抗すると、あっさりあきらめた。

「じゃあ、先生。よろしくお願いします」山中さんが長山先生を連れて現れた。

 長山先生は独身の若い先生だ。「独身の身で、子供を引き取って育てるのは大変です。よく考えた方が良いですよ」と山中に言われたが、先生は「大丈夫です」と言って譲らなかった。

 当面、僕は長山先生の家でお世話になることになった。

 先生の車に乗る。水色の軽自動車だ。何時も学校の駐車場に停まっている。助手席に座ると、先生がシートベルトを絞めてくれた。

 僕は先生との暮らしにわくわくした。

 長山先生が車を運転しながら、ちらと僕に視線を向けた。その視線は冷たかった。

――大丈夫だよ。先生。あのことは誰にも言わないから。

 僕は笑顔で言った。

 僕、見ちゃったんだ。ハル君が学校の屋上から飛び降りた日、先生が彼のこと、ひどく叱って「あんたみたいな子、屋上から飛び降りて死んじゃいなさい!」って怒鳴っていたのを。

 心配ないさ。今度は、先生と先生の彼氏の二人で、お金を手に入れてくれれば良いんだから。うんと贅沢させてあげる。大丈夫。僕の言う通りにしていれば、間違いない。お父さんとお母さんみたいなヘマをしなければ良いんだ。

 怖い子だって。そんな顔しないでよ。

 僕は膝の上のランドセルを抱きしめた。例え、先生に見捨てられても大丈夫。まだまだ他にもいる。僕には、“なかよしノート”があるから。このランドセルの中には、なかよしノートがある。子供だからって油断するから悪いのさ。僕の前でうっかり口を滑らせた、みんなの秘密が、誰にも知られたくないことが、なかよしノートにいっぱい書き込んであるんだ。

 ああ、そうだ。お父さんとお母さんの秘密は、バレてしまったから、もう必要なくなってしまった。


                                   了

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