第五章:刀の行方
高級マンションの一室。深紅のカーテンが引かれた窓からは、東京の夜景が垣間見える。その部屋の中央で、燈子(とうこ)が焦燥に満ちた表情で立ち尽くしていた。
燈子は、蘭丸の右腕として知られる女性だ。彼女の姿は、まるでファッション誌から抜け出してきたモデルのよう。長い黒髪は完璧なアップスタイルに纏められ、深緑のボディコンドレスが彼女の曲線美を際立たせている。そのドレスは、パリの高級ブランドの最新作で、胸元にはエメラルドのネックレスが輝いていた。
「見つけなきゃ……」
燈子の囁きが、静寂を破る。
ターゲットである国宝級の刀が忽然と消えたのだ。
蘭丸の命を受け、燈子はその捜索の指揮を執っていた。しかし、刀の行方は依然として闇の中だった。
燈子の細い指が、スマートフォンのスクリーンを滑る。そこには、蒼鷹(そうよう)と萌葱(もえぎ)の写真が映し出されていた。
「あなたたち次第よ」
燈子の声には、期待と不安が入り混じっていた。
一方、東京の裏社会を駆け巡る蒼鷹と萌葱。二人の姿は、夜の闇に溶け込むように黒く、そして艶やかだった。
蒼鷹のロングコートが、夜風に翻る。その下には、ボディにフィットしたキャットスーツ。足元は、機能性と美しさを兼ね備えたブーツ。彼女の髪は、厳重にまとめられ、その表情には緊張感が漂う。
萌葱は、鮮やかな緑のショートヘアが印象的だ。彼女が身に纏うのは、ハイネックのレザージャケットに、ボディラインを強調するパンツ。首元には、ダイヤモンドのチョーカー。しかし、それは単なるアクセサリーではなく、高性能の通信機器だった。
東京の裏路地、深夜。蒼鷹と萌葱の二人が、古ぼけた看板の掛かる古美術商の店の前に立っていた。蒼鷹の黒のトレンチコートが夜風になびき、萌葱の緑のショートヘアが月明かりに輝いている。
蒼鷹が静かにドアを開ける。古びた鈴の音が、静寂を破る。
「こんな夜更けに、お客さん?」
店主の老人が、カウンターの奥から顔を出す。その皺だらけの顔に、怪訝そうな表情が浮かぶ。薄暗い店内に、骨董品の影が不気味に揺れている。
蒼鷹が一歩前に出て、さりげなく財布を取り出す。その中には、高額紙幣が幾枚も収められていた。蛍光灯の下で、紙幣が妖しく輝く。
「ある刀のことで、お聞きしたいことがあるんです」
蒼鷹の声は低く、しかし明瞭だった。
老人の目が、一瞬輝いた。その目は紙幣と蒼鷹の顔を行ったり来たりする。
しかし、1時間に及ぶ会話の末、二人は失望とともに店を後にした。刀の手がかりは得られなかった。
次に向かったのは、歌舞伎町の片隅にひっそりと佇むヤクザの事務所。ネオンの光が、二人の緊張した表情を照らし出す。
萌葱が、首元のチョーカーに仕込まれたマイクに向かって囁く。その仕草は、まるでネックレスを直すような自然さだった。
「ここも駄目ね」
蒼鷹は無言で頷いた。その瞳には、冷たい決意の色が宿っていた。月明かりに照らされた横顔が、彫刻のように美しい。
二人は、夜の街を更に駆け抜ける。その姿は、まるで影絵のように優雅で、そして危険だった。蒼鷹のコートの裾が風になびき、萌葱のブーツのヒールが石畳を鋭く打つ音が響く。
そんな中、思わぬ場所で刀の噂を耳にする。
それは、かつて葵唯が通っていたジム。蛍光灯が明滅する薄暗い室内に、サンドバッグの影が揺れている。
「あの刀なら、最近見かけたよ」
ジムのオーナー、筋骨隆々とした中年男性が、おもむろに語り始める。その声は低く、周囲に漏れないよう警戒しているかのようだ。
蒼鷹と萌葱は、息を呑んで耳を傾ける。二人の体が、わずかに前のめりになる。
「ところで」オーナーは声を潜めて続けた。
「あの刀を持っていた男、政治家みたいな風体だったな。右手の小指が欠けていたのが印象的だった」
蒼鷹と萌葱は顔を見合わせた。その特徴は、ある人物を強く示唆していた。
「まさか……」
萌葱の声が、かすかに震える。
蒼鷹は、ゆっくりと立ち上がった。その仕草には、これまでにない緊張感が漂っていた。
「行くわよ」
蒼鷹の声に、萌葱は無言で頷く。
二人は、再び夜の街へと飛び出した。しかし、その先に待っていたのは、予想外の展開だった。
刀の行方を追う中で、蒼鷹と萌葱の絆は深まっていく。しかし同時に、彼女たちの周りには新たな危険が忍び寄っていた。
東京の夜空に、不吉な雲が広がり始める。そして遠くで、雷鳴が轟いた。
燈子のマンションに戻ると、彼女は窓際に佇んでいた。
「どうだった?」
燈子の声には、焦りが滲んでいた。
蒼鷹と萌葱は、無言で顔を見合わせる。そこには、これから始まる新たな戦いへの覚悟が浮かんでいた。
刀の行方は、まだ闇の中。しかし、その闇を照らす光が、少しずつ見え始めていた。
夜は更けていく。そして、全ての謎が解き明かされる時が、確実に近づいていた。
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