第一章:殺し屋の朝
東京の高層ビル群を染める朝焼けが、都市の輪郭を鮮やかに浮かび上がらせていた。その中でも特に高いビルの最上階、大きな窓から朝日が差し込む一室に、二人の女性の姿があった。
椿樹(つばき)は、無表情で狙撃銃を組み立てていた。長い黒髪を厳重に束ね、黒のタートルネックにぴったりとしたパンツスーツを身にまとっている。その姿は、まるで影そのものだった。
彼女の手元には、高級ブランドのメイクポーチが置かれていた。しかし、その中身は一般的な化粧品ではない。銃の部品や、特殊な弾丸、そして微量の毒薬。全てが、彼女の仕事に欠かせないツールだった。
椿樹の動きには無駄がなかった。長年の経験が、彼女の体に染み付いている。銃を組み立てる指先は繊細で、まるでピアニストのようだった。しかし、その瞳には冷たい光が宿っていた。
隣では、杏奈(きょうな)がスコープを調整していた。彼女は椿樹とは対照的に、短く刈り上げたプラチナブロンドの髪に、鮮やかな赤のリップが目を引く。身に着けているのは、ボディラインを強調するレザージャケットとタイトなスカート。その姿は、まるでファッション誌から抜け出してきたモデルのようだった。
しかし、その手つきは椿樹と同じく正確で冷静だった。杏奈は、最新のハイテクスコープを丁寧に調整しながら、低い声で囁いた。
「ターゲット確認。政治家、橘川誠一」
椿樹の瞳に、一瞬だけ冷たい光が宿った。彼女は無言で頷き、銃を窓際に設置した。
二人の間には、独特の緊張感が漂っていた。それは恋人同士でありながら、プロの殺し屋としての自覚から来るものだった。
杏奈は、ふと椿樹の横顔に目を向けた。厳しい表情の中にも、どこか儚さを感じる。彼女は思わず、椿樹の肩に手を伸ばした。
「準備はいい?」
椿樹は、わずかに顔を向けてうなずいた。その瞬間、二人の目が合う。そこには、言葉では表現できない感情が込められていた。
杏奈は、ポケットからコンパクトを取り出し、さりげなく唇を整えた。そのリップは、高級ブランドの限定品。鮮やかな赤は、彼女の個性を表現すると同時に、特殊な成分が配合されていた。万が一の時は、武器にもなる。
椿樹は、最後の調整を終えると、銃の引き金に指をかけた。その瞬間、杏奈の手が椿樹の肩に触れた。
一瞬の躊躇。
しかし、次の瞬間には銃声が響き渡った。
遠くで悲鳴が上がる。椿樹は冷静に銃を分解し始めた。杏奈は、窓際から離れ、双眼鏡でターゲットを確認する。
「成功よ」
杏奈の言葉に、椿樹はわずかに頷いた。
二人は無言で視線を交わす。そこには、仕事を成し遂げた満足感と、互いへの深い信頼が込められていた。
杏奈が一歩近づき、椿樹の頬に手を添えた。椿樹は、その手の温もりに身を任せる。
唇と唇が重なり、熱い吐息が漏れる。
殺しの後の官能が、二人を包み込んだ。
杏奈の赤い唇が、椿樹の首筋をなぞる。椿樹の手が、杏奈の腰に回る。二人の体が、ゆっくりと溶け合っていく。
窓の外では、東京の街が普段通りの朝を迎えていた。誰も、たった今起きた出来事に気付いていない。
椿樹と杏奈は、静かに身支度を整えた。椿樹は、使用した道具を丁寧に専用のケースに収める。杏奈は、鏡を見ながら髪を整え、リップを塗り直す。
二人は最後に部屋を見回すと、さりげなく腕を組んで部屋を出た。
エレベーターに乗り込む二人の姿は、まるで普通のカップルのように見えた。しかし、その目には、これから待ち受ける未知の運命への覚悟が宿っていた。
外に出た椿樹は慎重に周囲を確認した。その時、彼女の鋭い目が何かを捉えた。狙撃地点から少し離れた場所に、不自然な影が見える。まるで誰かが隠れているかのようだ。しかし、任務の緊急性から、それ以上の確認はできなかった。椿樹は一瞬の違和感を胸に秘めたまま、杏奈とともにその場を後にした。
これが、彼女たちの新たな物語の始まりだった。
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