第4話 野辺送り

感染者の処理は、作業だ。

花園音音はなぞのおとねは、自分にそう言い聞かせている。

中学からの友人の「死」は、感染した段階で決まっている。

いま、自分がやっているのは、作業だ。


言い換えれば、葬儀の一環だ。

友人を見送るための儀式だ。

血なまぐさいし、手は汚れるけれど。


振り下ろす鉈に、手首が切断される。

血が赤いのは、いまカオンがバラしているモノが、そう遠くない過去に人間であったことの証拠だ。


「信子の指紋を使って、わたしに連絡をくれたのはいいアイデアだった。」

「まあ、顔認証が出来ないくらいに頭部をまず、つぶしたからな。」


頭を潰せば、あとは意味の無い不随意運動しか残らない。

医学部を諦めて、経済学部にいる同級生はそう言っていた。

ああ?

そう言ったのは誰だったか。何日かまえに感染して死んだような気がする。いや、感染者にかまれたのだっけ。

死はあまりにも多くて、ひとつひとつ、覚えていることもできない。


「どこに行っていた、オト?」


姫柊さんはいつも、音音をそうよぶ。


「最近、出会い系にはまっててね。」

「第二サークル棟の“役たたず”に会ってきたのか?」

「いやん。ストーカー?」


これはもう死んでいる。

だから、大丈夫。

大丈夫なはずなのだが、それでも怖い。バラバラしないと這い出てきそうで怖い。


音音は、ナタを肘の関節にうち下ろした。


「ひとりで、コミュニテイ全部の感染者を始末しているとかいう“無能”。」

姫柊さんは、音音の顔を覗き込んだ。

「なにが目的だ?」


「そうだねえ。まずお友達からかな。」

「食べ物はまだ、ひと月分くらいはある。水は、裏山の湧水に雨水。飲料水はペットボトルでなんとか。」


姫柊さんは、そう言った。

言いながら分厚い手袋をした手で、音音が切断した信子の体をいくつかの袋に分けて放り込んでいく。


最後に、首を袋に入れる。

噛みつけないように顎を砕いてから、脳を損傷させる。

なので、そのには、大口をあけてよく笑っていた信子の面影はまったくない。



袋の口をしばって、担ぎ上げた。

音音も袋を手に取った。


人間1人分である。

かなり重い。

しかも中身は、まだうぞうぞと動いている。


引きずるようにして、歩き出す先は、すでに埋葬のための、穴を掘ってくれているはずだ。


「ひと月まえにも同じことを言ってた。」

「そりゃ、わたしたちの数が減ってるからだ。」


姫柊は、吐き捨てるように言った。


「日に何人かは、新しい感染者を出してしまう。

最初は雑魚寝してたから、ひとりでも感染者をだすと、手が付けられない有り様だった。」

「カタストロフから、じり貧にかわっただけだね、姫柊さん。」


音音は、冷徹に言った。


「わかってる。わかってるんだが……」

「つい、初めて会った相手と、一夜の快楽に身をゆだねよっか、と思うのは当然でしょ?」

「おまえと同じアプリは、わたしも入れている。」

「姫柊さんも一夜の快楽を……」

「ふざけろ! 情報収集のためだ。

メジャーなSNSは、誰かが故意に流しているようなデタラメな情報ばかりだ。

マッチングアプリは、その点まだ信用出来る。」




「で、“役たたず”テツくんは、ほんとに外を探検しに行きたがってるのか?」

「ほうほう。」

音音は、自然に顔がほころんだ。

この先輩はわかっている。

「姫柊さんもそこまで。」


「一応は、だがな。

このマッチングアプリには、情報交換の掲示板の機能や、自己紹介のために、ダイアリー式に自分の写真や動画を公開する機能がある。

どうも同じ学院内から、発信されているとわかって、戦慄したのだが」

「今日何食べたとかの、日常系ほのぼの日記ですよ。どこに戦慄する内容が」

「このご時世に、マッチングアプリをやってる奴がいるという事実に、だ。」


ああ、そっちか。

と、音音は、つぶやいだ。


確かにその通りだが、だったら、自分はなんだ、と思う。


「メジャーなSNSは活況だから、少なくとも生き残りは大勢いることは間違いない。」


「そこが、実はわからない点です。」

音音は言った。

「この疫病は確かにやっかいですが、幸いにも生きてる人間しか、かかりません。

その手のコンテンツに出てくるように、墓場から無数の死者が湧いてでる、なんてことはないんです。」


「まして、日本は火葬だしな。」

姫柊さんが冷徹に言った。


「それに、この病で感染者が危険なのは、感染後に理性を失って、ひとを襲い出してから、体が腐って動かなくなるまでの数日間でしかありません。

郊外のキャンパスに、ひと月篭って、その間、誰も救援もこなければ、そもそも連絡も取れないなんて有り得ないわけでしょう?」


「電話は繋がらないが、なぜかネットは使える。だが、はたしてその向こう側で、情報を発信してるのが、ひとかAIかは、それ以外のなにか、かは、判断のしようがないわけ、だ。」


「オカ研が、これは疫病じゃないと言ってるのは、知ってます?」


「ああ。もし、病気なら、噛みつかれずとも一緒にいたり、あるいは、こうやって遺体の処理をしてれば、感染するはずだ。感染しないのは」

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