第3話 役たたず
痙攣を続ける小林くんの死体はどうするべきなのだろう。
いや、わかってる。
決まりきった作業だ。
手足と顎を念入りに砕いたところで、ぼくは作業をやめた。
頭も中身が飛び散るくらい割っているので、もし、戦いを始めた時に、まだ意識があったとしても、もういまはないだろう。
ぼくは、血と肉片に塗れた部屋を、見つめた。
ドアが開いて、背後から声がかかった。
「おお、いつもながら早い仕事だよな。」
「よお、パーティちゃん。」
ぼくは、振り向いて血まみれの刺股とバールを掲げだ。
「おいっ“役たたず”!」
うしろに控えた腰巾着一号が吠えた。
「てめえ、
「
パーティちゃんは、首を振りながら言った。
「ハルアキは、ぼくの幼なじみなんだ。」
「しかし、」
「ぼくがいいと言ったらいいんだよ。」
「あと、ハルアキじゃなくて、セイメイだからな、パーティちゃん。」
「てめえっ!」
喚きかけた海山先輩の声とまった。
顔を真っ赤にして、口をパクパクさせる。
パーティちゃんの指が、その脇腹に食いこんでいた。
「……!!」
激痛に声も出せずに座り込む海山先輩に、ぼくは、話しかけた。
「あとの始末はお願いできますか?」
何も答えずに、海山先輩はぼくを睨んだ。
「ほくを殺したいっすか?」
ぼくはその目の前に、血まみれの刺股を突きつけた。
「なら、
「なにもできない役たたずなのに、
美丈夫はたんたんと言った。
「それはどうもだね、パーティちゃん。
シャワーを浴びてもいいかな?」
「許可する。酒巻に言って、シャワーブースのキーをもらえ。」
「ありがとうね、パーティちゃん。晩御飯には、焼肉弁当を希望です。」
「こ、これを見た後に、焼肉だとおっ?」
パーティちゃんの護衛のもうひとり、後楯クンが、部屋を覗き込んでうめいた。
「もういくら何でも慣れたでしょう? 毎日、1人くらいは新しい感染者がでて、ぼくが始末している。
今日はたったひとりだ。むしろ、ラッキーな日でしょう。」
ぼくは手を振って、316合室を後にした。
シャワー室は、7階にある。
雨水を貯めてシャワーようにしているのだけれど、もちろん貴重品だ。シャンプーや、ボディソープはまだ潤沢だが、いつまで続くだろう。
ぼくも“仕事”のあとくらいしか、浴びれない。
番人の酒巻さんに、シャワールームのキーをもらって、ぼくは、ドアを開けた。
もちろん、お湯なんて出ない。
感染者の始末は慣れているので、返り血もほとんど浴びないが、それでもまったく、というわけにはいかない。
冷たいのを我慢して、水を全身に浴びる。
服は換えがないので、血が飛んだところだけ、念入りにゴシゴシする。
感染者に噛まれると感染者になる。
ならば、感染者の血や体液を浴びたらどうなるのだろうか。
単純に考えれば、感染は免れないと思うのだが、実はその結論は実はまだ出ていないのだ。
その実例が、ぼくだった。
返り血は最小限にしてるつもりだけど、ゼロはない。
少しは、口に入ったりしている可能性もあった。
だが、こうして、ひと月以上も、コミュニテイないに新しい感染者がでたときの始末係をやっていて、いまのところは、バイタル正常値のままだ。
感染者は、映画のゾンビほど不死身ではない。
心臓は鼓動をやめ、体温は外気温とかわらなくなるのだが、その身体の構造は生きているときのままだ。
とはいえ、痛みを感じないこいつらは、骨は完全に折らないと動きを鈍くするまでにはならない。
心臓はすでに停止しているので、急所にならないし、頭を潰すのは、頭蓋骨が頑丈でけっこうやっかいなのだ。
一番いいのは、ほっておいて、体が腐敗し始めて、動けなくなってからバラバラにすることなのだが、それまで誰かを襲って、犠牲者を増やしてしまう。
「おい、10分たったぞ!」
シャワールームの外から、酒巻先輩の声がした。
ぼくは、乾いた布で体を拭って、シャワールームを出る。
シャツやパンツが濡れていて、あまり着心地はよくないがしかたない。
酒巻さんは、気味悪そうにぼくを見る。
ぼくが、毎日のように感染者を始末していることを知っているものは、こんな目付きをするし、まったく知らないものには、単なる無能の無駄飯ぐらいと思われている。
いずれにしても好意的な視線を浴びることは、まったく、ない。
ぼくは、笑って手を振ったが、酒巻さんは、目を逸らした。
しかたなく、ぼくは、10階にある自室に戻ろうと、階段に足をかけた。
スマホにメッセージが届いているのに、気がついたのは、そのときだった。
「さっきの続きをしよう。#占いマニアのカオン」
時刻は、夕方。
日暮れまで少し時間があった。
街灯などは、つかなくなっているし、闇に紛れて、感染者がどこからか、やってくるかもしれない。
なるほど。
ぼくにぴったりの時間だ。
口笛を吹きながら、ぼくは階段を駆け上った。
デートのための一張羅くらいは、ぼくも持っている。
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