第2話 孤独なる死の故

もちろん!

ぼくは答えた。


そのとき、彼女のスマホに着信がはいった。

ちらりと画面に「信子」という文字が見えた。


「はい? いまちょっと人と会ってて」


そう話しかけたカオンさんの顔色が変わった。


「え……信子が? はい、直ぐに戻ります。

カオンさんは、立ち上がった。

「すまない。いったん、わたしのコミュニティに戻るよ。

あなたの話には興味があるから」


マニキュアが汚らしく禿げた指がスマホの画面をトントンと叩いた。


「これもいつまで使えるかわからないから。名前とコミュニティを教えておくね。

わたしは花園音音はなぞのおとね。経済学部棟のコミュニティ、虎仙会にいる。」

「ぼくは、沢元清明さわもとせいむい。所属は、第二サークル棟の無敵会。尋ねてくれるときは、約立たずの晴明って言ってもらえばすぐわかるよ。」


ぼくらは、握手を交わした。


「信子さんになにか?」

「ああ、画面が見えたのね。

そう。信子が死んだみたい。」


どんな表情をとればいいのだろう。


「信子のスマホから連絡をくれてところ見ると、認証用の指紋は無事だったみたい。

よかったわ。死んだのは信子だけみたい。」


まったく、無表情のまま、カオンさんは立ち去った。


そうだ。

ぼくらは、あまりにも慣れている。

誰かが死ぬことに。



郊外のキャンパスは、やたらに広い。

20分ばかり歩いて、ぼくはサークル棟がある南の森にたどり着いた。


この一件が起こったときに、ぼくらは何人いたのだろう。


やつらが、他人を噛むことで感染を拡大させることは、最初の数日は分からなかった。

怪我をしたものを、どんなに治療を施しても、数日で死にいたり、ゾンビになって復活して来た。


やつらの死体は解体して、バラバラにしなければならない。本当は、遺体を荼毘に付すみたいに、焼き尽くせばいいのだろうけど、学校ないには、そんな設備も、十分な燃料もない。


「おう、帰ったか、約立たず。」

入り口に立っていた三年生が、ぼくに刺股を渡してきた。


聞きなれない道具だが、江戸時代に罪人を捕縛するときの道具だ。


感染者たちは、痛みを感じないのか、時々とんでもない怪力をはっきする。

これでクビと両腕をおさえこんで、顎を砕く。四肢を砕く。どこを壊せば死ぬ、のかは実はよくわかっていない。



「316号の村田だ。朝、松本が起こしにいだったが、唸り声が聞こえてくるだけだった。

昨晩の点呼の時は、返答をしていたから、晩に発症したらしい。」


ぼくらは、この破壊された世界で、全員が個室をもって暮らしている。

毎晩、点呼が行われ、そのあと鍵は外側から閉められる。


ぼくらは、未だにどこからくるのか、なにが媒介してるのか、わからない感染症と戦っている。


毎日、ひとりかふたり。

噛まれたわけでもないのに、あらたに発症して、感染者になるものが、あとをたたないのだ。


一人部屋にして、そこから施錠をするのは、ぼくらが眠っている間に、発症した場合、同室のものが、襲われないで済むからだ。


「ぼく、ひとりでいくんですか?」

三回生は重々しく頷いた。

「仕事を果たせ。晩飯が欲しければ、な。」



ぼくらが、事がおきて、約1ヶ月。キャンパスに立てこもっていられる理由がこれだった。

定期的に、ぼくらは死んでいく。

感染症でゾンビになったり、あるいはゾンビに噛まれたり。



ぼくは、刺股をもって、のろのろと319号室にむかった。

316の村田は、面識くらいはある。


一応、空手はどこかの流派の黒帯だったはずだ。

当然、格闘技サークルが、母体のこのコミュニテイからの評価は僕より、だいぶ、高いはずだ。

それが。


ドアをノックする。

突然、ドアが歪むほどの衝撃をぼくは感じだ。


「小林くん、小林くん。」

ぼくは、能天気に呼びかけてみた。

「気分はどうかい?」


昨日までは、普通に生活していたのだとすると、するとわりとなりたて、の感染者、だ。

筋組織も、残っているし、力あってしかも素早く動くことが出来る。

はっきり言って行きたくはなかった。


「沢元、か?」

意外なことに、返答がきた。

「お、ソロしくキブンが、わりイ。開けてくれ、ここを。薬を買いに行きたい。」


「わかったよ。」

ぼくは答えた。

「意識後あるならただの風邪だな。暖かけしてれば治るだろう。」


「そのマエにクスリだ。薬局にいきたい。アケテクレ。」


ああ、いいよ。

ぼくは答えて、部屋の鍵を開けてやった。




小林くんは、まったく面影はなかった。

もともとは、親がどこかの企業オーナーで金回りも良くって、女の子たちからモテモテだったんじゃなかったっけ?


口の周りは血だらけだった。

よく見ると両手ともに指がない。

自分で食ったのだ。


口がきけるところをみると、まだなり切っていないのだろう。

だからと言って、やることが変わる訳では無いのだが。


飛びかかってきた、小林くんの首を挟むようにして、は刺股を突き出す。

小林くんはもがいたが、そのまま、部屋のおくの壁に押し込んだ。


「血いっ!」

小林くんが叫んだ。

「血いくれっ!」


その顎を。

ぼくはバールを叩きつけた。歯が折れて飛び散った。さらにもう1発。今度はアゴが陥没した。暫くは噛むことはできまい。


つかみかかろうとする、肘関節を砕いた。


「俺はまだ感染症シキッテイナインダ。た、助けてくれ。」


それは気の毒だ。

なぜって、まだ痛覚とか、残ってるかもしれない。

額を陥没させると、四肢が妙なダンスを始めた。

脳からの信号が上手く繋がらないのだろう。


気の毒なので、両膝の関節も砕いた。

そのまま、心臓を潰すかどうかを、迷うか。


「タフケてくれ」

小林くんは涙を流していた。

ぼくはもう1回、バールを振り下ろした。


小林くんは床に倒れた。

床も血痕だかけだった。

完全に罹患しながらも自分は違うと、床を掻きむしり、酒をくらって、現実逃避してみせたこの世界の結末は、これだっ!



痙攣を続ける小林くんの死体はどうするべきなのだろう。

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