第八話
二十
想い出が色褪せることと同じ様に、感情は日々移り変わるものである。良し悪しを抜きにすれば、その恩恵は賜物だろう? 福山氏は心に描いた風景も、感動と云う色合いを加えるだけで、様変わりする、と云ったが、その時の感動は、持ち続けることはできない。そういう効果に気付いた時、時代背景が重ねるものが、現代の妙になるのである。
「本当は、戦時中の女性たちが、届かないことを理解しながら、竹槍を持ち敵の戦闘機に立ち向かう姿を視て貰おうと考えていました」
「雑草を食らってでも、生き延びようとした、精神力の強さを見せたかったのね」
「帰らぬ息子を待ち続けた唄は、僕らの幼少期に聴いたことがある。見た記憶はないが、闇市という時代背景は、闇夜そのものを象徴していたはずだからな」
「期限の見えない不安感が、挫折感になったのかしら?」
「米国が差し伸べた施しは、次の時代を担う子供たちに、チョコレートやキャディを恵んでいます」
「だとすると、戦争を終らすために、核兵器を開発した? ということが、まんざら嘘ではなくなるわね。長引くことを危惧した理由は、人々の営みを護ることに気付いたんでしょうね」
「ドレフュス大尉事件の二の舞に考慮したんだろうな?」
「ドレフュス? 悪魔島? もしかして、日本を悪魔島にしないためのシナリオがあったと云うの?」
「大西洋にあるサルー島は別名、監獄島とも呼ばれています。革命を遂げたフランスが、政治犯罪や、重罪犯を流刑地としましたからね」
「そういえば、物語の中で、
「キリスト教では、地獄に落ちた天使のことを、悪魔と定めています」
「仏教国の日本では、妖怪や変化する人やものを魔物と云い、本来の形を変え、種々の姿に変化するものを指しているな」
「古典芸能の歌舞伎ではそれを、権化としています。それを仏教に当て嵌めると、菩薩が人々を救済するために、この世の仮の姿となり現れる? と信じていたはずですからね」
「権化=応人ということだな」
「歌舞伎では、
「おふたりの今後に生かせると良いですよね」
「だとすると、散歩と云うよりも、散策になるな? 騙された感はないから、癪に障ると云うべきかな」
「成りきることを目的にしてない?わよね。もしかすると、役者が夢を与える稼業を遂行するために犠牲とするものは、夢ではなく時代背景なのかも知れないわね」
「僕も、そう想うよ。台詞では、此の世は自由と云うが、本当の自由は、想像を膨らませることであり、その想像を実物に変える志を持ち続けるための、努力を指しているんだろうからな」
「だから努力の賜物が、ご褒美になるんだよね」
うさぎは笑みを携えて、ふたりが導いた答えに応えようとしていた。マイは、『考える知恵を持たされた人間が、考えることを止めて終ったならば、生まれるものが絶滅するだけだからね』と、信じていたから、すり寄っていた。
その僅かな熱量に反応した量子が、壁一面に写し出したものが、宇宙だった。サターンと呼ばれる土星も、ただの悪魔に命名されたのではないと教えるために、集光して輝きを増していた。太陽から離れることで、質量の内容が変わる太陽系だからこそ、電磁波が活躍する無重力が生まれたはずだし、重さの違いが示すものは反射鏡的役割だから、統率がとれていることが解るはずだった。
天使と悪魔を共存させる人間は、想いを槍にして反射させたなら、非社会的勢力のように、力でねじ伏せることを、やってはダメなことと教えようとしていると想えてきた。
二十一
「主旨は概ね理解したが、何か隠してはいないか?」
「別に、隠してはいませんが、思念を使えるようになれば、何処からでも、この装置に侵入できることを知って貰おうと想い、やって来ました」
「どういうことだ?」
「勾玉の効力とでも云いたいようね?」
「こうさんは、ひとり旅がお好きなようですが、気遣いをしなければ、旅の恥はかき捨てと理解していますよね」
「僕が、足手まとい? とでも云いたいのか」
「秘密がないことが逆にミステリアスなんだから、
「話術? 簡単に云ってくれるけれど、騙された感は、僕の心を侘しくするものだろう」
「少しずつ、前に進みたいのですが、注文の多くが、それを阻んでいます。例えばですが、踏み込めないのは、重なりを拒む性分だとしても、境界線が溝? とは想ったことはないですかね」
「相手に深入りしないのは、深入りされたくない?とは、ならないのかな」
「答えの見つからないものは、置き去りにして来たんですね。それだけ日本が平和と云うことなんでしょうがね」
「君の詞を借りるならば、今すぐに答えを必要としないことは、往々にしてある? と想うだけだ」
「ケジメを勝手に付けて、忘れたことはないんだろうね。私は、三猿が身に付いて終っているけれども、貴方は違うみたいだね」
「面倒は御免だからな。そこに興味が合わさると、そのままにして措けない
「相手は眼中にないんだよね? だからかしら、冷血漢を引きずっているように見えるわよ」
「僕は冷血漢ではないし、合点を併せることは、比較的早い方だ? とは、想っているんだがな」
「頼まれれば?でしょう。もしかすると、人見知りなのかも知れないわね」
「自分では、馴染むのに時間を要するだけで、結して、おざなりに扱っていないんだがな」
「機転の早さが、仇になっているんじゃないかな」
「口を挟んで良いでしょうか?」
「何か問題でもあるのか」
「
「確かに、答えに疑問を抱くことはあるが、何かの拍子に解決するのが世の中だと割り切ることが、往々にしてあるからな」
「善良市民という意味では、好感度は職業病とも云えるもんね」
「そつなくこなしている実感はないんだがな」
「では、宿世に従う必要性を模索しましょう」
「僕の宿世?」
「そんなことをして、祟りが起きないかしら?」
「こうさんと同じ夢を視たことは、少しずつずれた心の中心と、抱えてしまった歪みの元を矯正するしかありませんからね」
「心が刻んだものが、僕にとっての
「まるで、この装置みたいだね? でも、良くできましたのハナマルと観れば、良いんじゃないかな?」
「もしかして、ブラックホールに堕ちて診るのかい」
「はい、地獄というブラックホールに堕ちることで、福山さんの秤(平衡感覚)が正常に戻りますからね」
「その前にひとつだけ教えて」
「なんなりと」
「私たちが、浄化を
「たぶんですが、腑に落ちない理由は、冥府を知らないことに
「死者が承ける定めなのは解かったが、死者の怨念を感じて変わるものはなんなのだ?」
「罪と罰は古くから云い伝わっていますが、体験者しか身に染みないものがあります」
「私は、私はどうなのよ」
「すぐに救済されていますから、無いに等しいです。経験してみたくはないですか?」
「当たり前でしょう。恐怖の詮議に参加を望む人間なんて居ないはずだからね」
「やはり、詮議だったんだな」
「人間の体内に、酸素と炭素、あまつさえは水素まで蓄えている理由は、内部破壊を興すことを目論んでいます。それは、自警という理由からですが、脂肪が蓄えられていることで解るように、細胞という繊維質や革質まで消すことができますからね」
「魂だけを取り出すために、破壊すると云うのか? そればかりでなく、還元された元素は、数億年の行動を無駄にすることになるんだぞ」
「ゼロから始まる歴史という経験が残りますから、本来は
「ゼロかレイかの違いなんて些細なものでしょう。彼が云いたいのは、再び経験することは、失敗が許されないことを指すから、人間事態が作製されなかったらどうするのか? という不安感なんじゃないかな」
「裏をかえせばそれが、悪意を認識していることになります。繰り返す基準に、人間を拒絶することを知っているから、云い方を変えただけでしょうね」
「僕は完璧主義者ではないから、受け入れるつもりだが、生存が有耶無耶になるのだけは嫌だぞ」
「貴方だけの問題じゃないんだから、冷静に云わないでよね。それで、終わりじゃないよね」
「まるで、君の機転が云わした、猿の惑星だな。君の心の奥底にあるものは、獣の可能性があるということだな」
「だって、人間の祖先は、ホモサピエンスなんでしょう? だとしたら、たどり着くのも当然になるはずよ」
「今はな? 海から来たという仮説は、もう
「確定させなければ、ダメですかね?」
「そうだよね? 戦争で総てを喪う人間なんだから、終りに繋がることは、口にしたくないよね」
「ならば、終らせないためにできることがありますよね」
「だから、爪弾きにあっても、云い続けているのね?」
「少なくとも、ふたりの共感者を得たことで、少しずつ進むと良いと云ったわけなんだな」
福山氏は云い、足許を盛んに動かしていた。うさぎに云われた境界線を消しているその行動は、掘って終った溝を埋めているようにも見え、馴染ませたい意思を含んでいた。
こうは、理解したと言葉にせず、笑顔を向けていた。どんなに大きな溝であっても、少しずつが積もったものが現在だから、必ず埋まるものと信じていたからだった。想い詰めずに踏み出す理由があるとすれば、そういうことになるはずである。
太陽にしても、雲にしても、視ていることを教えるために、移動を試みているはずだった。それが錯覚だったとしても、なにかを教えようとしていることに気付かなければ、相互関係は成り立つはずもなく、軽率な行動をするのだから、謙虚に対応しなければ、丸く治まることはない。願いや祷りを捧げる宇宙は、それを教えるために反射光でさえ、丸く見せていた。光が点から始まることを知れば、錯覚さえも凌駕することを教えている。だからこそ、天からの贈り物は、たまもの(賜物)ということだった。
二十二
「例えばですが、第三次世界大戦が、此の世を終らせる? と云うのが、都市伝説化したことがありますよね」
「私は、冷戦に終止符を打った米国と露国が対立すると聴き齧ったけれども、それかな?」
「いや、僕は、米国と対立する中華が戦争を始める、というものだった? 気がする」
「どちらにしても、大国に巻き添えをくらう思想が原因でしょうね」
「違うのか」
「例え話に華を咲かせるのが人間ですが、根拠となる切欠は、些細な悪意であることは間違いありません」
「例え話には根拠が要らないし、無責任に
「些細な切欠なら、当たり前の日常に、転がっているわけだしな」
「過去の
「例えば? で良いから、話してよ」
「科学者の質の低下ですと、定説を否定することですかね」
「ちょっと待て。それは、君の思想であって、事実ではないはずだ」
「では、例えばとします。ノーベル賞を受賞した物理学者は、更なる実験のための費用として、億を贈呈されます。それも、機材だけでなく、試薬なども購入しますから、十年も経たずに消費しますよね」
「アブク銭は湯水のごとく消えるからな」
「それでも、アブクじゃないから、新しい機材の購入で、新しいスポンサーが着くよね」
「武器や兵器を除く? という制限付きの科学にお金を出す企業があると想いますか?」
「欲? 総てが欲というお金に魅入られてるから、新しい企業が参画することはない? と云うのね」
「そこで登場するのが、諜報員です。日本でダメなら、海外進出が生まれます」
「必要ならば、海を渡る? ってなるわよね。既に海外進出をしている企業があるから、吸収合併は、比較的に簡単に進むだろうしね」
「欲に魅入られた
「だとすると、確率的には、それが一番、有力になるよね」
「その知恵を欲しい国は、米国だけではないですからね」
「中華が一番に欲しがるだろうな」
「汚名をきせることも、できる? ってわけだね」
「中華が動くことを嫌うのは、米国だけでしょうか?」
「? 新型コロナウイルスの例があるから、英国や仏国も考えられるし、漢方薬で敵対視すれば、独国も台頭するわよね」
「欧米は、植民地感覚を持っているだろうからな?」
「争いの歴史という、野蛮な民族性が、様々な憶測を呼びます。その実は、北の瞬間湯沸かし器国家に火を着ければ、日本が火種となります。世界一の強国を主張する後ろ楯は、欧州の親戚国ですから、
「第三次世界大戦は、欧米諸国と、アジアという構図になるわけか?」
「アジアと云っても、中華が中心の過激派連合ということになりますよね」
「欧米に弓を引く露国は、どちらに着くかしら?」
「ウクライナと露国の争いを例にすると、欧州の中の弱った国を奪取して、構図をぐちゃぐちゃにするんでしょうね」
「恩を売ることはないのかな」
「世界がしたことを根に持っているはずですから、第二期のソ連邦が誕生するとしたならば、力関係は変わりますよね」
「終焉にするための核兵器があれば、劣性時を回避するために使用して当たり前だもんね」
「その前に終結させる手段となる鍵は、衝撃波と伝導を併せ持つ、電磁籠しかありませんよね」
「もしかして、奪い合う構図を、神の眼で視たから、植物人間になったのかしら」
「第二次世界大戦の
「悪意の根絶も果たせれば、一石二鳥になるわね? それでも、結界に女性が多いのが気になるわよね?」
「僕たちが知らないだけで、冊子には男性陣もかなり出ているぞ。少しずつ? というのは、相対するまでの暗号と云うことになるな」
「合格です。ですが、剛に慣れてしまうと、柔に戻れなくなりますから、少しずつなんですよ」
「少しずつ骨抜きにするつもりなのね」
「生命体の発祥が、植物ですから、そこに眼をつけただけです」
うさぎは云って見えないはずの空を、上方に写し出していた。快晴の理由は、人間の眼に映らない反応があり、浄化されている。
光と闇しかない宇宙だから、惑星が鏡の役割をすると考えるならば、光が重要視される理由となる。光分離と、光合成。人間が考えているよりも、宇宙は簡単なのかも知れないが、作用や方程式を必要としたからと、考えるならば、難しくしたのは、人間自体なはずだった。
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