第六話

    十四


 こうは勢いをいなし、周囲を注意深く見回していた。

「どうしたのだ?」

 福山氏は距離を詰め、こうに問い掛けた。

「時代背景すら判らないんだから、地域くらい特定しなければ、経験の意味を探せないでしょう。同じ人間とたかをくくれば、悪意にとっての都合の良い輩に成り下がるのよ」

「だからと云って、立ち止まることが良策とも想えない。用心しながら探った方が、理解も早いはずだから、三方向に探りを入れよう?」

「マイは猫だから、異世界の地では詞を操れないから役不足よ」

「それを先に教えておかない君が悪いだけだよ」

「私は、夢先案内と云ったわ。話の中のヒントしか、上手く立ち回る方法がないんだから、疑問はないかと訊いたはずだからね」

「そういうことか? 僕は男だから立ち回れるとしても、君は用心するに越したことはないと、云いたいんだな」

「悪意も悪魔も、悪霊にしても眼に見えないことは、私たちの居る世界と変わらないから、五感に触れたはずなんだ、だから特に注意が必要だと、頭の片隅にでも措いて置いてよね」

 マイがその時、ふたりの間に入りこみ、口から吐き出した思念が、うさぎの姿を形成すると

「襲って来ますから、手を取り合って踏ん張って下さい」と、緊張した声色で伝えた。

 ふたりは云われるままに踏強ばると、悪意の思念がに放たれ、それが雷に変形して襲ってきた。その衝撃は、人間を立っていられなくした。尻餅を着いたこうは

「なになに、どういうことよ?」と云い、うさぎを視た。うさぎは、マイを股の間に入れ、踏ん張りながら、上下の歯を喰い縛っていた。

 悪意の雷が、晩鐘の音が響き伝わるように流れたが、納まりかけると

「この時代は、平安末期ですから、悪魔たちも勝ち気です」

 応えを訊いたこうは

「そんなことは訊いてないわ」

「僕が想うに彼女は、近代兵器のような衝撃を放つ兵器は何か? と、尋ねたと思うがね」

六弟ゼウスさんの雷を真似た代物と応えた方が良かったでしょうか?」

「そういうことじゃなくて、肌を刺す六感に襲われない理由が知りたいのよ」

赤瞳わたしが一緒だからかも知れませんね?」

「そんなことより、この巨大なボールが何なのか? 気になるのだが」

「電磁籠です」

「この籠の成分が、電磁波でできているということなんだな」

「電磁波は人間には見えませんが、バイオリズムのように蛇行しています。それで経度と緯度を重ねていますから、衝撃を流すことになり、身を護っています」

「そういうことだったのか? っていうとでも、想っているの」

「訊かれたので答えました」

「さっき、平安末期と云ったが、概ね千年頃と云うことなのか?」

「今回の首謀者が悪意ではなく悪魔ですから、卑弥呼さんの記憶と云うことなんでしょうね」

「悪魔なの?」

「君の観点は、実に面白いな」

「貴方の視点も充分、変わっているわよ」

「まぁ良い。それで今回は、誰を護るのだ?」

「紫式部さんだとしたら、源家の曰くとなりますね」

「紫式部?」

「だとしたら、義経の命を護るのだな?」

「それは既に、卑弥呼さんが甦りを予定しています」

「ならば、訳が解らんな?」

「紫式部さんが綴ったものが源氏物語ですから、歴史に当て嵌めると、義経さんに行き着いたのは判ります。ですが、与謝野源氏で解るように、関東大震災が起きて原稿を焼失していますから、紫式部さんを護れと云うことでしょうね」

「ちょっと待て。仏教的 宿世すくせ観を基底にした平安貴族の憂愁を描いた物語に飛び込んだと云うのか?」

「そういえば、起点を遡ることを、あみだくじと云ったけれども、物語の世界観に飛び込むこともあるの?」

「こうさんに、こうさんだけの想いが存在しますから、紫式部さんに、紫式部さんだけの想いがあっても、不思議ではありません」

「良かろう? 実に面白い世界観だ。それで、悪魔は何者なのだ?」

「それが特定できないから、私たちが派遣されたんじゃないの?」

「調べることから始める? と云うのだな」

 福山氏は詰まらないと云いたいように見受けられたが、気持ちは反していたようで、軽やかに立ち上がった。うさぎはそれで、電磁籠を解いて、マイの身体に取り憑くように戻っていった。マイの息吹きを借りて呪文を届け、二名は念に化けた。マイは確認してから、自身も念に変化して、神風を待っていた。

 遣られたら遣りかえすのが、神の理念であることは説明していたから、三者が風に導かれてたどり着いたのが、紫式部邸である。どこか隠微に映る部屋内は、油で灯りをとっていたことで理解に至っているが、早更けであった。帳のような配慮がないことが不安を煽り、人間ふたりの第六感を研ぎ澄ました。

 三者がおぼろに映る悪魔を捕らえると、念から上がる水蒸気で、所在を確認されて終い、薄い月明かりの庭に逃げていた。

 対峙したことで、術が解かれて終い、三者が姿を晒す羽目になっていた。うさぎはマイの身体から躍り出る勢いを利用し、両手から出した電磁籠にふたりを閉じ込めて、マイの逃げ回るスピードで撹乱を測るが、思念の雷を避けることしかできないでいた。

 すると重力を無視するかのように、地中から雷が響出て、悪魔を回帰した。うさぎは再びマイに憑依して、装置を顕にした。あとは、思念で電磁籠を引き寄せて、三者はその時代に別れを告げたのである。



    十五



「これで終わりなのか? まだまだできることがあるはずだが」

「歴史を歪曲すると、秀吉の二の舞になりますから、これくらいでちょうど良いはずです」

「豊臣秀吉? 猿の惑星にでも繋げるつもりなの」

「だとすると、我々が攻撃できぬ理由がそこにあるのだな?」

「人間に取り憑いた悪魔や悪霊を退治することは、人間には無理です。経がもたらす効力が絶大とうそぶいた安倍の晴明は、信頼を得るために嘯きましたが、後日明かされる科学的根拠で暴露された後味の悪さを遺しています」

「なるほど。人間に心が存在する理由は、納得する手段のない事件を云い含めていると考えるのだな」

「だから貴方うさぎさんは、云い訳と繋げたのね」

 うさぎは、マイの口を借りて、疑問に応えようとしていたから、罰が悪くなり、姿を晒すことを決めて、マイの息吹きに乗り、姿を顕した。

赤瞳わたしのズルを見抜いていたのですね?」

「だいたい、冊子()は着いていたよ」

「洒落たつもり? それは措いておいて、説明して」

 うさぎは元よりそのつもりでいたから

「源氏物語は、光源氏の愛の遍歴と栄華を描き、過去の罪の報いを知り、苦悩の生涯を綴っています。幻までの前章と、匂宮(紅梅)と竹河を繋ぎとして、橋姫以下の罪の子、薫大将の暗い愛の世界観を描いた二章とを、流れと視るか? 曰くに翻弄されたと視るかは、読む者の感性で判断するしかありません」

「判断を委ねた理由? に、何かを隠したとでも、云うのか」

「私たちの役割は、紫式部の命を護ることではない? としたら、物語を護ることになるわよね?」

「いや、習慣や慣習という風習も判らない僕たちに望んだことは、別にあるんじゃないかな?」

「物語自体をピースと視るならば、源家のために遺したことになりますし、殺人予告と受け取れます」

「殺人予告? とするとやはり、義経を射つことは、悪魔の囁きになる。ならばその首謀者は、北条政子ということか?」

「罪の意識があったから、出家したと考えるのね」

「悪魔が、仏教を利用したとなるな。だから、信長公が比叡山を討伐したとすると、うさぎ氏の云う、擬装死も納得できるな?」

「その策略をしたためた? 明智光秀公の雲隠れにも繋がるわよ」

「だとしたら、先ほどの雷は、地獄からの制裁となり、回帰された悪魔は、悪しき僧侶と云うことか?」

「安倍の晴明に、良からぬことを吹き込んだ輩と云うことになるもんね。その良からぬ輩の先祖が、神武天皇を射ったとしたら、悪魔の始まりは、人間ということになるわね。違う?」

 うさぎは、友を得たことで、こう自身が輝き始めたことに触れて、満面になっていた。

 支え合うのが人という発言に触れているふたりに解るように謀ったとしたら、神々が仕組んだことは、ご褒美にもなるはずで、気付くか否かは、感性の成熟度でしかない。そうやって観れば、身の回りに漂う運は、考え方? 見方? 感じ方? という方向性を生み出す。それは、万民の可能性が無限大であることを教え、未熟な生命体に神々が期待する理由でもあった。

 喜怒哀楽に左右される感情を管理できるようにするために、時間移動の装置は造られていて、ふたりの冒険に拍車を掛けるために、多くの疑問が置き去りにされているならば、まだまだ目が離せないはず? だと、うさぎは、妄想の中を彷徨っていた。



    十六



「やはり、どう考えても、攻撃できないモドカシサは残るな?」

 こうは少しあきれた風で

「天の邪鬼ののなさは、泣きものと知っているけれども、貴方の天の邪鬼は、諭せないのかな?」

「凄い云われ様だが、結果として回帰去れる魂を保護する理由でもあるのかな?」

「人の人生が階段に例えられるのは、知っていますよね」

「一歩一歩昇る? 理由かな」

「多分、うさぎ氏は、太陽を想像させようとして、登ると表現しなかったのだろう」

「人は誰でも、登り詰める想像をします。登ることに伴う下りは、幸運に対する悪運ではないですかね」

「欲でも戒めたいのか?」

「なんで、戒めに導いたのよ? さっきまで仏教に纏わる事件に遭遇していたのに」

「趣旨の変更? 若しくは、変更に伴う犠牲と閃いたのだ」

「天才の閃きだったの」

「北条政子を口にしたから、なんとなく変更が気に掛かったのだよ」

「北条早雲が導いたのでしょうね」

「陥落しない城がないことは、科学的に証明されているからな」

「なのに、世界遺産の姫路城を始め、国内に現存する城は多くあるから、貴方の阿弥陀籤もうそうが導き出したのが、それだったのかしら」

「多分ですが、妄想と想像の違いを、文字の違いから引用しようとしたはずです」

「錯覚までの道理にするつもりなのね?」

「それは、考えすぎ? というものだ」

赤瞳わたしは、歪みの原因だと、想います」

「歪みなの?」

「電磁籠の疑問が解消されていないのかも知れませんね」

「ならば訊くが、電磁籠を科学的に証明してみせてくれ」

 うさぎは少々考えてから

赤瞳わたしの理念でしかないので、一説として刻んで下さい」と、断りをいれてから、語り始めた。

 彼曰く

 人間が自己主張が強いから、この世の覇権者という傲慢が生まれた。だから、宇宙の始まりをビッグバンと定める一説を信じ込んだはず。無という空間は、人間の眼に映らないものであり、存在があることを否定しているだけであった。概念や観念を白紙にできるならば自ずと、想いのほつれに気付くはずである。

 永い時を刻み、解れは歪みを生み出すことに繋がり、破裂に到達することが宇宙の理となり得るはずで、飛散をビッグバンと錯覚したならば、爆破という破壊行動自体が悪しき現実と眼に映るはずだ。それを、元を正すという正義感に従うと、全てを葬ることになるから、この世を作り出した想いすらも、回帰しなくては、ならなくなるのだ。それを回避するしかないならば、別の選択肢にすがることを模索するしかなくなり、それが妥協点を導き出した経緯となったはずである。

 生命体が人間を覇権者と定めた記録はなく、記憶の中にも存在すらもないから、矛盾だけでなく、理不尽に至ったと考えた、うさぎは想いを深めるために速度に注目した。その結果、地球を網羅する籠にたどり着いたのである。歪な質量であるにも拘わらず、無重力空間に漂うことを、可能にしたものは電磁波でしかなく、流れで包むことで護っている事実は明白であり、無重力空間との境目に存在する量子の存在を知ったのは後のことだが、量子がもたらした効力のひとつが気圧配置であり、地中に存在する核のエネルギーである熱と不要物ゴミにも気付けたのである。

 それを彼なりに図解式にしているが、戦争という忌まわしい争いに応用去れることを危惧したから、敢えて発表はしない。だが、どうしても必要と云うならば、想いの速度の計算方法だけはと云い

「人間の総重量の千分の一が魂の重さであり、胴回りの百分の一が想いの伸縮比となる。魂の百分の一が想いの始まりであるから、伸縮比のなかで募らすと破裂までに至る。その時に生まれる衝撃波が動きの始まりとなり、動きの出発点にすると、その降り幅を身長までとし、動き出す。その値に想いが一息のに進む距離が、初速となるから、六十倍すれば一分の間に進める距離ということだ。だが、余力のある初速はさらに速度を倍にして進み、宇宙の無重力空間に達する。地球の重力空間を遮る流線型は想いやり(槍)であることが解るのは、量子を傷付けないために鋭角をなくしていて、宇宙に量子があるとしても、倍々と速度を速めた想いに掛かる抵抗力がゼロであることを知り、想い自体に重量がないことから、光速を越えるまでにあげる。要する時間は、太陽光が地球に届くまでに必要な七秒よりも早いことが判ります」と、云い放った。


 こうは瞳を点にし、かたや、福山氏は暗算で計算していたが追いつかず

「方程式にならない理由があるとすれば、抵抗力に均一性が失く、想いの量計算にバラツキが生じることかな?」と云い、計算を諦めた理由は告げずに、誤魔化していた。


「今宵は復習する活力も残っていないと想いますから、次回までで宜しいですよね?」

「悪いが、結界まで行って貰えないか?」

「また? だだっ子のように、捏ねるの」

「卑弥呼様の記憶と聴いたなら、訊いて措かなければけないことに気付いただけだよ」

「良いでしょう。卑弥呼さんにしても、首尾の確認は必要なはずでしょうから、こうさんもご一緒にどう? ですか」

「私? 別に予定がある訳ではないから別に構わないけれども」

「よし。では行ってくれ」

 うさぎは心持ち微笑み、量子に思念を送り、行き先を変更した。

 日課の晩酌をお預けに去れた? こうはため息にも似た嗚咽を吐き出した。

「ご免? 気になると、後に廻せない性分なんでな」

「気にしないで? 私も、安心感に包まれたあの場所は秘密基地のようで、居心地が良いからね」

 こうは応え、消してしまったやる気スイッチを入れ直していた。


 装置が結界に到着して、扉が開かれた。拓けた視界の先に待ち構えて居たのは、卑弥呼だけでなく、偉人たちも揃っていた。

「ご苦労様」

「珍しいですね?」

 うさぎが応えるのに対し、こうは

「神の眼って、スクリーンに写し出すことができるの?」と、マイに訪ねた。

「結界の住人たちは、心と脳を連結させ、空想を想い視ることができるわ」

「そこに思念というものを重ねて、活動写真のような働きをさせる? というのかな」

「観たいと想わないあたしにさえ魅せるから、彼は、量子が反射鏡の役割だと云うわよ」

 人間ふたりの疑問が蟠りにならないように待った、卑弥呼は

「骨が折れることは無いと想いますが、初体験の感想を聴かせて欲しいわね?」

「私は初体験ではなかったけれども、雷の威力にたまげたわ」

「稲妻と雷は同じものだか、非実体が放つものは、効果音に際限が無いことを知らんからな」

「恐怖心を体験した、ガリレオさんが云うと、信憑性が生まれますね」

「赤瞳にとって怖いものが死だから、発想が違いすぎる」

「そんなことよりも、福山氏が訊きたいことがあるはずですから、痴話噺は後程にしましょう」

「貴方の訊きたいことは、悪意に靡いた人間の宿命が、変更なのか? ですよね」

「だとすると、当時と未来の繋がりを知りたいと云うことだな?」

「どうしますか? 赤瞳さん」

「中華の皇帝が、卑弥呼さんに贈ったを知っているはずですから、それを想い出して下さい」

「金の印のことかな?」

「王の証を授けた? 理由ってことね」

「うさぎ氏は、贈ったと云ったから、違うのか?」

「ヤヌスの鏡もそうですが、神々の念が籠ったものが鏡であるから、中華の皇帝が欲したものが鏡ということです。そして、甦りを果たした? 義経さんも、性転換去れて終った事実を詫びるために贈られています」

「その鏡を掠め取りたい悪魔を探す方法がなかったから、僕らを使わした? ということだったのか? なるほど、実に面白い世界観だ」

「それを教えるための変更だったのね」

「ならば、この胸に翳す勾玉に細工を加え、こちらが必要な時を知らせられないか?」

「どういうことよ?」

「そちらの都合で使わされるのは、府に堕ちん? ということだよ」

 卑弥呼は、偉人たちに見向き

「できますか?」と、訊いた。

「理論上は、できます。しかし、直ぐにという訳には、行きません」

「ということなので、時間を下さいな」

「良かろう。楽しみとするために、予習をしたいのだが、次は、どんな冒険を用意してくれるのか、教えて貰えないかな」

「確定するだけの情報がない今は、決まっていないのだ」

「研修としたのは、今回のように、確定できない状態に向かうためです。予習して見えないものを造り出すことは、想いの元を歪めますので、決められないんですよ」

 うさぎに云われ、福山氏は納得していた。装置の変更に取り掛かるために、来た道に帰すことになり、ふたりはそれぞれに帰宅したのであった。

 

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