第三話

     六


 こうは、念に変化へんげされると直ぐに、異空間に放り出されて終った。心清らかなことで刹那に水蒸気へ取り込まれると上空に流され、雲の群れに合流していた。

 マイに「あたしの姿を確認できたら直ぐに、装置に戻るのよ」と、云われたことだけが疑念となり刻まれていて、考えれば考えるほど、意味不明に陥るしかなかった。

 雲に取り込まれて気付いたことは『雲の上にも空間がある』ということで、層を確認することはできなかったが、更に上は宇宙空間が広がっていた。

『この風は、層の下であることを証明しているのかしら?』

 そんな気になるような、心地好い風に流されて、前方の黒ずんだ塊に取り込まれるのかな? と悟ったのは、流される先に見える雨雲の集合を確認したからである。その黒ずみが炭素ということは、彼の物語を読んで知っていたが、突然明かされた娘の存在が気になっていて、うぶな乙女心を取り戻していた。噺を聴いた瞬間は、正直 驚いたが、彼を箱入り息子と感じたことはなく、ある意味? 年相応だと割り切ることができた。

 彼曰く、変わり者と自嘲することに怪しさは抱いたものの、対応に誠意を感じたことで、絆されたのは事実であったが、踏み込むまでの決心には至らなかった。その事で、罰が悪い想いをしたから、ツイッターを封印するまでに至っていた。

 メリハリの利いた芸能界に身を措いていることは、夢を叶えたことに変わりなく、浮き沈みの激しい業界に居ることは、口で云うほど簡単ではなかった。顔と声を曝す業務は、プライベートにさえ制限が掛かり、息苦しいのは確かであった。だからこそ、踏み出すことを躊躇したのであった。

 彼にしても、あわよくば、ヒット作になる可能性という希望を重ねている節は見受けられた。そのために、善人を装ったと誤解されて終い、距離は保たれて要るように感じたに違いないだろう? ストーカー紛いをする時間もないはずの執筆に勤しみ、作品を子と云う始末であった。

 そんな妄想にまみれていると、ビリビリと肌を刺す感覚が神経を研ぎ澄ましていた。雲内を循環する光の反復に、電磁波が絡み付く瞬間、ゴロゴロと序章が吐き出され、ついにはドカッという音を伴うイカヅチを発生させた。その発生源に後熱を残すから、雲より上空の気温は暖められ、水滴を発生させていた。だが、1億ボルトの発光に伴う熱量で気化されてゆくのだから、その水量は半端のないことが視てとれた。その循環に平行して、水蒸気となるのだから、遠方まで繋がる空である限り、果てしなく想えて仕方なかった。人間の眼に映らない雨の元が集まり、雲は質量を減らすこともなく、線状降水帯は形成されるのである。

 こうは見届けた刹那に、雷門カミナリに打たれて終った。変化した念は煙を雲の糸に変え、蠢く暗闇は消沈し、雷に押されるようにして、地面に叩き付けられたのだった。雷は衝撃波のように質量を散らし、焦げた雑草が炭を形成して終わりを告げていた。その燻りを確認したマイは、叩き付けられた念を即座に飲み込み、ダッシュを決めて、時間移動の装置に帰還していた。装置は直ぐ様、量子を高速回転させ、結界に移動した。

 待ち受けて居たのは、ニュートンを始めとする科学者たちに、楓花と環奈であった。古代樹の蓄えている地下用水が用意されていて、楓花と環奈は、その用水をかぶり

「結界内に漂う電磁波を集め、私たちに浴びせて下さい」

「遠慮なんかしないでよ。人間AEDで刺激を送るんだからね」と、ほざく始末であった。緊急なのは解るが、冷静さを失うと、思いの外遠回りを必要とするからだった。

 マイの実体から出たうさぎは、こうに掛けられた念を解き

「無謀な方法を試すよりも、量子を高速回転させることで生み出す重力子に、瞳の発光で、千ボルトくらいは造り出せます。楓花と環奈さんが電極になれば、AEDよりも人体に馴染みやすくなり、効率良く流れますよ」云うと、直ぐにマイに憑依帰りしていた。

「それでは、いきますよ」

「何時でも良いわよ、マルちゃん」

 マイは呪文を唱え、帰還時のように量子を高速回転させ、重力子を発生させた。

 楓花と環奈は、肌が焦げることを危惧し、心臓に近い処に片手を措き、反対の手を地面に沿えた。偉人である科学者たちは、ときを測るために手を叩いた。間もなく、こうは息を吹き返し、身体の中に鋭気が重鎮されてゆく。

 こうはすこしだけ朦朧もうろうとしていたが、次第に状況が認識できるようになり、瞳だけをキョロキョロさせていた。

「お帰りなさい? こうさん」

「初めましてでしょう、楓花。此処が、世界で一番安全な場所? ですからね」

 こうは、返事をしようとしたが

「直ぐに喋らない方が良い。私たちの無謀な計画が、貴女様を危険に曝して終ったのですからね」

 ニュートンは、詫びるように志雄しおらしく語り掛けた。

 こうは、呂律が廻っていない状況を把握していたから、かぶりを大きく揺すって応えていた。

「通過点を無事に越えたのですから、貴女にも理を授けます」

 影から突如?顕れた女神は云うと、思念を投じ、こうの胸元に、勾玉が届けられた。

「おめでとうございます。勾玉を証とする、結界の住人になりましたよ」

「自己紹介をしている暇はありません。雷神を語る悪霊を退治するチャンスは、二度とないかも知れませんからね」

「遣られたらやり返すのが、神々の理だからね」

「それを視真似たのがモーゼであり、ユダヤ民族ですからね」

 マイの口を借りた、うさぎは云いそのまま呪文を唱え、装置を起動させた。

「こうさんをお頼みします、卑弥呼様」

「遠慮は要りませんから、想う存分回帰してきなさいな」

 卑弥呼に云われ、一同は勇んで過去に飛び込んで行った。



    七


 役目を終えた結界の住人たちに別れを告げ、こうはマイルームに戻るため、装置の中に入った。

 見送りに来ていた楓花と環奈は寂しげな笑顔を見せ

「勾玉は、取り外さないで下さいね」

「結界を出れば、体内に隠されるから心配は要らないよ」

「ヒーローの証みたいなんですね?」

「死は誰にでも訪れるんだけど、無駄な詮議を避けるためでもあるらしいからね」

 環奈は訊いた噺を、自己経験の如く云った。

「詮議?」

 こうは都市伝説にしたくなく、おさらいした。

「地獄の大王は、情を省くために、浄化を図るのよ。一昔前は、経に導かれて回避できたようだけど、本性を隠す者たちにわずらわされるようになったからね」

 うさぎは、マイの口を借りて、真実を語っていた。経験者の科学者たちも頷いている。神語に近い日本語で話されれば、勾玉の力で着いてゆくのが精一杯だからである。

「浄化の目的は、実体から切り離された魂に刻まれた記憶を消すためなの。今生の徳を持ち込まれたところで、役に立たない仕組みに移行されたからね」

 うさぎは、科学者たちの反応に応えるために、支配神が定めた理を教えたのであった。

「どうして変わったのかしら?」

「人それぞれの感性に悪意を隠す者が増えたんでしょうね? 人の疑問が解決されない現在は、百鬼夜行すら見慣れた節が否めない、ってことなんじゃないかな」

 楓花は名残から応えていた。

「多様化の落とし穴? ってことなのね」

 環奈も参加したのは、名残を持っていた? ということだった。

「だろうね。貴女の疑問は、あたしが解決してあげるから、取り敢えず帰りましょう」

 こうは、見送りに別れを告げてから、マイへ向き直った。

「ありがとう。今宵も私が寝付くまで、付き合ってくれるのね?」

 はにかみながら、マイは呪文を唱えていた。


 こうはソファーにもたれ掛かるように着席し

「息も切らさず戻ってきたけれど、悪霊退治は簡単だったのかしら?」と、卑弥呼に訊けなかった疑問を尋ねた。

「海の支配神と、宇宙の支配神がイカヅチを贈ってくれたから、造作もなく完了したわ」

「後、一神は、どうしてたの?」

「冥界の支配神は、葉緑体を防御殻に閉じ籠るやからたちを炙り出すために、宵闇とばりを張る役目だったわ。本来その役割は、卑弥呼さんの担当だけれど、神語で変換できるから、代理は誰にでもできるのよ」

「ということは、イカヅチを上下から打ち込まれた? のね」

「三点で打ち込まないと、回帰にならないから、科学者たちが造った杖で、回帰浄化したわ」

「なんで、三点限定なの?」

「偶数と奇数、その隙間から零れ堕ちる素数で打ち込むと、逃げ場が無くなるの。点が線になるのは解るわよね」

「マジックの種みたいだね?」

「線が流れに従うのは、高度に左右されるからよ。貫くために力が必要なのは、貴女の得意な物理の理が示しているから解るわよね? 力は、音楽のようにだんだん強くが求められるのよ」

「音楽までも、知識として必要なの?」

「息の根を止めるように、流れを遮るだけでは、回帰に至らないのは自然の理だからね。大元まで還元させるから、渦のように圧し殺す感覚イメージが必要になるのよ」

「圧迫ということかしら? 要するに、台風やハリケーンの感覚イメージなのね」

「台風が発達する原理にたどり着ければ、それで良いんだからね」

「その意図は、相手の意気を消沈されることが大事なんでしょうね?」

「貴女は、衝撃波で砕かれたけれども、悪霊たちは演技派だから、一気に回帰に持っていくために、渦で身動きを奪い、イカヅチを打ち込んだのよ」

「無に還さないのが、せめてもの恩情に当たるのね」

「再生に関わる時間が必要になればなるほど、備える時間が増えるのよ。そんなことよりも、卑弥呼さんとは、なにを話していたの?」

「損得勘定かな」

「前世を視てもらっていたんだね」

「私は、卑弥呼様の子孫に当たるらしいよ。それは、あなたの心の宿り虫さんが視て知っているから、解るわよね」

「神の眼を、信じる気になったのね」

「死人を甦らせることが、与太噺じゃなくなったからね」

「でもね、心を擦り斬らした現代人に、その勾玉は見えないことだけは承知して措いて」

「変人扱いされるのかな?」

「与太噺とおなじで、信憑性がないからね。でも、慣れれば気にならなくなるわよ」

 マイは云って、薄ら笑いを浮かべた。

 こうは、微笑みで見詰め返していた。



    八


「身から出た錆なんだろうけれど、おかしな経験ができたわ」

「何度も味わう必要はないけれど、他人に告げられない経験は、貴女の財産になると良いんだけれどね」

「大丈夫。絶対にしてみせるわ」

「良かった」

「どうして?」

「何時かは経験するんだけれど、まだしたくない! なんて云われることが、正直に云って怖かったからね」

「百戦練磨のあなたにも、怖いものがあったのね?」

「人間のように、泣きわめくとでも、想っていたのかしら?」

「正直に云うと、ペットたちの感情が知りたかったのよ」

「貴女の心が、野良に近づいてるのかも知れないわね」

「疑心暗鬼を生み出しやすい業界なのは知ってるよね。夢に視た業界なんだけれどもね」

「たぶんそれは、達成感が生み出した錯覚だと想うんだけど、まなこに焼き付ける記憶って、意外とまやかしなんだよ。良し悪しを必要としないことは知ってると想うけど、思い出の色合いなんてものは所詮、概念や観念に従ってまぶすものだからね」

「私の思い入れ? ってことなんだよね」

「貴女の想いは、貴女だけの宝物でしかないからね。人それぞれなんて云うけれども、想いと思いの違いは、心というフィルターを通すことで、確定するかしないか? に尽きるわ。わがままな個性にしたって、良し悪しに蹂躙されて終ったら、真偽を必要としないからね」

「そうは云っても、真偽以前に、正義と悪意の境界線を引けないのが人間でしょう?」

「テストに答えは必要だけれども、人生の答えなんてものは、納得できるかできないか? だけだからね」

「それを解るには、なにが必要なんだろうか」

「あたしは、自分が納得できる答えを導き出す心だと想うけれども、それを他人に強要するつもりはないわ。どんなことにも選択肢は生まれるし、勝ち負けに固執することもアリにすると、多少ストレスを感じながらも協調できれば、楽なことも知っているからね」

「そうだよね」

「なにかを変える必要に迫られたなら、その時に最善を模索すれば良いし、たどり着けないと知ったならば、誰かの後を追えばたどり着けるはずだもんね。それが正解でなくても、嬉しいことに変わりないでしょう」

「うん、間違ったなら、素直に詫びれば良いし、伴走してもらったならば、感謝すれば良いだけだもんね」

「そういう伴侶と繋がるものが、紅い糸であることは、誰もが知っているんだからね」

 マイの口振りに同意した? こうが、グラスのワインを一気にあおった。


「次かどうかは解らないけれども、地震を裏で操る者を厄祓いするはずだから教えて措くけど、地球ができた経緯は知ってるよね」

「ゴミから成り上がった惑星ってことだよね」

「太平洋上に、アトランティックという大陸が存在したことは?」

「謎が謎を呼ぶ大陸のことだよね」

「発見去れない海底都市の理由は、巨大隕石(星)の衝突でできたものがお月様という説があるみたいだよ」

「その根拠は?」

「月探索から持ち帰った石が、地球と同じ成分を含んでいるらしいわ」

「岩石質の惑星は、水星・金星・地球・火星で、氷岩石質の周囲に分厚いガス層があるのが、木星・土星、氷岩石質で薄いガス層に包まれているのが、天王星・海王星だよね」

「公転周期上に存在していた可能性も拭えないけれど、無重力とはいえ、質量によって括ることができるから、隕石よりも可能性が高いみたい」

「だとしたら、地球の衛星に治まっている理由はなんなのよ?」

「管理するブラックホールが出す電磁波なら、同調する周波は当たり前だよね」

「私は、彼の物語で知ったから、科学的に云われても、答えは見付けられないわよ」

「そもそもの始まりは、ビッグバンで造られたブラックホールが管理するという発想なのよ。で、米国が最近、宇宙探索を復活させた背景を考えてみたんだけど、太陽系を管理するブラックホールが、強大な乙女座銀河団に吸収されたとしたなら、異常気象にも納得できる? らしいのよ」

「マイちゃんの口を借りているだけなのは、さっきの経験で解っているから、彼の意思として聴くから想いのままに語って良いよ」

「ありがとう。けれど、最近徘徊していないから、正直なところは、解らないわ。だけれども、大が小を吸収することは、物語に綴って要るから解るとして、乙女座銀河団の公転周期に組み込まれたなら、地球上の生命体の運命が大きく変わることだけは確かなのよ」

「どういうことなの?」

「太陽の寿命は推定されているけれど、流れが変われば、層の耐久性も変わるよね。それが原因で穴が空いたとしたら、宇宙の理に対応できないものが出ても当たり前になるよね」

「よく解らないけれども、絶滅する生命体が出る? ってことだよね」

「人間も、そのひとつであることだけは確かよね」

「問題なのは、夏が何年続くのか? という基準が解らなくなることよ」

「だとしても、太陽に対する四季が変わるわけでもないし、危険な暑さの対処法で凌ぐしかないよね」

「だと良いけれど、密集状態が解らないだけで、異常気象になるくらいだから、層を形成する量子が無くなれば、完熟した実のように、人間が死ぬんだよ」

「例えそうなったとしても、私たちがそこまで生きることはないはずだから、慌てなくても良いんじゃないかな」

 こうの発言で詞を失くしたマイは、瞑想に堕ちたように静かになっていた。

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