第21話 闇人衆《やみじんしゅう》

      ~闇人衆やみじんしゅうの場合~ 


 時はさかのぼって7の月13日の朝方のこと、表向きは執事として伯爵につかえるハイノレは部下を連れて城の書庫まで来ていた。今朝に城をらした原因がここにありそうだ、という報告を部下から受けた為である。


「確かに、このような入り口は今まで無かったな。中は……螺旋階段か。すぐにもぐることにする」


 彼の部下の報告通り、城の1階にある書庫には、今までに見たこともない入り口らしきものが奥の壁に開いていた。

 内部には螺旋階段が伸びており、もしもこの設備全部が下へと伸長したのであれば、あの振動が起きることもあるだろうと思われたのだ。


 彼らは、城の雑用をやりながら、情報収集から侵入者の排除までをこなす、闇人衆やみじんしゅうと呼ばれる集団だった。伯爵の専属ボディガードのようなものである。

 そして50人の部下を連れたハイノレは、今回は彼自身もここへ入り調査を行うことを決めた。


「誰か伯爵に報告を。それが終わったら、3人でここを見張れ。他の者は私と中へ入ってもらう。このままの装備で良い」


 ハイノレが指示を出す前から、そこに居る全員が仕度したくを終えていた。軽量ながら強靭きょうじんな鎧を身にまとっていたのである。

 革で補強された全身を包む服にしか見えないソレは、内側に蛇腹じゃばら状の鉄片てっぺんが重なり、動きをあまり妨げないようになっていた。頭部も顔まで覆うかぶとで護られ、両腕には鉤爪と仕掛けの内蔵された籠手こてもつくという、物々ものものしいながら不気味なものだった。


 実のところ、伯爵から指示を受けている最中にここは彼らに発見されていた。ハイノレは伯爵の寝室から退出した後、準備をしてここに直行したのである。

 この世界はまだ時間に対しておおらかではあるが、命令を受けてからこの段階にいたるまで10分以内で済ませたのは、彼らの優秀さを表してはいた。謎の振動は、それだけの異常事態として認識されていたのだ。


「急ぐぞ。何が起きるか分からん。油断するな」


 ハイノレは背後の部下達に短く告げると、真っ先に入り口から内部へと入っていった。

急いだ方が良いと感じたのは彼の勘だ。ハイノレが部下達を促す前に、2度目の異変が起きたからである。

 2度目の異変は、1回目よりも小さな振動となって彼らのところへ届いた。


 2度目の振動が起きる何分か前、とある魔銀級探索者と相方あいかたの異界生命体が、城の空堀の底に開いた石の扉を閉めたのであるが、神ならぬ身の上でそれに気がつけというのはこくな話であるだろう。

 そして城側の自動扉の閉まる動きは遅く、さらに何分かの時間がその為に費やされたのは、ハイノレ達にとって不運としか言い様のない結果をもたらした。


 全員が、頭に装着した光源を頼りに螺旋階段を素早く降りる中、今度は螺旋階段が上方へ引き込まれ始めたのだ。


「下へ跳べぇぇぇい!」


 螺旋階段中心は太い柱になっている。したがって、降りている最中の者達は外側の空間へと跳んだ。着地点の見極めが出来たのは空中でのことだった。


「待ってぇぇぇ! ゲベェェェ!」


 先頭に居たハイノレは、上の方であがる部下の悲鳴に眉をひそめた。ついでに硬い物がひしゃげる小さな音にもだ。


「後ろにおりました10人ほどが巻き込まれました。おそらくは潰されたものかと……」


 螺旋階段が占めていた空間から離れた後、部下から聞かされたのは、貴重な人員と装備が10人分も失われたことだった。


「上へは戻れん。このまま進む」


 47名で降りてきたハイノレ達だが、螺旋階段の収納に10名が巻き込まれて、37名になってしまっていた。しかもそのお陰で退路が無い。進むしかないのだ。

 彼らは、領主の非道に付き合っているが故に能力スキルを失ってはいた。

 だが、その装備に込められた力によって、気配を隠蔽いんぺいし運動能力を強化し、さらには通常と異なる飛び道具まで使用することが出来るのだ。

 失われた技術を取り戻し、これらの武具を新たに製造することが出来れば、国や教会とも戦うことは可能だというのが彼らと伯爵の考えだった。

 政治的な状況としても、今の彼らには退路が無いのである。


 彼らは、おそらく城壁のすぐ内側の真下を回るであろう回廊を進み出した。

 全くの偶然であるが、この時の闇人衆やみじんしゅうの位置は、城の中心を挟んでケンチのいる場所の反対側だった。そして、通路の形状と機能も同じ様なものだったのである。


「ん? ファガダァ!」


 城の基礎に刻まれた回廊を進むのは、現在の伯爵に従う者の中でも精兵と言って良い集団であろう。他は失格騎士しかいない為だ。それでも古代帝国期の罠は、区別も容赦ようしゃもしてくれなかった。

 見えない衝撃波を投射してくる装置は、回避に失敗した8人ほどの内臓を包みパンの具にしてしまった。衝撃波は、硬化の術が働く鎧を通り抜けてしまうのだ。


「罠があるとはな……。なんとも用心深いご先祖であることよ。足元や壁にも注意せよ。速さを落として進む」


 ハイノレとしては、部下にそう指示を出す以外にない。罠が何に反応したのか、彼にも定かでなかったのだ。感圧式だけではあるまいと思われた。


 その後、空間を高温の炎で満たす『爆燃の術』の罠が飛んだが、これは犠牲者を出さずにしのいだ。

 ところが、股間から頭頂部まで串刺しになる者3名、さらに端を歩いていて首を飛ばされた者が3名出てからは、一気に雲行きが怪しくなってきた。これらの古典的な罠でさえも、彼らの鎧で防げなかったのである。

 

 最後に放射状に放たれる多数の光の矢によって、これも10名が防具ごと穴だらけになり、ハイノレ達は残り13名になってしまっていた。脱出の目処めども立っていないのにだ。

 死の緊張感にまみれた探索行が終わる頃には、3ザイト(6時間)は経過していた。


「ここは回廊と違うな。通路だけ確認せよ。それ以外の物は回収している余裕もない。帰還を優先する」


 ハイノレ達は罠回廊を抜け、城の中心部の真下であろう空間までは到達していた。何かが襲って来る気配も無い。

 そこには何かの装置が鎮座していたが、学者でもない彼らにそれが何か分かるはずもなかった。


「ハイノレ様、入って来た通路の反対側にだけ道があります。それと奥に光が見えます。音は聞こえませんが何者かはいるかもしれません」


 ハイノレ達は休憩もした後に、通路を見つけることはすぐに出来た。そして何者かが、反対側からここに侵入して来ているであろうことにも気がついた。


「気配隠蔽いんぺいを作動させて接近する。抜かるなよ。何者か知らんが、ただ者ではあるまい」


 ハイノレとしては、城の正面にあたる向こう側の通路に罠が無い、という可能性は有り得ないように思えた。相手はここの遺跡に関して、こちらの知らない情報を持っていると考えたのだ。

 これはもう仕方がないのであるが、全部の罠を壁から掘り出しながら来ているような相手だとは、さすがのハイノレも欠片も思わなかったのであった。



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