第20話 落とし穴

    ~伯爵家の兄弟の場合~


「ダーレムよぅ、こんぐれえ伯爵様が怒ることじゃねえだろぃ。とにかく話を聞いてくれねえか? お前さんだって、色々とあったんだろう?」


 オシタラカンとしてはそういう他は無い。生きていれば色々あるのだ、というのが彼の考え方だった。それは、何があったから悪いというようなものではなかったのだ。


「そうですな、兄上。ところで、後ろの者達は? 随分ずいぶんと変わったおともをおれのようですな。そんな少年までおそばに置いておられるのか」


 今日のオシタラカンには、メガシンデルやソコルディだけではなく、少年のデコまでが付いてきていた。美少年は、ちょっとどころではなく目を引くだろう。


「こいつらぁ、組合の人間でな。探索者と俺の弟子をやってる奴だ。一応、旅の間に護衛をしてくれてな。武器は棒ぐれえしか持ってねえよ」


 面会に際しては、全員がたいした武器は携帯していない様に見せていた。

 オシタラカンは素手だったが、とっつぁんは素手が凶器と普段から言われているような人物である。

 メガシンデルは、ひのきの棒ガードマスターを携帯していたが、これの怖さを判断出来るような衛兵は居なかった。

 ソコルディは、珍しく頭を使った。ひのきの棒サンダークラウドの先端に、布をグルグル巻いて松明たいまつですと言い張ったのだ。

 デコは背囊はいのうを背負っているのだが、弩弓どきゅうは分解して中に入れていた。太矢は二重底に隠し、いかにも頼りない風の男の子を演じることで、これも見逃してもらったのである。

 ちなみに、オシタラカン以外は荷物も携帯している。着替えと食料しか入れていないので、これも特に怪しまれなかった。


「そうでしたか。それで、ドナに何か起きたのではないでしょうな? 私もそれが心配なのですよ」


 一同を見回した伯爵の方は、事情を知る者からすると矛盾のある質問から入った。


「お前さんのところの失格騎士に襲われたそうだ。それで、何か知らねえかと思ってよ。そいつらは、逆にぶん殴られてどっかに消えたそうだ」


 とっつぁんの方は、訪問の目的を正直に告げた。妹のドツィタラーナに関しても、いつもの事だみたいな言い方だったが、これについては伯爵もよく分かっていた。


「兄上、誤解が無いように申し上げたいのですが……私は領の為に、遺跡の封印を解くべきだと思うのです。もう1つの印章が必要なのですよ」


 コレオシタロ伯爵も正直とは言い難いものの、目的について話すことに決めたらしい。


「出来れば勧めたくねえな。アレぁ、あの赤いボッチは、押したらいけねえ物だ。俺の予想じゃ渓谷の方はひでえことになるぜ」


 昔からこの辺をうろつき回っていたオシタラカンは、仕掛けを作動させることで湖に変化が起きた場合、すぐ東にある渓谷側に水が排出される可能性に気がついていた。そこには酪農家や畑作をやる者が住んでいる。


「もちろん、出来るだけ早く避難させるようにはいたします。収穫が終われば、彼らだってきっと素直に従ってくれましょう」


「家や畑のこたぁどおするんでぃ!? もし流されちまったら誰が面倒をみんだよ!?」


 オシタラカンからすれば、弟であるダーレムの言い分は身勝手すぎる様に聞こえた。後の事を考えてやるのも領主のつとめだったはずなのだ。かつての彼の弟は、こんなことを言うような人間ではなかった。


「兄上、愚図愚図ぐずぐずしていては、いつまで経っても何も変わらぬのです。変化が起きれば誰かが犠牲になるのだ。我々だってそうなのですよ! もう神の恩恵にすがってばかりではいかんのです! 話はここまでだぁ!」


 伯爵はかなり興奮していた。彼の後ろめたさがそうさせるのだとしても、それは後戻りをするわけにもいかない理由であり、伯爵は早くも最終的な手段に出てしまった。彼は激しく自分の思うところを訴えながら、手元の出っ張りを叩いたのである。


 オシタラカン達の足元の床が開いたのは、その次の瞬間だった。


「兄上、ワニどもにでも食われるがいい!」






     ~とっつぁんの場合~


 オシタラカン達はそのまま落下したが、すぐに空中で停止した。

 頭上の床の穴もすぐに閉じた様だ。


「あいつ何を考えてやがるんだ? 能力スキルがされた所為せいで忘れてんのかもしれねえな」


 実のところ、とっつぁんは浮遊の術が使える。これは自分だけではなく、対象も空中に浮かべることが出来る能力だ。これはデコも使えた。

 そして探索者組の2人については、空中を歩ける空歩の術が使えたのである。高所からの落下で死ぬような連中ではないのだ。


「使える事を知らなければ、案外そんなものかもしれませんよ。おそらく罪人を裁いてから、落とすような穴なのでしょう。でも下には何の気配もしません」


 メガシンデルの発言を聞いて、そういえばあんな穴があったなとオシタラカンは思い出していた。だが、ワニというのは彼も聞いたことがない。


「取りあえず何も見えねえな。とっつぁん、光を出すぜ。本当に何か居るように見えねえな……」


 ソコルディが光源の術で灯りを出し、一同はゆっくりと底まで降り始めた。

 底は岩場の様な床と、3分の1ほどを占める池のような水溜まりがあるだけだ。天井の別の場所かられる弱々しい光が、その場所を照らしていた。


「うわぁ、何かいそうだけど、本当に何もいませんね……どっかが開いて、ワニが出てくるのかなぁ」


 デコは怖がってはいなかった。割と根性のある美少年なのだ。


「何も起きねえな。水の中に何かいるような様子もねえ。意外と気ぃ使って掃除されてやがるぜ。水の底まで見えるじゃねえか」


 最初のうちは緊張に包まれていたが、結局何も起こらないので一同はそれをゆるめた。

 ガーンモーと呼ばれるワニについては、実は侵入したマーちゃんが捕獲してしまったのであるが、今の彼らにそれを知ることは無理であろう。


 彼らは水を飲み、食べ物を腹に入れて休憩することにした。


「ところでよ、ここからどうやって出るつもりだよ? 壁でもぶち破るか?」


 ソコルディは早くもぶっぱなす構えだ。この空間には、目立つ扉や入り口が天井以外に無いのである。


「それもありかもしれん。だが誰か来るかもしれん。そいつに聞くのもありだ」


 メガシンデルは意外に慎重派だった。彼の提案は採用されたが、それからかなりの時間が過ぎた。

 余談ではあるが、この空間にはゴミが落ちていなかった。ガーンモーのフンさえも無かったのだ。隅の方には穴が開いており、全員がそこでそこで用を足した。


「変だぜ。遺体の確認にも来やがらねえ。とっつぁん、穴の開きそうな場所を探そう。デコも起きろ。移動すんぞ」


 彼らは、体力の無駄な消耗を避ける為に待つことにしたのだが、結局は誰も来ないという結果に終わった。

 3ザイト(6時間)もの間ここにいたのだ。交代で寝る時間まであったし、デコについてはずっと寝ていた。大物おおものの風格がある少年である。


「この壁の向こう側に空間がありそうだ。一度切ってからふさいだ後がある」


 しばらくかかったが、メガシンデルが穴の開きそうな場所を発見した。彼は他の者達に伝えなかったのであるが、その壁はつい最近になって切られた様な感じがあった。



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