第10話 領都コレオシタロ

 時速120キロメートルというのは本当に速かった。信じられないが、昔は俺もこれ以上で移動していたのだ。

 今ではあり得ない作用の力を振るえるが、速度に関しては地球の文明に及ばないのがよく分かる。


「うわぁー! これ凄い速いですよ! やっぱり来て良かったぁ」


 デコは馭者ぎょしゃ台で大はしゃぎしていた。


 コレオシタロまで、残り80キロメートルというところからのスタートだった。半ザイト(1時間)かからないのもうなずける。


 ここには信号も無く、通行するのは本当に少人数の行商人しかいない。

 黒クモベイブレーダ号は、姿を隠し、地面から浮いて移動している為に、まれにすれ違う者達も強い風が吹いたようにしか感じないらしい。


「ケンチ、これで今度は大森林に連れてってくれよ。あっという間だろう? どっさり獲物を持って帰ってくりゃあ、しばらく遊んで暮らせるぞ」


 ソコルディは脳天気にそんなことを言っている。

 そういえばマーちゃんに、クリシカネイヨン大森林の深層へ連れていけと言われていたのを忘れていた。これが片付いたら次はあの辺りだろう。


「こんな物に乗せてもらったと言ったら、モロキャッチに怒られそうだな。ハハハハハッこれならグラツィアーナ助祭様から逃げるのも楽だ」


 メガシンデルもこういうのは好きらしい。


「夕方前に到着出来そうなのは分かった。こりゃすげえな……ケンチ、着いたらどうやって中に入るつもりだ?」


 オシタラカンのとっつぁんが、箱車内からそう聞いてきた。


「とっつぁんは旅行者でも装うつもりだっただろう? 俺には今回こいつがあんだよ。教会の正式な身分証と、通行許可願いも書いてもらったんだぜ」


 俺がとっつぁんに渡して見せたのは、特任司祭の身分証である八端はったん十字架と、ズットニテル教会発行の通行許可願いだ。

 ターケシ・ゴーリは別に磔刑たっけいになったわけではないので、八端はったん十字架と言うよりは八端はったん印と言った方が良いだろう。1本の縦棒に3本の横棒が平行に並んだものである。

 銀で出来たこれは、司祭位のシンボルになるものだ。


「これなら組合の人間と行動してもおかしくねえ。2人が護衛で、とっつぁんとデコは出張ってことにしときゃ良いじゃねえか」


 プランとしては完璧だろう。ついでに向こうの教会と組合に金をどっさり出して、顔を売ってこれれば言うこと無しというところではないだろうか。


「皆んなにコレも渡しとくぜ。あれば役に立つだろうよ」


 マーちゃんからの気づかいで、先行組にも金貨1枚と銀貨20枚が配られた。

 こういう時に使っておかないと、ラストエリクサーよりも酷いことになる。

 

 こうして快速の旅は、速いだけにあっという間に終わってしまった。景色を楽しむ余裕もない旅行だ。街道から少しれれば、街や村もあるのだから勿体もったい無い気もする。

 コレオシタロの、壁に囲まれた中心市街までは、ズットニテルの街からだと140キロメートルはあった。

 つまり先生達が到着するまで、1日に35キロ進んでも、あと2日半はかかる計算になる。途中でどこかの街にれることもあるだろう。


 俺たちは、2キロメートル離れた場所にある林の陰に停車して、そこからは外壁の門まで歩いて行くことにした。






「それにしてもよ、本当におめえは神官の格好が似合わねえな。初っぱなから賄賂わいろで行け。そっちの方がかてえ」


 林の陰から道に出る前に、俺の方は司祭の神官服に着替えたのだが、とっつぁんからはすこぶる不評だった。

 デコの奴は顔が真っ赤だ。目に涙がにじみ始めている。笑いたい時は、声を出して笑うがいいだろうよ。


 俺は顔に「私は破落戸です」と書いてある男で、教会で結婚式の手伝いの時に、犯罪者に間違われて叩き出されたことがある。

 業界に長くいると、いつの間にかそういう風になってしまうのだ。イケメンは例外とか希少種に分類される。


「とっつぁん、もちろん最初からそのつもりでしたぜ。賄賂わいろを出す速さなら、世界でも上位にいる自信がありゃすぁからね!」


 弾数ならたくさんあるのだ。街壁の上にいる、見張りの皆さんを掃射そうしゃすることだって可能だろう。たまには皆んなで、仕事をサボって仲良く飲みに行ったら良いのだ。

 こんな感じで、2キロの徒歩の旅も少しの時間で終わった。






「お疲れ様でございます。ワタクシはケンチと申します。教会の者です。こちら通行許可願いと身分証です」


 マレニバズル司教猊下げいかからは以前、言葉づかいの方も出来れば何とかしてね、と言われたことがある。

 そういうわけで俺は、使い慣れない都会的なで丁寧な現地語、というものを使用しているわけだ。

 青い神官帽子の下はもちろんマスク無し。出来る限りの穏やかな笑顔にして、手には書類と八端はったん印と金貨4枚が乗っている。

 ちなみにマーちゃんは、姿を消して俺の肩の上から周囲を観察中だ。


「こ、これは遠い街にようこそお出で下さいました、司祭様? これはまた……まことにありがたい物を頂戴しまして」


 ここは領都の名前もコレオシタロという。古い歴史のあるところなのだ。

 とはいえ、外壁西門の衛兵達については、文化的に地続きな地域の人達であるらしい。通行許可願いは受理され、金貨の方は2枚ずつが2人の衛兵のポケットに消えた。

 当初の予定通り、一緒にいるのは仕事で来た組合の人間と、護衛の探索者である旨を説明して、ここはあっさりと通過である。

 

「魔銀級の身分証に頼らなくて正解だぜ。これからここの教会に挨拶にいきゃしょう。力になってくれるかもしれませんぜ」


 オシタラカンのとっつぁん他には、俺からそう提案してみた。


「それにしてもおめえが魔銀級になっちまうたぁなぁ……マーちゃんのことがあったって信じられねえ。しかも司祭かよ。トマンネーノが黙っとくように言うはずだぜ。暴動が起きちまう」


 とっつぁんはブチブチと言っているし、ソコルディの奴は実につまらなそうな顔をしていた。

 メガシンデルだけは、何故か珍しく期待のこもった目で俺を見ている。新しい言いわけ結界の構成をひらめいたらしい。


「とっつぁん、そう言ったってよ、決めたのぁ俺じゃねえ。司教様たちだ。それに俺だってそう思ったから、その件であせって話に行ったんだぜ」


 俺としては、色々と隠していた手前そう言うしかない。特にソコルディなどにはだ。


「まぁな。なっちまったもんは仕方がねえ。ここの司祭とは若い頃の知り合いでな。当時の俺ぁ、伯爵家の跡取りだったからよ」


 同行する全員がオシタラカンのとっつぁんの言葉に、ちょっと待って下さい、という顔になってしまった。

 とっつぁんは、本家の一族だとは思っていたがまさかのど真ん中の人で、今の話は御家騒動級の何かが過去にあったということではないだろうか。



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