第9話 先行するぜ

「とっつぁん、僕がケンチさんに頼んだんです。戻ってきてくれないと、皆んなが困るから……」


 どうしてこういう少年が、うちみたいな業界にいるのだろうか。

 デコの顔つきは、見た人間の罪悪感をき立てるには充分な威力いりょくを持っていた。


「とっつぁん、もう諦めなよ。こいつだって業界の男で、厳しいところも知ってる。襲撃してきた奴らに、弩弓どきゅうの矢もブチこんじまったしよ。覚悟はあると思うぜ」


 俺としてはこの話はここで切り上げたい。だがデコの気持ちも分かるので、とっつぁんのハゲ上がった頭を見上げながら、それだけは伝えておいた。


「仕方がねえな……あんまり巻き込みたくねえんだ。危険で、面倒で、本当ならおめえらにゃ関係え話だ」


 オシタラカンのとっつぁん的には、そういうつもりだったようだ。確かにそれも正論だろう。

 とっつぁんは身長2メートルの筋肉ダルマだし、ツルツルのハゲだし銀色のヒゲで覆われた青い目の御人だ。

 ところが、茶色い旅装に身を包まれたとっつぁんは、どことなく聡明さをただよわせる雰囲気で、不思議と貴族的な威厳いげんのようなものがあった。


「ところでマーちゃん。話が進まねえから移動してえが、今回はもうちっとはええ移動手段はねえかな? 誤魔化ごまかせりゃ見えちまっても良いぜ」


 ここは強引に進める手だ。

 出来れば先行して、マーちゃんと相手の城にでももぐってこようかと思っている。

 相手も形振なりふりかまわずに見えて仕方がないので、こちらも使える手は積極的に使おうと思うのだ。


「ベイブレーダに黒クモさんを繋げる。それで浮遊走行が出来るし、時速120キロの安全運転でも間に合うだろう? 今日中には現地に着いてしまうのだ」


 うちのトランスポーター姉さんからは、相も変わらぬ嬉しい提案が出てきた。

 時速120キロは久しぶりだ。高速道路も自動車も見なくなって、もう25年にもなるのだから。

 マーちゃんは、何も繋がれていない箱車の方へと空中をただよっていった。






「何でこういう分け方になるんだよ? ケンチ、そっちの方が面白そうだから、俺もそっちに乗りたい!」


 急いでコレオシタロに行こうか、という段になってオトクカンの奴がごね始めた。


「おめえは元々、フェイタールに付いてくって話だったろぃ。商店街と探索者組合で分けてんだ。文句言うな」


 極めて素っ気なくとも、ここはこう言うしかない。


 先行組は、俺とマーちゃん、とっつぁんとデコ、メガシンデルとソコルディということになった。これは、衝撃の告白があったことが一番の理由だ。


「実ぁな、俺ぁ昔は貴族だったんだ。オシタラカン・ソンダル・コレオシタロってえのが昔の俺だ……。ドナは俺の妹だ」


 とっつぁんの台詞は中々に信じられない内容だったが、それだと色々とに落ちてしまう部分もある。


 ザンダトツ先生とドナ奥様だけで、ズットニテルで暮らす手続きや準備をするのは難しいだろう。

 元騎士のジットナーさんや、実の兄であるとっつぁんが根回しまで全部をやったに違いない。

 そして兄妹なのに全然似てないですね、というのは今回は禁句だ。ソコルディだけは、何を言い聞かせても爆死しそうなので放っておくしかない。


「貴族ってすげえんだな。男と女でここまで違うとか、庶民しょみんじゃそんなこと無いぜファガァッ!」


 俺が何か言う前に、ソコルディの奴はそういう台詞を吐いて、早々にとっつぁんに殴り倒されていた。

 余計なことを言うたびに、生存確率が上昇する呪術か何かだと信じたいところだ。


 とにかくそういうわけで、先生と奥様、フェイタールとオトクカン、ジットナーさんには後からゆっくりと来てもらうことにした。

猪車も2頭引きが2台あるし大丈夫だろうと思う。


「ケンチ、こんな旅費まで貸してもらってすまないな」


 ついでだから、先生達には1人あたり金貨1枚と銀貨20枚を渡しておいた。


「こいつは貸しじゃねえですよ、先生。遅くなりゃしたが、引っ越しの挨拶ってヤツでさぁ。フェイタールも遠慮しねえでくれ」


 マーちゃんの金だが、積極的に配り回りたいM資金だったりする。

 それに、今のところはこういう恩返ししか出来ないのだ。


「ケンチ、この金は要らないから、俺もそっちに乗せていってくれ!」


 オトクカンはまだごねる気でいた。こういうところが、あのスハダカン親方の血というヤツなのだろう。


「オトクカン、先生達はつええが心配だ。それにおめえじゃ、そもそも向こうに伝手つてなんざ無えだろぃ」


 そこまで言って、ようやく渋々しぶしぶという感じでオトクカンは引き下がった。


 オトクカンの気持ちも分からなくはない。デコなんかも、ただでさえかがやかしい緑の瞳の瞳孔どうこうが開きっぱなしになっているのだ。


 黒クモさんを前方に繋げたベイブレーダ号は、一種異様な雰囲気を放っていたが、物珍しさも手伝ってそれなりに格好良くも見える代物になっていた。少年が気に入りそうなメカっぽいヤツだ。


 もしも、このロボットさん達が街の公衆トイレを監視していると知ったら、全員が乗車を拒否して俺たちを糾弾きゅうだんするだろう。

 実は俺たちが留守の間も、街の方ではTチームが稼働中であり、相変わらずの3シフト制で屋敷の監視まで行っているのだ。

 統合管理知性が働き者な所為せいもあって、領都コレオシタロでも彼らは情報収集活動を行う予定である。


「ケンチ、これは黒クモさんが連れていってくれるということか? そういえば、アコレッスの奴が何か習っていたな」


 メガシンデルは、乗り込みながらそう聞いてきた。普通はそう思うだろう。

 黒クモさんがデカいので、前方の視界をふさいでしまっているのだ。体高が3~4メートルぐらいあるので、しゃがんでも箱車の屋根と同じ高さになる。


「黒クモさんは1体だが、浮かんで進むから速いぞ。方向の制御もやってくれるから、全員が乗っているだけなのだ」


 うちのホバー走行姉さんは珍しく得意気とくいげな顔だった。


馭者ぎょしゃ台に風防が付くんですね! 僕はこっちが良いです」


 デコの方はそう言って馭者ぎょしゃ台にさっさと座ってしまった。

 馭者ぎょしゃ台は透明な丸みのある風防ふうぼうで囲われ、未来的な外観になっていた。これも結構なオーバーテクノロジーだ。目の前と両脇に手すりのある長椅子に座るので、日本にあったジェットコースターのような感じまであった。


「それでは発車する。走行中は昇降扉を開けないように。半ザイト(1時間)もかからないのだ」


 うちのガイドトカゲ姉さんの声に従い、ホバー箱車はゆっくりと浮き上がってから、速度を上げて進み始めた。



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