第11話 ハイこれ4億円

「とっつぁん、今の伯爵閣下は弟さんか誰かですかい? ザンダトツ先生やジットナーさんが、元騎士らしいのぁ察しましたがね。それ以外は思い付かねえことばっかりだ」


 聞きたくないようなことでも、これは聞いておかないと駄目な話だろう。


「今のコレオシタロ伯爵は弟だ。この件を知ってんのぁ、ヒルマッカランとトマンネーノと、あとはオーデン伯爵様だな。あのイーリアの嬢ちゃんだ」


 イーリア・ガレディア・ディオシュタイン様はオーデンの女伯爵様だ。この世界には女性にも正規の継承権がある。家を継げるのが男女どちらでも良いのは、家の安定につながるので良い面も多いのだと思う。


 教会の階位にも性差別が無いのは、過去の人権運動家であるターケシ・ゴーリが頑張ったからだ。人手不足が酷いレベルだったらしい。女だからどうとか言っている場合ではなかったのだろう。


「それで、どうされるのです? 伯爵に直接面会を申し込まれますか?」


 いつも寝ているような目のイケメンだが、頭の方は常に働いているであろうメガシンデルがとっつぁんに聞いた。

 とっつぁんは、血筋ちすじとしては今聞かれた事が可能だ。


「そいつもアレーヴァ司祭に相談だな。ここを出ていく時にも世話になった。勝手な話かもしれねえが、あん時はそれが一番良いと思ってな。今でもそうだ」


 オシタラカンのとっつぁんが遠い目になった。何があったかは聞くまい。ザンダトツ先生の過去と、スハダカン親方の夢が、俺にとっての2大『聞きたくない事』なのだ。

 ここの教会のアンデモ・アレーヴァ司祭様については、デチャウ司祭様からもよろしく伝えておいてくれと言われていた。


 信じられないことに、今日はまだ7の月12日なのだ。1日の間に、色んな事があった上に大移動までしてしまった。もう夕方でもあるし、さっさと教会の方に挨拶をしにいきたい。






「そんな……オシタラカン様なのですか。その頭はどうされたのです? あなたがこの地を去られてから、まだ23年しか経っていないというのに……」


 アンデモ・アレーヴァ司祭様を激しく揺さぶったのは、とっつぁんのハゲだった。本当に1本も生えて無いのだ。原因は薬品や怪我ではない。

 ちなみにアレーヴァ司祭様は、老年に差し掛かった男性で、白い髪が帽子のふちからのぞいていた。

 そしてここは、街の外区に建つゴーリ教会のコレオシタロ支部にある応接室である。


「久しぶりだ、アレーヴァ司祭。こいつは店の女の子が、こっちの方がカッコいいって言うからよ。それでっちまったんだ」


 とっつぁんの永年の秘密のうち、2個目が目の前で開示された。今日の日記は長くなるだろう。


「左様でございましたか。して、後ろの方々はどういった御用でございますかな?」


 とっつぁんの頭の状態に関しては、アレーヴァ司祭様的に今の説明で充分であるようだった。

 デチャウ司祭様とはタイプが違うが、ここでもやっていることは同じなのだ。この御人おひともコレオシタロのボスなのだろう。


 ここで全員が俺の方を見た。俺からかよ。


「アンデモ・アレーヴァ司祭様、お初にお目にかかりやす。言葉づかいが汚えのぁ勘弁しておくんなせえ。探索者をやっとりますケンチと申しゃす」


 仕方がないので俺から自己紹介だ。一応は1歩前に出た。


「あなたがそうなのか。魔銀級の特任司祭と聞いている。君は知らんかもしれんが、東部地域の教会では使徒のことは回覧かいらんが回っておるぞ。御使みつかいのこともな……」


 アレーヴァ司祭様の目は、肩の上にいる茶色いマーちゃんをじっと見ていた。


「意外と広範囲に知られているのだ。私はマンマデヒクという。マーちゃんと呼んでほしい。アンデモ・アレーヴァ殿だな。デチャウ殿からよろしく伝える様に頼まれた」


 マーちゃんはすぐに変装を解いて、殴打オーダの光を周囲に放射し始めた。自己紹介の方は相変わらずだ。


「何と! 確かに殴打力オーダちからではあるのだろう。イダェの無限力のようでもあり、イノフスキーの粒子のようでもある。不思議な御方であらせられる……」


 アレーヴァ司祭様の見解は、司教様達のそれとは少し異なるものだった。

 イダェとは魔法の神の最初の使徒で、聖人ターケシ・ゴーリに世界で最初に殴られた人でもある。その後にどうにか復活して持ち直した彼は、イダェの無限力というノーコストの魔法力を手にしたらしい。


 確かに、ノーコストの反射シールドで癒しの光でもあるのは、ちょっと盛り過ぎではないかと俺も思う。

 祭壇さいだんを思いきって増やしてから、お供え物でもして神におうかがいを立てても良いかもしれない。


 それも良いのだが、今はここに来た目的を話さないといけないのだった。


「司祭様。実ぁ今回は、事件の解決に手を貸していただきてえと思いまして、そんでこちらまでお伺いした次第です」


 ここでM資金の出番である。周囲の人間の目は「こいつは一体、どれだけ金を持っているのか」という風になった。アレーヴァ司祭様に差し出したのが、金貨200枚だったからだ。大雑把おおざっぱに日本円に換算すると約4億円になる。


「このお金は寄進きしん、ということでよろしいかな? まさかこんな金額が出てくるとは思わなかった」


 アレーヴァ司祭様も少し呆けた様な声だ。


 俺は応接室のテーブルの上にある、金貨をずずいっと押しながら、これはマーちゃんからであることを強調し、ズットニテルで起きた事件についてアレーヴァ司祭様に伝えた。


「そういう訳でして、今回は司祭様のお力をお貸し願いてえんで。オシタラカンのとっつぁんだけで、ここの伯爵閣下に会いに行くのぁ危ねえんじゃねえかと思いゃす」


 アレーヴァ司祭様の方は、額にシワを寄せて思案顔だ。こちらでも何か異変が起きているのだろうか。


「使徒ケンチよ。難しいというよりは無謀かもしれんぞ。ズットニテルの事件の背後にいるのは、コレオシタロ伯爵様だ。あの御方はもう、形振なりふりかまっておらんかもしれん」


 確かに、アレーヴァ司祭様の言う通りなのだろう。何か非道の行いでもやらかさなければ、ああも多くの失格騎士は出ないだろうからだ。

 少なくとも領内は普通に見えるし、長年の不正の結果であるとは考えにくい。今回の事件は、むごい行為を伴いながら突然に始まったのだと思う。


「それについてなんだがよ。俺の方に心当たりがある。ダーレムが馬鹿なことをやり始めたのぁ、遺跡について何か分かったからかもしれねえ」


 先程から、置き物になっているチームの中から手が上がった。オシタラカンのとっつぁんは、今回の事件の発端について心当たりがあるようなのだ。


 遺跡と聞いて少しあせった。俺とマーちゃんはどさくさにまぎれて、その遺跡から色々といただいて来る予定だったからだ。


 俺たちの予想とは異なり、伯爵家は遺跡がこの街の地下にあることを認識している。私有財産として届け出ないのは、何か込み入った裏がありそうだった。



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