第3話 連れてくぜ

「お前ら旅の支度したくはしてきたんだな。それじゃすぐに出る。うちの角猪ははええが驚かねえでくれよ。それから、箱車の中を見ても何も言うな」


 話が決まれば後は早かった。全員が旅装で荷物も持って来ていたのだ。


「ハーちゃん、皆んなで留守番を頼む。無許可の侵入者は送ってくれ。後で金を積みゃあよ、誰が行方不明でもうちがガタガタ言われる心配はえ」


「行ってらっしゃいませ」


 この屋敷は、ハーちゃん達によって守られることになる。今は街中で、人間の振りをしてもらっている最中である為、背中の円形武装フレームも外してもらっているのだ。

 それでもマーちゃんの手により、基礎能力は上昇しているから人間なら何とでもなるだろう。今回一番の安心材料だ。


 玄関から外に出ると、丁度中庭の方からベイブレーダ号が現れた。

 角猪であるシランミッチネルとマヨタディオンは、蘇生されるにあたりサイボーグ化されている。こいつらなら、時速15キロで3ザイト(6時間)走り、1日に90キロメートルを走破してしまう。

 先行したザンダトツ先生達に、今日中に追い付くことも出来るだろうと思われる。


すげえ猪どもだな。商店街が騒ぎになったって聞いたぜ。それに、デカい屋敷に美人の使用人しかいねえ。トカゲ御殿ごてんには近づくなって言われるわけだ」


 隣に来ていたおトクモテ野郎からは、聞き捨てならない台詞が出てきた。


「オトクカン、そいつは聞いたことがねえ。ここは真っ当な手続きで買った屋敷だ。お姉さんがただって働きに来てくれた人だぜ。トカゲ御殿ごてんってなぁ上手うめえ言い方しやがるがな」


 こういうのは誤解を解いておかないとならない。


「ケンチ、お前さんが昇進したらしいのは皆んな知ってる。誰も言わないのは、魔銀まぎん級と全員がめたくないからだ。街守様と仲が良いって有名だぞ……」


 派手に金貨をいて、領主館に顔を出していればそうも言われるか。オトクカンからは「当然だろう?」という顔をされた。


「僕はここで良いです! 今日は雨も振ってないし」 


 いつもと違う事を言うのはオトクカンだけではない。中に居ろと伝えたが、デコの奴は馭者ぎょしゃ台に登ってしまった。遠出とおでってヤツは心はずむものなんだろう。


「デコ、落ちねえでくれよ。他の奴は中に乗ってくれ。飲みもんと食いもんぐれえなら中でも出るぜ。かわやもある。もう出発だ」


「ケンチ、世話になる……」


 フェイタールは相変わらず簡潔だった。

 全員に弁当と水筒まで配られ、箱車に乗り込んだのを確認したら発車だ。


 今日は茶色いトカゲに化けたマーちゃんを頭上に乗せ、合成樹脂の手足の鎧に、半袖ジャケットの様な鉄胴衣ブリガンダインという久しぶりの探索装備だ。

 鉄胴衣ブリガンダインは服に見えるが、中に蛇腹じゃばらじょうに特殊合金が重ねてある軽鎧というヤツである。

 全身茶色というのは地味に見えるが、派手にして死んだら馬鹿みたいだろう。


「開門します。警告灯と鐘の音を出せ。総員整列!」


 ハーちゃん5体とティウンティウン30体による第1シフトは、門の両脇に整列して見送りの体勢だ。

 彼女達の為に、地下室の半分を占めるメンテナンス設備も設置した。


 門柱の上から警告灯が出て赤い光が走り、さらには重い鐘の音まで響いたところで、鋼鉄製の扉が右へとスライドしていく。


「ケンチさん、監獄みたいな門ですね。あんな音まで出るなんて……」


 デコは大喜びだったが、俺は今日の今、初めてこういう仕掛しかけがあることを知った。

 大通りが見えてくると、目の前に通行人はいないし、泣きながら走って逃げている奴が遠くの方に見える。


 こうして、屋敷の使用人アンドロ軍団に見送られ、うちの角猪ズは重々しい最初の足音と共に前進を開始した。






「ケンチ、後ろにフェイタールが乗ってるってこたぁ、お前さんはコレオシタロに行くんだろう? ジットナーの事を頼む」


 今日は朝からビックリすることだらけだ。外壁の東門から出ようとしたところ、金貸しをやっているリソック・ネーラーニのおっちゃんから声をかけられた。

 グルジオ・ジットナー執事は、おっちゃんのところに居ないのだろうか。


「おっちゃん、ジットナーさんが何で関係あるんだ? 今回の俺ぁ、オシタラカンのとっつぁんまで探さにゃならねえってのによ」


「込み入った事情があってな。ジットナーから直接聞いてくれ。あいつらに猪車を用意したのはわしだ」


 先生達の旅の準備が早すぎると思ったら、ネーラーニのおっちゃんが手を貸したとのことだった。引退しても大商会の会頭だった御人だ。旅行用の猪車ぐらいはすぐに用意出来ただろう。


「分かった。妙なことばっかしだがよ、その件も任されたぜ。すぐに追い付くんじゃねえかな」


 お世話になった人達が、まとめてこの件に関わっているらしい。どういう事かは、直接会って聞くしかなさそうだ。


 出場手続きで猪車を降りていたところで、おっちゃんと話していた俺は、再び馭者ぎょしゃ台の上に戻った。

 当然ながら全員が身分証を携帯していて、急いでいても準備に抜かりが無いのは安心したところだ。

 

 ちなみにマーちゃんは、今はデコの腕にかれて肩や胸の辺りの匂いをいだり、顔を見回したりしている最中だった。何か気になる点でもあるのだろうか。


「デコ、こっからは少し飛ばすから、危なかったら手すりに捕まっておいてくれ」


 デコに声をかけながら猪車を進める。今の時間は、交易商人の朝の通行ラッシュが終わったぐらいの頃だから、東門でも門の周辺が箱車で埋まっているわけでもない。5ザイト(午前10時)は出かけるのに良い時間だ。


 とか考えていたら、箱車に衝撃がきた。屋根の上だ。


「ケンチ! 生涯と信仰の危機だ。助けてもらいたい!」


 屋根の上から俺にそう言ったのはメガシンデルである。この男が1人で逃げていて、俺にそう告げるのであれば状況はアレだと考えていい。


「メガシンデル、中に乗ってくれ。デコ、くちを閉じてろ。シランミッチネル、マヨタディオン、緊急モード60だ! 疾走はしれぇぇぇぇぇぇ!!」


 実はうちの角猪ズは、最高時速80キロメートルまで出すことが出来る。今回は60キロにしたが、本当は煙幕まで展開したいところなのだ。

 猪車はすさまじい速度で急発進した。普通なら暴走というところだ。


「貴様ら待てぇい! 信徒として、病める者を置いて何処どこへ行くつもりなのです。奉仕活動が待っているのですよ」


 数百メートルの高度差を速度に変換して、空中から降ってくるのは魔人ではない。たとえ飛行していようとも、かなりの距離があるのに聞き取れる声でしゃべっていてもそうなのだ。


 相手はこの街の病人どもから、神のようにあがめられる存在だ。俺たちにとっては監獄に等しい、施療院の長であり助祭様でもある、グラツィアーナ・ティコッティその人が来てしまったのだった。



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