第2話 フェイタールとオトクカン

「マーちゃん、そりゃ不味い話だ。ザンダトツ先生が、どっからか逃げて来たのぁ分かってたんだ。コレオシタロっていやぁ思ったよりちけえな。駆け落ちってもっと遠くからだよな……」


 俺には他にも言いたくないことがある。


 奥様の本名の家名がコレオシタロだって事は、あの人は伯爵家の本家の人間ということになるのだ。

 領地と家名が同じというのは、この世界の封建制の時代にだって、割と普通にあることだった。元々の地名をそのまま拝借はいしゃくしたり、逆に支配地域を一族の名前にするのは、自分達の力だけでその地を治める豪族達にとって当たり前の話だったろう。


 最近では中央集権化が進んできたから、上手く領地を回せない奴や、圧政を敷くような奴は首を斬られて一族も連座させられる。次を任されるのは別の家名の人間たちだ。


 コレオシタロ家はそんな中で、ずっと今の領地を守り通してきた古い歴史のある家系だった。


「ドナ殿は印章を持っているらしい。彼らはそれを受け取りに来た。場合によっては奪うつもりだったのだ。反撃を受けて沈んだが」


 失格騎士たちは、奥様の説得に失敗して殴り倒されたとのことだった。


「マーちゃん、向こうで何が起きてるかは知らねえが、予定どおりに出かけて調べてこようぜ。失格騎士どもには付き合ってもらう」


 そういう事件が起きては無視も出来ない。俺たちは予定通りに明日出発する事にした。






 出発予定日の7の月12日は幸いにして晴れてくれた。

 今日はマーちゃんと出会ってから132日目になる。

 スーちゃんの方は、大空洞と呼ばれる吹き抜けの監視作業をやっているとのことだ。フロアは雨なので丁度良いのだろう。

 実はリュッキュイ・グェ氏も、50日ごとにこちらに来て一緒にやっている。


「ケンチ様。お客様がいらしております。どうなさいますか?」


 そう声をかけて来たのは、ハーちゃんことハーケンケイムさんだ。遺跡の守衛を辞めた彼女達は、俺が留守の間の屋敷の警護に参加してもらうことになった。

 一見して女性ばかりの屋敷だが、実際は侵入者を捕獲して、鉱山に送り込む為の施設として機能するようになっている。


「客ね……何人で来てんだ?」


 俺が引っ越したことは、街でも組合でも噂になってるだろう。


「3名です。全員男性です。代表の方がオトクカンと名乗られました」


 ハーちゃんの顔は怜悧れいりな感じで、銀髪に青い目の美貌は相手をひるませるだろう。

 服装は、黒いタイツに黒コートに神官帽子という物騒なものだ。

 オトクカンの奴は、これを見ても物怖じしないらしい。


「ハーちゃん、そいつらは応接室に通してくれ。それと、メイド達にお茶の準備をさせてくんねえか」


「かしこまりました」


 指示を聞いてハーちゃんは門へ向かった。俺もこの屋敷の管理人らしくなってきたかもしれない。ここの支配者はマーちゃんだ。俺は表看板ってやつである。前口上まえこうじょう担当は不動の地位なのだ。


「防具店の若旦那わかだんながこんな時に何の用であろうな。猪車の準備はもう出来ておるのだ。長い話は避けたい」


 珍しく、うちのエターナルジャーニィ姉さんが渋い顔だ。トカゲ的なやつで。


「一応付き合いがあるしよ。聞くだけは聞いてみてえんだ。わりいんだが、時間をもらっちまっても良いかい?」


 そんな俺のお願いに、マーちゃんはうなずいてくれた。






「屋敷へようこそ。今日はこれから出かけるんだが、どういった用件かあんまし聞きたかねえ組み合わせだな」


 実際、悪い予感と溜め息しか出ない組み合わせの客だった。


「そう言うな、ケンチ。俺だって、お前に頼む事になるとは思わなかったぜ。コレオシタロまで俺たちも乗せてってくれ」


 それを告げる茶髪のさわやかな男は、防具店の跡取り息子であるオトクカン(24歳)だ。あのスハダ親父オヤジに似てないのは母親のお陰である。


「理由は私が話そう。父がな、母と一緒にこの街を出たのだ。昨日のことだ。行き先は領都のコレオシタロだ。留守を任されたが心配だ。私も行くべきだと思う」


 そう言ったのはオトクカンの同行者だ。誰かと思えば、武器屋の息子のフェイタールだった。剣の腕は俺より上の21歳だ。

 何てことだと思った。奥様はあの後でザンダトツ先生に相談したに違いない。出かけたのはそれが理由ではないだろうか。


「用件は分かった。そんで、オトクカンとそれからデコが一緒なのぁ何でだ?」

 

 オトクカンは付き合いで行くと言っているのだろう。腕っぷしも強いし、たくましいわ背が高いわで頼りになるだろう。185センチくらいあるのだ。

 

 問題は先ほどから黙っているデコの方だ。こいつは組合の解体所で働いているのだが、金髪に緑の瞳の美少年で、15歳だし身長は160センチときて、これからという雰囲気しかないのだ。

 もちろん、少年でも能力スキルは充実しているから、そこまで弱いわけでもない。

 だが、付いてきたい理由が不明だった。


「ケンチさん。実はとっつぁんも昨日のうちに出かけちゃって……僕ぁどうしたら良いかわかんないんだけど、とにかく迎えに行きたいんです!」


 頭の痛くなる話だった。あのオシタラカンのとっつぁんと、ザンダトツ先生の繋がりが見えない。共通項は筋肉ぐらいだ。とっつぁんのハゲの原因とかだろうか?


 デコの奴は顔は真っ赤だが、両手を膝に置いて握りしめたままで、俺からは視線を全く外さないという意思の強さだった。そういううるんだ目でにらまないでほしいものだ。


「俺だけじゃ決められねえ。理由は聞くな。ちょっとだけ待ってくれねえか? 俺は部屋を出るがここにいてくれ」


 そう告げて屋敷の応接室を出た。扉もきちっと閉まっていることを確認する。

 応接室は2階なので、階段から1階に降りるやロビーでマーちゃんに聞いた。


「マーちゃん、どうするよ? 厄介事の匂いしかしねえ。先生も勝手だがフェイタールも頑固だ。言って聞くような奴じゃねえぜ」


「ケンチはどう思うのだ? 私は構わないと考えている。時間の方が大事だ。今回の相手はおそらく神に見捨てられつつある」


 俺の相談に対する、うちの神託しんたく巫女みこ姉さんの返事は簡潔だった。


「分かった。ありがとうよ。デコも連れていくぜ。あいつにとっちゃ、オシタラカンのとっつぁんは父親みてえに大事なんだろうよ」


 デコとフェイタールにオトクカンとは、本当に変な組み合わせだ。

 俺がコレオシタロに行くことは、組合である程度は噂になっただろう。デコはそれを聞いてここに来たのだ。そして何故か途中で、フェイタール達に関わることになったのではないだろうか。


 とにかく応接室に戻って伝えてくるとしよう。


「一応は許可が出たんでな。デコとフェイタールは連れてくぜ。オトクカン、おめえにゃ借りがあるけどよ。何で付いてくんだよ?」


 実のところ、こいつがここにいるのが一番不思議なのだ。自分の父親の面倒を見てもらわないと、商店街でクソの様な世知辛せちがらい問題が起きそうなのだ。


「お前が教会や施療院で働かない理由と同じだ、ケンチ。あそこはまだ、俺の店じゃないしな」


 この付き合いの良いクソッタレは、俺が一番言われたくないことを言ってくれた。



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