第5章 トカゲさんとコレオシタロの城

第1話 不思議な暴漢

 コレオシタロへ出発するのは7の月12日と決まった。この日はマーちゃんと出会ってから132日目にあたり、フロアに雨が降ることもあって出かけるのに最適な日なのだ。

 もし、こちらの世界が雨でも、そこは諦めるしかないだろう。そういう気分でそういう季節なのだ。


「神官服で行くわけにもいかねえからな。正規の身分証は持ってるし、コレオシタロの街の直前で着替えても良いだろうぜ」


 服装は探索装備で行くことに決めた。雨に濡れるだろうし、1ヶ月以上も着てないから使ってやらないと駄目になりそうなのだ。


「移動許可の方は、すんなり出て良かったのだ。組合事務所はどうするのだ?」


「届け出は後で行ってくるぜ。何か聞かれることもえだろうが、一応は言い訳を考えようや」


 今日は7の月11日だ。出発は明日であるから、組合に届け出に行って来なければならない。

 うちのトカゲ姉さんの言うように、出発の準備自体は順調に進んでいた。


 外区北側にある屋敷から出て、外区南側にある探索者組合事務所に行くとなると、街の反対側までということになるのでずいぶん遠くなった。

 内区を通り抜けに使うのは、外区に住んでいる人間にとってはマナー違反という事になる為、時計回りでぐるっと大通りを進むしかない。

 外区北東部の倉庫街、南東部の職人街を通って東回りで行けば、4キロメートル半というところだろう。北西部の歓楽街から、教会の近くを通って南西商店街を経由すると、5キロメートルになって少しだけ遠いのだ。


 ちなみに真っ直ぐ内壁まで行って、内壁の外側に沿って歩き、外区南部を横断する方法もあるが、この場合も4キロメートルは歩くことになる。大した違いはない。






「お嬢様、ご納得いただけないかもしれませんが、いい加減にしてくださブベェッ!」


「ポーニング! くそっ駄目だ……失格騎士とはいえ我らにも意地がござファガダッ!」


 職人街にさしかかり、組合事務所まであと2キロぐらいかと思ったところで、目の前に旅装の男2名が転がってきた。顔面が真っ赤になっている。この後は紫色から青色、さらに緑色から黄色に変化しながら治るタイプの怪我だろう。打撲傷の内出血だ。


「奥方様じゃねえですかぃ! お怪我けがはございゃせんか? こいつらぁ一体いってえ……」


 転がっている男達に意識は無さそうだが、立っている方はザンダトツ先生の奥方であるドツィタラーナ様だ。この御人おひとには様を付けたくなる。


「まぁケンチさんじゃないの。お恥ずかしいところをお見せしました。私は怪我はありません」


 見たところでは、奥様の右のこぶしと服に少し血が付いている。目の前でぶっ倒れている奴らの返り血だろう。ラジオ体操第3で鍛えていなければ、見えないような踏み込みと殴打オーダだった。


「こいつらぁ俺の方で片しときやす。ところで奥様はここに何をしにいらしたんで?」


 駆け出しの頃の俺は、ザンダトツ先生に剣術を習っていた。この御方おかたにだって恩があるのだ。


「それじゃお世話になるわね。ここには買い物に来ていたの。それと、可愛いトカゲさんを頭に乗せてるのね」


 もう20歳を過ぎたような息子もいるというのに、本当に良家の子女といった感じで色せない女性ひとだと思う。金髪に青い目が、これまた青を基調にした服装に似合っていた。

 

 マーちゃんのことは気に入ってもらえたらしい。


 そのまま奥様を見送った俺は、衛兵を呼ぶ代わりに事件が起きた人気ひとけの無い路地で、2人の失格騎士をそのままアイテムボックスに放りこんだ。


「マーちゃん、失格騎士とか言ってたから、ろくな奴らじゃねえ。こいつらから情報を抜いてもらいてえんだ。やってくれるかい?」


 失格騎士というのは、神により能力スキルを剥奪された騎士のことをそう呼ぶ。本人が悪い奴なのか、主人の悪事に荷担かたんしたのかは不明だった。


「こういう時の公衆トイレ情報なのだ。彼らは何かを受け取りに来た。名前はポーニング殿とモヤッチォ殿だ」


 うちの公衆施設しせつ監視姉さんと、Tチームにはすでに捕捉されていたらしい。

 24時間の3シフト制により、この街の外区の公衆トイレは監視されている。秘密の会話から健康状態、出すときのくせまでが克明こくめいに記録されているのだ。

 

 ポーニングとモヤッチォが全部を吐くまでに、それほどの時間はかからないだろうと思われる。


 遅れて表に出てきた人々には変な目で見られたが、俺はすました顔で組合事務所の方向へと早足で歩いた。






「ケンチ、今度はコレオシタロまで行くのかよ。教会から、許可が出てるんじゃ仕様しょうがねえ。どんぐれえの期間になるんでぃ?」


 組合事務所の受付と言えば、アッコワの兄貴ということになっている。

 最近はメゲネーズ係長でもありだが、受付嬢に対しては安定のスルーを続けているだけあって、彼女達からは相変わらずちべったい目で見られたままだ。


「移動に時間がかかりやすから、2週間ぐれえで戻ってくる予定でさぁ。ちょっと買いもんに行ってこようかと思いゃして。あそこは武器も良いもんそろってますからね」


 今回も例によって適当な言い訳作戦だ。マーちゃんの希望で、未発見の地下遺跡をいただいて来ますとは言えない。

 コレオシタロまでは100キロ以上の距離はあるので、片道3日はかかるだろうと思われる。それでも、時速10キロで走り続ければ6ザイト半(13時間)という話だ。飛行して良ければ半刻ザイト(1時間)もかからないのは秘密である。


「そういやぁ武器の更新ってなぁ大事でえじだな。おめえ魔銀まぎん級に昇格したんだしよ」


 今回は無理の無い理由だったようだ。言い訳の引き出しは広い方が良い。

 最近は液体窒素と、賄賂わいろ及び殴打オーダで片がついてしまう為、曲剣の出番というものは本当に無いのだ。後は遠距離魔法が欲しいかなと思わなくもない。


「明日の準備もありゃすんで、今日はこれで失礼いたしゃすよ」


 受付でぱぱっと報告を済ませた俺たちは、そのまま屋敷へと帰ることにした。もう面倒なので転移で帰りたい、と正直に思うことがある。


「助かったぜ、マーちゃん。内壁南門の近くで、あそこまで人目がえ場所があるたぁ思わなくてよ」


 誘惑に負けた俺は、結局のところマーちゃんに転移の術を使ってもらった。丁度良い場所もあったのだ。

 帰還した先は屋敷の広い地下室である。ここも商人でないと普通は使い道が無い。こちらにとっては、のぞかれる心配が無いのがありがたい場所だ。


「これくらいなら何でもないのだ。それより例の2人だがな、口の軽い状態にはなってくれた。ドナ殿の本名はドツィタラーナ・ツィデニィ・コレオシタロというそうだ」


 あの一件の真相が分かりそうなのは良いとして、その次に聞いてしまったのは俺の知りたくない情報だった。



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