第54話 コレオシタロの噂

 今日は7の月10日で、マーちゃんと出会ってから130日目ということになる。

 秋はまだ始まったばかりなので少し暑いのだが、それでも過ごし易い気温だとは思う。しかしこの季節は、雨が増えるという困った特徴を持っている。


 そういうわけで今日は、アイテムボックス内のフロアは晴れているのだが、街ではそこそこ強い感じの雨が降っていた。この手の用事が無い日は出かけたくない。

 

 こういう時だけは、広い屋敷を購入して良かったという気がする。

 窓から視線を外し、屋敷の居間を見回してから満足げな「ん~……」という声しか出てこない。


 家具を買い込んでから、木材や壁紙(革で出来てるのは壁革か)、さらには布も高級布を含む23巻きを購入した。

 布はもちろん『織物屋ワランテ』の看板職人であるネミーナさんに頼んだ。

 お陰で金貨30枚が更に飛んでいったが、この界隈かいわいの経済状況はほんの少しだけ良くなっただろう。


 うちのインテリアコーディ姉さんの方は、購入した厚手の素材を使って、カーテンやら絨毯じゅうたんを作ってくれたし、テーブルクロスなんかも一通りそろった。

 ついでに、シンデル・メイ先生からもらった資料を元に、この世界特有の魔道具を造ってくれて、俺は手押しポンプや手動着火から解放されたわけだ。

 自動み上げポンプ、魔法照明、魔法コンロと暖房器具と湯沸ゆわかし器については、貴族でもない限りここまで揃わないだろうというレベルに達している。

 飛びクラゲと陸生甲殻類どもから抜いた魔石は、全部で80個以上あったのだが、ここに来てほとんどが役に立ってくれた。売らなくて正解というヤツだ。


「屋敷が気に入ったようだな、ケンチ。快適さを考えた甲斐かいもある。これなら客が来ても問題あるまい」


 マーちゃんからもそういう風に見えるのだろう。うちのトカゲ姉さんは元の青い姿に戻っている。


 以前の俺は、アイテムボックス内で充分だろうという感想しか持っていなかったのだ。しかし、ここは人間をダメにする力がある。


「何だか感慨かんがい深いってのかな? 田舎から出てきた破落戸ごろつきが、随分ずいぶんえらくなったと思ってよ」


 俺の生活と立場は、ここまでの130日でもって激変した。

 特に食事や住居や能力スキルについては、一般的な転生者の、満足出来るレベルに到達したのではないだろうか。日本の小説が基準なのは仕方がない。


「実際に出世もして、今のところ義務も無いとは良い身分なのだ。生きる気力まで失せる前に、次の予定を考えるべきだろう」


 マーちゃんの言うことは正しい。俺はもう食うために働くのではなく、うちのトカゲ姉さんの世界観察ツアーのガイドとして生きているのだ。


「マーちゃん、あともうちょっとだけのんびりさしてくれ。おーい、お茶に酒を入れてくれねえか。それとミルクもな。そんで暖かいのが良い」


 人間こうなってしまうとエンジンがかからない。そして1日が無駄に過ぎていくのだ。

 俺はロボメイドさんにお茶を頼んだ。果実酒を蒸留したヤツも入れてもらう。ついでにミルクが入っていたら最高だ。


 居間にいるモードの時は、厚手のパジャマのようなズルズルの灰色ジャージの上から、緑色のシルクっぽいローブを羽織っている。

これでソファーにふんぞり返っていたら完璧だろう。


「身体は動かさなくていいから、頭だけは動かすのだ、ケンチ。もう街での政治的な動きは終わった。次は自由通過権つうかけんを行使する時であろうな」


 隣で浮いているマーちゃんからは、そういうおしかりまで受けてしまった。


「そりゃそうだ。カモネの残りの下っ端どもだって全員捕まったしよ……。あいつらも鉱山に行っちまったからなぁ。やるこたぁえよなぁ」


 この世界には少年法などという物はない。カモネの下っ端の下っ端は17歳前後だったが、30人近くが岩塩鉱山送りになった。違法移民から搾取さくしゅしていやがったのだ。


「北と東だな。方向で言えば行っていないのは北と東だ。北のスコッシホーレル山脈か、東のユータヤロガ辺境伯領か、その南のコレオシタロ伯領が良いのだ」


 うちの最強ライフライン姉さんからは、非情のおたっしが出て来てしまった。

 俺は身に余る報酬で働いている男だ。金では買えない贅沢ぜいたくをさせてもらっている手前、出来るのに嫌ですとは言えない。


「マーちゃん、文明世界にしとこうぜ。知り合いがいねえなら、面倒なことも言われねえだろう。それに買い物の金に困らねえし、歴史のある領だから何かあると思うぜ」


 俺はコレオシタロ伯領をした。

 北のスコッシホーレル山脈からまた何か出てしまえば、本当に処分に困る状況になってしまうだろう。


「そう言えばあそこな、スーちゃんに解読してもらった遺跡の文章に書いてあったのだ。おそらくあの街の下に遺跡がある」


 これでこの話は終わりだなと思っていたのだが、爆弾が横から飛んできた。


「本当かよ、マーちゃん! コレオシタロもかよ。そんでいただきに行くのかぃ? 届け出はされてえし噂にもなってねえから、法的な扱いぁ、放棄された要塞と変わらねえんだけどよ……」


 もし、街の地下に誰も住んでおらず、統治者側が把握していない場合には、そこの何かをブン取って来ることは可能になる。

 地下に住んでる物好きは居ないだろう。あそこの伯爵閣下にしたって、ご存じなのかは微妙なところなのだ。

 遺跡が正規の財産登録をされている場合、探索者組合では入ってはいけない場所のリストに名前があがってくる。


「古い技術情報に鉱山地図まであるかもしれん。帝国時代のコレオシタロ伯は、デジコルノ家のワル仲間だったらしくてな。何を仕舞っておるのか興味があるのだ」


 俺としては、うんざりするような組み合わせだ。帝国末期のこの界隈かいわいは、中央の目が届かないところがあって領主連中が好き勝手やっていた。


「分かったぜ。そういうことなら行ってこようや。空振りでも良いかもしれねえしな。あそこは加工品は豊富だからよ、何かを買ってくるのもありだろうぜ」


 うちのレリックハンター姉さんからは次の指令が出て、それには「ハイ、よろこんで」というしか選択肢がない。


 俺の方は一応、特認司祭の立場で他領へ出かけても良いか、デチャウ司祭様に聞いてこなくてはならないだろう。


 角猪が引くベイブレーダが、慣例的に違法扱いではないことも祈るしかないところだ。



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※これにて第4章は終わりでございます。

続いては第5章『トカゲさんとコレオシタロの城』になります。次からも、よろしくお願いいたします。


※お読みいただきましてありがとうございます。この作品について評価や感想をいただければ幸いです。

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