第51話 挨拶回り2

「モーリ隊長。その件でご相談してえことがありゃして。ここにゃ持ってきちゃいませんがね、全員分を用意させていただきましたんで。そんで名簿か何かで、配るのにご協力いただけねえかと……」


 み手しながらそう頼んだのは、それが断られると俺が地獄を見そうだからである。

 今日の服装は革の上下の破落戸ごろつき仕様だが、心の方は常に地域の安寧あんねいを願う聖職者のつもりだ。感謝の気持ちというのは、たまには有形資産で支払われるべきものだろう。


「そうだな。私だけ貰うのも何だ。食事をしてない者もおるし、副長に名簿を持ってこさせよう。配るのはお前と、後ろのメイド達と黒子さんがやるのか?」


 モーリ隊長が黒子さんを知っているのは、ものすごく気になるというか不安になるのだが、取りあえずは色好いろよい返事がもらえた。


「そりゃもう、もちろんですよ! こっちの可愛いメイドさん達にも、今日は協力してもらって配りますんで、よろしくおねげえいたしゃす」


 ここでティウンティウンの皆さんは、4人そろってニッコリ笑ってくれた。完璧だと言いたい。自然過ぎる笑顔に股間が冷えたが、マーちゃんは不気味の谷ぐらいなら上空4万メートルを越えられるのだろう。


「ところで、そのトカゲはマーちゃんとか言ったか。今日も連れておるのだな。物好きなことだ」


 モーリ隊長は、俺の頭上にいるマーちゃんの視線が気になるようだった。気持ちは分かるが今後は慣れてもらうしかない。






「ヘヘヘヘッ。よろしくおねげえしゃすよ。ああ、そこの旦那だんな、こっちでさぁ」


 そこからは話が早かった。

 門の前がいてるのを良いことに、名簿を用意してもらった俺たちは、弁当と水筒に硬貨袋を配り回ったのである。


「探索者をやっとります、ケンチでさぁ。近くに引っ越して来やして。こんな美人さんも一緒に働いてくれるってんで、界隈の安全を守っていただいてる皆さんに心付こころづけでもと思いゃしてね」


 弁当と水筒の手渡しを美女アンドロイドがやっているのも良かったのだろう。

 そして弁当は、30センチのパンに毛牛の肉のタレ焼きと葉野菜をはさんで、黒子さん特製辛実からみソースをかけたヤツが2個も入っている物だ。辛実ってのはカラシみたいな物で、ラシーズ店長の所から大量に仕入れた。


「それにしても随分ともうけたわねぇ、行き倒れ。あんた本当に大丈夫なの?」


 銀貨の入った袋を可能な限りの笑顔で渡す俺に、あきれたように声をかけるのは、ここの副長様であるウェカ・ラモーレ・テル氏だ。西門と同じで女性の副長なのである。


「今回は運が良かったんで。でもこういうのぁ、普段お世話になってる御人おひとにお返しせにゃあ、きっと神はお怒りになるかもしれねえと思いゃしてね」


 テル副長の目は、胡散うさんくさい物を見るような調子ではあったが、金貨2枚入りの袋はしっかりもらってくれた。

 ついでに名簿に印を入れて、渡し漏れが無いか協力してもらっているのだ。

 周辺を回っていた者も戻って来たりで、200個のハッピーMセットはあっという間に無くなった。意外なことに1ザイト(2時間)で終わったのだ。


「この後はどうすんのよ? 200個追加で持ってくるわけ?」


 木のボードに名簿を固定して持っているテル副長からは、当然ながらそう聞かれるだろう。

 この後の予定もちゃんと決めてあるのだ。


「実ぁ、家に戻って200個積んだら、次は内壁の北門に行こうかと思ってまして。他の皆さんは今日は内区じゃねえですかい?」


「そりゃそうだわ。仕方がないから付き合ってやる。ついでにアンタの家も見てやるわ」


 内壁側も今日中に終わりそうだ。テル副長は、名簿を持って付き合ってくれるとのことだった。


「それにしても妙なトカゲを飼ってるのね。さっきから、私のことをずっと見てるようなんだけど、そういう子なわけ?」


「マーちゃんは好奇心の強い子でしてね。それに明るい色が好きなんじゃねえかと思いゃすよ」


 テル副長もマーちゃんの視線が気になるようではあったが、無難ぶなんに髪や目の色が明るいからではないのかと返しておいた。

 テル副長は中部人とでも言うべき家系の出身らしく、身長は175センチ前後と普通だが、金髪に緑の目をした割と美人な御人おひとなのだ。元はクルトスワロー王国の、山岳地帯に住んでいる氏族の人らしい。






「アンタの家の門って凄いのね……監獄みたいなんだけど……」


 ウェカ・ラモーレ・テル副長の感想は、おそらくめ言葉だと思いたい。

 弁当の残りを取りに付いてきてくれたのである。

 確かに、音がほとんど無いのに重量感は凄いし、鋼鉄製の一枚物でスライド左開きなのはやり過ぎだとは思う。


「治安は良いたぁ思いゃすがね、こういうのも日頃の用心ってやつで……」


 もう、そう返す他は無かった。

 ちなみに呼び鈴が無かったので、門柱を中空にして縄を付け、それを引っ張ると屋敷の中で重い鐘の音が鳴るようになっている。そういえば監獄の正門も同じ仕組みだった。

 もし、コレで悪戯いたずらする奴がいたら、次の日から別人になってもらう予定だ。


「そんじゃ内壁まで行きゃすかね。夕方前にゃ終わると思いゃすぜ」


 黒子さんや、うちの美女メイド(メカ)に手伝ってもらい、再出発の準備は予想以上に早く終わった。


「ケンチ、後であの娘達の身分証をあらためさせてもらうよ。違法にどっかから連れて来たんじゃないだろうね?」


 ティウンティウン・シスターズ30体を目撃したテル副長は、俺に人攫ひとさらいでも見るような目を向けたが、完全に誤解なので勘弁してほしい。

 人は集めるが相手は犯罪者であって、ああいうのは捕獲ほかくと呼ぶのだと思っている。


「そんなことやった日にゃあ能力スキルがされて、俺ぁおしまいですぜ。これでも昇進だってしたんだ。神様に逆らって生きるほど、やさぐれちゃいませんぜ」


 さすがに、無実の人間を誘拐ゆうかいするような真似をすれば、神により能力スキルがされて、そいつは普通の人間に成り下がる。守り手である騎士などの、強さでってる職の信頼が厚いのはその為だ。

 逆に探索者は、どこの街でも玉石混淆ぎょくせきこんこうなので、人間としての信用が無い奴も少なくない。


「そりゃまぁ、そうなんだけどね。アンタみたいに破落戸ごろつきですって顔に書いてあっても、金払いが良いと、ああいうお嬢さんは来てくれるんだねえ……」


 テル副長の中では、俺は人攫ひとさらいではないが人買いということになったらしい。これでも娼館のお姉さんがたには、人柄ひとがらで気に入られている方なのである。

 それにテル副長だって、お嬢さんと呼ばれてもおかしくない年齢であるはずだ。今の言い方は丸っきりオバちゃんだった。



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