第52話 ズットニテル月報

「それにさ、アンタんとこは看板まで、そのマーちゃんなんだね。よっぽど、その子を気に入ってるんだねぇ……」


 テル副長は、屋敷の感想の最後をそう言って締めくくった。2階の正面の壁に、デカデカとかかげてある丸いトカゲモチーフの看板が気になったらしい。


「幸運のお守りみてえなもんなんで。それよっか、こっから内壁まですぐですぜ。今度も頼みますぜ、副長」


 屋敷の前で話しこんでいたら日が暮れてしまう。俺たちは移動することにした。


 屋敷の敷地は、外区で円を描く大通りに面しているが、通りから10メートルほど北側に引っ込んでいる。土地に余裕があるのに、他の建物が目の前に無い所為せいでそうなっているのだ。

 しかも玄関と門の間も、さらに10メートルの空間的余裕があって、猪車などの取り回しが楽というオマケが付いてきた。






「こりゃ、お疲れさんです。ケンチでさぁ。今度あそこの屋敷に引っ越しゃしてね。これはご挨拶ってことで、今後もよろしくおねげえいたしゃす」


 内壁北門でも、我ながら完璧に愛想あいそ良く振る舞えたし、誰からも嫌な顔をされることも無かった。

 4体のティウンティウン達による、笑顔の弁当手渡しも破壊力は大きかっただろう。どうしたって男の方が多いのだ。


 女性の衛兵さんもいるが、彼女達は何故か全員が黒子さんから弁当を受け取り、金の入った袋を俺から引ったくってから黒子さんに笑いかけていた。せぬ。


「お忙しいとこ、すいやせんね。こいつは、ほんの気持ちでさぁ。ヘヘヘヘヘ……こいつはどうも、ご無沙汰ぶさたしとりゃす」


 しかし、そういった理由不明の扱いの差があろうとも、俺はブレずにハッピーMセットを配りきったと思う。


 こういうのは、騎士なんかにやると普通はきらわれるかつかまる。

 衛兵の場合には給料が安いこともあるし、交易路線上における付け届け文化みたいなものがあるから許されているのだ。


 つまりうちの街守閣下は、変わり者で例外ということなのだ。渡すのが現金ではなく、酒と食い物なのはギリギリセーフということなのだろう。たまに仕事をサボっても、能力スキルがされることもないのは新たな発見だ。


 そんなこんなで『挨拶回り大作戦』は何とか無事に終了した。

 

 明日は近所の家具屋に行って、必要だと思われる物をまとめ買いしないといけないのだが、その前にもう1つだけやることがある。

 衛兵の皆さんに、駄目押しで良い気分になってもらう方法があるのだ。






「まさか、こういう風に出すことになるとは思わなかったわ。こんなので良いのかしら? もうちょっと記事が多い方が良くない?」


 しきりと首をひねるスーちゃんには悪いが、これで良いのだ。


「最初は、こういうので良いと思うぜ。今回は第1号ってことで金は取らねえ。配るだけだ。でもこいつは話題にゃあなるぜ」


 スーちゃんにはそう言って、俺の方から説明した。


 今話しているのは、スーちゃんが人間の街で出版する最初の瓦版かわらばんについてだ。


「極端な構成だな。表面は街守殿の飲み屋の紹介記事と、密輸事件についてなのだ。裏面は『頑張れカニ君』だけというのは思い切ったな、ケンチ」


 うちの新聞オーナー姉さんの感想はシンプルだった。


「ショッキングな記事と人気が出そうな漫画だけってのが良いんだ! 最初から、何でも詰め込んだって読んでもらえねえ」


 ズットニテル月報と名付けられたそれは、初回1500部を印刷した。

 今回はこれをパン屋と雑貨屋で配ってもらう予定だ。領主館の受付にも置いてもらい、もちろん俺も手伝う。


 このA3判に近いサイズの瓦版は、記事が少ない替わりに読みやすさを重視した。


 表面は街守閣下お勧めの飲み屋の紹介記事になっている。『ヒルマッカランのここで飲もうぜ』はインタビューで話された中で、無難な内容がこれしかなかったという悲しい事情もあっての採用だ。今回は串焼き屋ザッカネンを紹介することになった。


 表面のメインの記事は『我が街の英雄達、密輸犯を逮捕』というひねらないものだ。北門衛兵隊の活躍についてこれでもかと書いてあり、多少盛ってはいるものの治安担当者を絶賛する内容になっている。

 これらは、総督閣下の許可を得ている旨の一文が添えられた。


 肝心の裏面は、漫画『頑張れカニ君』で全部埋まるという、俺の狙いが丸わかりな構成になっている。今後しばらくは、これの為に購入してくれる人しか出ないだろう。

 だが最初のうちは、そういう楽しみの為に買われるのが良いのだ。そうやって広がっていく何かだってあっても良いと思う。


「とうとうこれが出回るのね。裏面が一番大変だったけど。1500部とか初めてだわ」


 漫画が一番大変だったらしい。スーちゃんは感慨かんがい深くそう述べた。


「黒子さんと、メイドさんに手伝ってもらえばすぐに無くなるぜ。まずは領主館の受付に500部置いてもらって、俺たちはキムルァヤ製パン店で朝から配るんだ!」


 そういうわけで、翌日は朝からパン屋で瓦版を配ってくることになった。






「ケンチ、これ面白い読み物だね。でも紙だって高いだろう? こんな物をよく配ってくれるもんだよ。変わった御人がいたもんだ」


 朝からキムルァヤの女将おかみさんに頼み込み、雨も降っていないので店の表で瓦版を配らせてもらった。

 今日は7の月2日で季節は秋なのだ。夏と違って雨の日は増えるが、今日はいい天気になりそうな陽気だった。


「おばちゃん、協力してもらってすまねえ。客寄せにでもなりゃ良いけどな。こいつは頼まれたんだ。何かあったら言ってくれ」


 折り畳みの机と椅子を持ってきて即席のブースを作ると、俺たちは1000部の瓦版を配った。


「これタダなのかい? 書いてあるのは本当のことかい? 噂は知ってたけど、大事おおごとになってたんだねぇ……」


 朝のご近所さんは、パン屋に寄ってくれる人が多い。今回はそれを狙った。


 この世界では噂が広まるのは早いが、こういう事件の真相が伝わるのは当然の事ながら遅い。情報統制だってされているのだ。

 そういう訳なので、1ザイトの間(2時間)に俺たちが持ってきた1000部は無くなってしまった。


 ズットニテル地区は都市と周辺の農地も含めた名称だ。人口は6万人ぐらいだが、壁の内側に住んでいるのは、4万人より少なかったと記憶している。

 それでも、この外区南西商店街の情報を欲する熱意をめていたかもしれない。


「私のこの姿の受けが良かったのだ。もっと早くこういう姿をとれば、楽が出来たかもしれん」


 余談ではあるが、茶色いトカゲ姿のマーちゃんは、俺を無視してお客さん達から大いに可愛がられていた。

 そして何故か黒子さんは、近所のオバちゃん達から仲間認定を受けているらしかった。

 


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※お読みいただきましてありがとうございます。この作品について評価や感想をいただければ幸いです。

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