第50話 挨拶回り1

 引っ越しの翌日は、月も替わり7の月1日で季節ももう秋という感じだ。

 この国には四季があるし、北寄りの地域であるから、ここは惑星で地軸の傾きというヤツがあるのだろうと思う。貿易風のような風も吹いているらしい。


 そういうことは、もっと頭の良い奴に任せて取りあえず置いておこう。俺みたいないい加減かげんな奴は、秋になったから過ごし易くなりましたで良いのだ。


 購入した屋敷内では、急ピッチで修繕と改装が進んでいる。もちろん清掃もだ。既に昨夜の間から、それは音が漏れないようにしながら始まっていた。

 周辺住民の皆さんには、ここが一晩で少しだけ変わったことについて不思議がってもらうとしよう。

 お陰でいたんだ部分は直ったし、贅沢ぜいたくなことにガラスのはまった窓も綺麗きれいになった。


 門は隙間すきまが無い方が良いので、刑務所の様な一枚物の鋼鉄製になり、これで玄関の様子ものぞけないようになっただろう。

 

 この屋敷の広さについてだが、敷地の奥行きは80メートルにもなるし、横幅も同じだけある。そこを高さ3メートルの石の壁が囲んでいるわけだ。


 屋敷はL字型をしており、石で出来た2階建ての建物だった。要塞状の平たい造りなので屋上まで全部使える。

 L字だが縦も横も同じ長さで、50メートルになる。L字の線の太さの方は15メートルだ。

 L字の内側が廊下と階段で、外側に部屋が配置されているから庭は殺風景だ。L字型の屋敷に囲まれた中庭は、縦横55メートルの空間で、木も花壇も全く無い。その代わりに倉庫と厩舎があって、これらは外から覗けないようになっている。


「マーちゃん、地下室のアレはバレてねえようだぜ。ヘヘヘヘ……ここにこんなもんがあるたぁ誰も思うめえ」


「この隠し通路は帝国期の物かもしれん。西門と北門の間を抜けて外に出られるのは意外なのだ。距離が約3キロメートルもあるお陰で、出口が外壁のさらに外になったのは偶然だろうな」


 カモネの屋敷には秘密があった。恐らくはあの女と側近しか知らない隠し通路だ。

 巧妙こうみょうに壁に擬装ぎそうされたそれを、マーちゃんは発見してしまったのだが黙っていた。


「こっちを使わなかったのぁなげえからだろうな。街道脇の岩山に、普通の商隊が立ち寄るのも不自然だ」


 北側にある宿泊施設を使用したのは上手いやり方だった。商隊が立ち寄っても怪しまれず、この屋敷までの距離は1キロも無いのだから。


「通路は高さ3メートルで横幅も同じくらいなのだ。黒クモさんが通るにはギリギリの大きさだ。補強もやりたいが、何かの役に立つだろうか?」


 難点があるとすれば、今のところは使い道を思い付かないということだろう。

 地下室自体は長さ40メートル、幅は15メートルもあって役に立ちそうなだけに、なかなかもったいない話ではあるのだ。


「そいつぁ後回しにしようぜ。壁の外から別の奴が来なけりゃいいや。連中の残党が来た時の為に、見張りでも置いとくかい?」


 取りあえずここは放置で良いと思うが、この通路の存在を知っている奴は他にも居そうだった。


「北側の地下通路については、こちらでも壁を追加してふさいだのだ。西側については、出入口の岩山に四方よもダミノルさんを置こう」


 そんなわけで、地下通路については、うちのワイルドギース姉さんの監視下に置かれることになった。

 強行偵察オプションに換装かんそうした、四方よもダミノルさんも出てしまうオマケがついてだ。






「マーちゃん、今日は北門の連中に挨拶して回らにゃならねえ。金と弁当を配りてえんだが良いかな?」


 ここの屋敷に住むのであれば、北側の衛兵の皆さんには良い顔をしておかないとならない。


「そういう事でもやらないと、一向いっこうに金が減っていかないのだ。弁当には水筒のお茶を付けよう。黒子さんが食材を含めて買い出しに行ってくれた」


 マーちゃんはこの辺りにもそつがない。

 黒子さんの方は、キムルァヤ製パン店の在庫を全部買い上げて、肉屋で4頭分の毛牛も購入したそうだ。

 スーちゃんもまれにであるが、それなりに食べるので無駄になる食材は無いだろう。


 お弁当に、オマケの現金が付いてくるというハッピーMセットが今回の主力兵器だ。

 北側衛兵の皆さんは400人ぐらいいると思われるので、お弁当を全員分配るのは難しいが、やるだけの価値はあるだろう。

 オマケだけでも、銀貨2400枚は飛んでいく計算になる。モーリ隊長と副長には金貨2枚ずつ、その他には銀貨6枚ずつ渡すとして『挨拶回り大作戦』は決行されることになった。


「アシッメオ号は問題無いらしいな。これ、どうやって配るのだ、ケンチ?」


 大八車アシッメオ号に200個の弁当と水筒を積んだ俺は、硬貨袋200個も中身入りで持った黒子さんと、メイド姿のティウンティウン4体と共に外壁北門に向かっていた。


「マーちゃん、そこは隊長に協力を頼むとするぜ。名簿か何かあんだろぃ」


 今回の作戦は割と大変な事になっている。マーちゃんが素材を提供しないというルールの元、まずは水筒と弁当箱が大量に買い集められた。

 弁当専用の箱というのは無いのだが、雑貨屋に丁度良い木製の箱があるので、ソレを黒子さん達に買いあさってもらったのだ。

 黒子さんは、街中で増えても何も言われないという、ホラー風味な部分があるので問題にならないらしい。

 硬貨を入れる袋も同じで、これも400個買いそろえて、うち200個に硬貨を入れて持ってきた。

 何かの式の様な準備を俺たちは人海戦術でやったわけである。


「内壁側にも行かにゃあならんから、明日まで延びちまう可能性があんな……」


 北門が、交易商人のむれで混んでいませんようにという俺の願いは、どうやら神に聞き届けられたらしい。本当にいてた。


「ケンチではないか。今日はそんな大荷物を持って来てどうした?」


 これまた運の良いことに、声をかけてきてくれたのはテルモント・ラ・モーリ隊長その人だった。


「こりゃモーリの旦那だんな。実ぁこの近くに引っ越しましてね。例の屋敷でさぁ。そんで、衛兵の皆さんにご挨拶をと思いゃして。つまらねえもんですが、どうかもらってやっておくんなさい」


 俺は素早く、金貨2枚の入った袋をモーリ隊長に手渡した。ついでに弁当と水筒も渡しておく。


「そういえば、もう昼過ぎだな。荷車に積んであるヤツは全部うちに配るつもりなのか? お前も本当にマメな男だな……」


 ファースト・トライは成功したと見て良いだろう。

 あとは全員に配るにあたって、隊長の協力をあおがねばならない。



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