第48話 屋敷

 岩塩鉱山の視察が終わった後は早かった。 

 ヒルマッカラン街守閣下は、本当に何か言いたそうだったものの、渋々しぶしぶという感じで早めに街に戻ることに同意し、俺たちは5日間の予定を1日短縮して4日間でズットニテルに帰って来た。


「凄い物に乗ってるな、ケンチ。黒い上等な猪車に狂暴そうな角猪まで繋いで。お前は神官服に白い顔覆いマスクして、トカゲちゃんを頭に乗せてるし。祭りの仮装行列だってもう少し大人しいぞ」


 南門でのヤッパリォーネ副長は、正直に感想を述べてくれた。

 俺も、こういう御人おひとには続いてほしい側の人間なので、迷惑料ということで銀貨12枚を払っておいた。


「街守様が大層たいそうお気に入りでしてね。俺ぁ教会の人間ってことで、この格好なんで。うちのトカゲさんは外を見たがるもんで、いつもここに乗ってまさぁ」


 副長にはそう言うしかない。全部本当のことだ。

 うちのトカゲ姉さんは、普通のトカゲであるペットのマーちゃんとして、この界隈かいわいで知られていくのだろうと思う。


 こうして岩塩鉱山への案内も無事に終わった為、カモネ一家いっかの下っ端の下っ端を捕まえてくる事ぐらいしかやることが残ってない。






「ケンチ、屋敷がほしいと言っておったな。カモネの使っておった屋敷を買わんか? 格安の金貨200枚でどうだ? あそこはもっとするだろう。4割引きぐらいにはなっとるはずだ」


 鉱山への案内が終わってから日は経って、教会暦805年6の月28日のこと。内区の領主館に呼び出された俺は、出し抜けに街守様からそんなことを告げられた。

 ちなみにマーちゃんと出会ってから120日目になる。フロアは雨の日だ。


「そりゃまた、どういうこってす? 金が必要になったんですかい? そういや、岩塩鉱山に行って、そろそろ建屋たてやを作らねえといけねえのか……」


「そういうことだ。うちの街については、あの事件は終わった。後は国都の連中が判断することだ。カモネの所から、金貨200枚は没収したがもう少しほしい。お前は金を持ってるだろう?」


 街守閣下からは思った通りの答えが返ってきた。この御人おひとはM資金の存在に気がついているかもしれない。


 今のところ、M資金は金貨だけで30万390枚もある。大雑把おおざっぱに日本円に換算すると6千7億9千600万円ぐらいだ。

 これは、解体した要塞ようさいからいただいた分、カモネの屋敷にあった半分、そして掘り出したきんを使って違法に鋳造ちゅうぞうした分を合わせたものになる。


 金貨200枚なら、カモネの所からいただいた分を返すだけなので丁度良いだろう。


「マーちゃん、街守閣下がこうおっしゃってるんだがどうだい? 俺としちゃあ良い買いもんだと思うぜ」


 うちの徳川埋蔵金姉さんには、許可を貰わないとならない。


「即金で払えるのは良いな。ヒルマッカラン殿、その値段で買おう。あそこは色々と便利だろうな」


 マーちゃんから許可が出た。


 実は階下にいる領主館内受付窓口の皆さんにも、すでに金貨8枚と銀貨200枚をバラいてあるのだ。

 トカゲを頭に乗せた神官である俺は、ここでは顔パスの有名人になっていたりする。そんなわけで今日も神官服だ。


「手続きは今日中に終わる。引っ越しは適当にやれ。それから地下通路は埋めたが、あそこは悪用するなよ。後から何か出てきたら報告しろ」


 街守閣下からは注意と念押しがあったのだが、こうして俺たちはあの広い屋敷を手に入れた。

 あそこなら角猪を飼ってますと言っても通るだろう。普段はアイテムボックス内のフロアにいるのだが、周囲から厩舎内が見えないのでバレる心配もない。引っ越しも一瞬で終わる。






 その日のうちに金を払い、手続きを済ませた俺たちは外区へ帰ってきた。

 付け届けの威力は凄まじく、書類が作成されて承認されるまで、領主館内受付において最速で審査まで終えたらしい。本当にあっという間だった。

 全額を即金で支払ったのも大きいだろう。普通の人はそんな金を持ち歩かないからだ。


「ケンチ、この後はどうするのだ。引っ越しの必要は無いのだ。今の部屋は物も生活感も無い。鍵はもらったし移動だけだ」


「マーちゃん、この後はアパートの解約に、組合事務所まで行ってこなきゃならねえ。それにアッコワの兄貴には、マーちゃんを紹介しても良いかい?」


 今日はまだ時間もあるので、組合事務所まで行って手続きを終えてこようと提案した。


 ついでに、マーちゃんのことについては、話した方が良い時期かもしれないと聞いたところ「ユシュトル殿は出世しそうだ」との返事があって許可が出た。


 念話とマスク越しの小声で、会話を終えた俺たちは、組合事務所へ行って諸々もろもろの件の報告をしてこようとなったのだ。






「おめえ随分ずいぶんと羽振りが良くなったな。こういうもんが普通に出てきやがるたぁ、魔銀級ってのも名前だけじゃえ。今日は他にも話があんのか?」


 探索者組合の事務所の受付の一番奥には、久しぶりにアッコワ・ユシュトルの兄貴が座っていた。

 この御人おひとは本当に変な人物で、統括長というここで一番偉い立場になっても受付に座るし、家名が嫌いなものだから自分のことを名前で呼ばせているのだ。

 銀髪の下にある怜悧れいりな顔は、貴族的で整っている上に冷酷に見えるのに、言葉づかいは汚いし部下はめて伸ばすタイプなので、外見を裏切りまくっていることこの上無い。


 例によって2階の別室に通された俺は、アパートの鍵と一緒に金貨20枚も出した為、アッコワの兄貴からそういう台詞が出てきたというわけなのだ。


「実ぁ、頭に乗ってるトカゲのマーちゃんを紹介さしていただこうかと思いゃして。俺の運が向いて来たのぁマーちゃんのお陰なんでさぁ……」


 茶色いトカゲに化けたマーちゃんは、今も頭の上にいる。

 今の俺は秋になったということで、革の上下に着替えているのだが、ふんわりしたげ茶色のニット帽の上に、うちのトカゲ姉さんはモッチリと乗っていた。


「悪気はえんだが、弱い光の術をそのトカゲちゃんに当てようとしてな。さっきはそれをかき消された。おめえじゃなけりゃやったのぁマーちゃんだ。タダもんじゃねえな」


 どうやら、アッコワの兄貴はマーちゃんを試したらしい。俺は股間が冷えたが、マーちゃんは怒ってはいないようだった。


「アッコワ・ユシュトル殿だな。私はマンマデヒクという。マーちゃんと呼んでほしい。ケンチとはアイテムボックスを経由して出会ったのだ」


 マーちゃんはいつもの調子で挨拶すると、身体の色を青に戻し、葉っぱと光輪、翼と光を出して元の姿に戻った。



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