第47話 再び岩塩鉱

 マーちゃんと出会ってから110日目の今日は、6の月18日になる。もう夏も終わりに近づいてきて、最近は陽が落ちると涼しく過ごし易い。


 昼間も随分とマシになってきたというこんな日に、俺はうるし塗りの箱車に街守閣下を乗せて、2頭のツノ猪に引かれながら山を目指すという、非現実的な状況にあった。 

 ちなみに今着ているのは神官服で、俺自身は馭者ぎょしゃ台の上である。鼻と口を覆う白いマスクもして、頭の上に茶色いトカゲさんが乗っていることもあり、南門では本当に一言も話しかけられなかった。


 ご一行いっこうは、俺の箱車を含めて全部で12台になる。馬はおらず全部が猪車なのは意外だった。人間は34名いる。


 実はこれらは、トクシマティ商会の奴らが密輸に使っていた猪車と猪を没収した物なのだ。連中を捕獲した後のマーちゃんは、宿泊施設で動物たちの面倒をひそかにみていた。懐には入れなかったというわけだ。


 街守閣下が元々所有していた猪車もついて来ているので、ツノ猪の方は合計4頭になる。


 シランミッチネルとマヨタディオンについては、元から領主館内の厩舎に居たことになった。この辺は実に有耶無耶うやむやで、領主館側では俺が密かに持ち込んだ事になっているし、衛兵側では領主が何かして俺に持ってこさせたことになっているのだ。


 今後の事も考えると、俺は広い家を所有した方が良いのではないか、という気がしてくる。過度かど贅沢ぜいたく本意ほんいではないのだが、こういうことはマーちゃんに相談が必要だ。


「ケンチ、こいつは酒もこぼれないし、気分も悪くならんから最高だわい。教会には早いところ緩衝器かんしょうきの技術を売ってもらいたいのぅ」


 街守様はご機嫌だった。ゆっくり出来て、ディスプレイや窓からの景色も良く、ついでに酒と料理も出てきて、良い具合に酔ったら寝ることも出来るのだ。中にブチ抜きで置いてあるソファーは、人間を駄目にするフンワリ技術の成果だった。


「緩衝器の方はいつになるか分かりゃせんがね、何だったらどうにか出来るかもしれませんぜ。街守様の箱車の揺れを無くすぐれえなら、マーちゃんにお願いしてみちゃどうですかい?」


 俺は比較的小声で話しているので周囲には聞こえていない。街守様の声も、もちろん外部には漏れないようになっている。この会話は、小型集音マイクとイヤホンで行っているのだ。


「そうしてみよう。換わりに屋敷を要求されるかもしれんな。丁度、空き家になった所があるゆえ、あそこでどうにかならんかな?」


 ヒルマッカラン閣下の返答を聞いて少しあせった。先程まで同じことを考えていたのだ。


「あの屋敷は諸々もろもろの事の隠蔽いんぺいに使える。格安でゆずっていただけるなら、馬車の件は何とでも出来るのだ。どうだろうか?」


 マーちゃんは念話ではないが、イヤホンと車内スピーカーにだけ音声を流すという器用な真似まねで答えてくれた。


「街についての事件が終われば、どうとでもなるだろうな。その辺は任せておいてくれ」


 総督閣下は頼りになる御仁ごじんだけあって、屋敷の件は快く引き受けてくれた。

 閣下も歳ではあるが、マーちゃんの内臓治療と活性化薬『中年の力』により、健康になって寿命も相当に伸びたはずなのだ。この先10年は現役を続けていただかないと俺たちも困る。






 1日に55キロメートルという距離を猪車隊は進んだ。時速は10キロ以下なのだが、水と食料しか積んでいない上に乗っているのは3人しかいない。軽い分だけ、短い休憩で長い距離をのんびりと進めた。


「まさかケンチ殿がアイテムボックス持ちとは恐れ入った。本当に輸送に便利だな。我が隊には今のところおらんのだ」


 ここにきて、俺がアイテムボックスと鑑定を持っていることは、領主館側にも開示されることになった。

 珍しく俺を絶賛しているのは、護衛でついてきている伯爵家の下級騎士殿である。

 猪たちのエサや、皆んなが飲んでいる酒の提供を行っているというわけだ。


「そう言えば黒子さんも来てくれたのだな。商店街でお見かけするが、こう料理も上手いと引く手数多あまたであろう?」


 俺としては詐欺さぎにあった気分なのだが、黒子さんは街にそのままで溶け込んでいた。黒クモさんやダミノルさんの様に、姿を隠す必要も無いまま、黒子さんとして認知されてしまっているのだ。

 今は何をやっているかというと、一行いっこうの為に食事の用意の最中で、味の評判も良く、途中で3人ぐらいに増えても気にもされていなかった。昼間は俺の猪車の中で街守様の接待せったいをやっている。


「本当は内区に来てもらって、黒子さんにはウチで働いてもらいたいのだがな。ケンチ、何とかならんか?」


 紺のジャージ、白いヘアバンド、緑のエプロンで給仕きゅうじもしてくれる黒子さんのおかげで、一行いっこうのメンバーはこの山脈行きを大いに楽しんでいた。

 街守閣下も、普通に飲み食いを楽しんでいる。男ばっかりのここで、女性を連れてくれば良かったとか言い出さないのが凄い。


「俺でもどうにもなりませんぜ。こればっかりは勘弁してくだせぃ」


 そう返すのがやっと、という感じだ。


 その後は全員がテントで気持ち良く寝た。この辺の物を運んできた俺が、がたがられたのは珍しいことではあるが、不思議と悪い気はしなかった。

 業界ではずっとソロでやって来たのだ。こうして他の人間と街の外に出るのも、随分ずいぶんと久しぶりのことだった。


 そんな感じで、岩塩鉱にはあっという間に到着した。街からここまでは80キロメートルだが、ふもとから3キロメートルしかなく、斜面はゆるやかな為に猪車イノぐるまで進めたのだ。


「ここか、また大きくえぐれとるが赤塩(ピンクソルト)だな。これは随分と大きいのを見つけてくれたものよ。ここなら輸送も楽だ。ケンチ、お手柄だぞ」


 ヒルマッカラン閣下からの感想は、こちらの予想以上に良いものだった。

 マーちゃんとこの辺を掘ったのはわざとだ。何が出るか分からないままに、輸送について利便性が高い場所を適当に掘って当てたのである。


「そりゃあ何よりでさぁ。ここぁカニが出やがりますからね、そん時ぁ囚人どもをおとりにして逃げてくだせえ」


「なるほどな。それでは、後続の連中にも明るい色の服を着せておかねばな。誰がどうしたのか知らんが、出頭した奴らは良い色の服を着せられておったそうな」


 俺はそれとなく、あの朝陽色(オレンジ)の服について街守閣下に伝え、ヒルマッカラン閣下は素知らぬ顔でそれに答えてくれた。



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