第43話 内区衛兵隊本部

     ~衛兵たちの場合~


 内区とは都市の行政機能が集中する場所であり、どの街の内区も外区とは壁でへだてられて守られ、治安に関して特別な注意が払われる場所である。

 衛星都市ズットニテルの内区についても、他の都市の内区と比べて扱いに違いは無く、武装した一般人や探索者の様な荒事専門職の出入りを禁止し、許可の無い外区の者は誰も入れないようになっていた。


 最近では、正体不明の存在により、内区の治安体制がおびやかされる事件が起きたものの、怪我人や死者を出すこと無く、比較的すみやかにソレを終息させることは出来たのだ。

 致命的な問題はいまだに起きていない、というのが治安関係者の一致した意見であり、今のところ体制に問題は無いとされていたのである。


 それがひっくり返ったのは、教会暦805年6の月14日のことだった。


 内区への侵入経路は不明だが、明るい朝陽あさひ色(オレンジ色)の上下を着た男女9人が、内区衛兵隊本部に出頭してきたのだ。もちろん全員が非武装で、何故か服の胸に番号の書かれたふだが貼り付いていた。

 彼らと彼女らは、自分たちは全員がヤスケで、親分に命じられてここに来たことを話し出した。普通なら狂人の戯言たわごとで済まされるような話だが、連中の中に内区の役人と外区の女商人がいたこと、話の内容が今まで行って来た犯罪行為に関することだった為、全員が捕まった上で調査が行われることになったのである。


「エラベル・カモネといえば良い噂は聞かない女だ。連中はこそこそしてたが、こんな事をやっておったのだな。統括長、これはどういう扱いになりますか?」


 そう口火を切ったのは、都市の西側を担当するマルッキ・リアホー隊長だ。相手は上司であるキルーゾ・ボッサーリ衛兵統括長である。

 場所は内区衛兵隊本部の会議室で、東西南北の衛兵隊長の全員がここに集められた。その所為せいで妙な緊張感があったが、マルッキ・リアホーだけは、それの影響を受けない無責任他人事ひとごとバリアを持っていたのだ。


「私が北の担当であったら、ここまでになっていないだろうなぁ。何事にも兆候というものがあるのだよ。どんなに珍奇ちんきに見えても、陰謀の気配というのは、そうしたものではないのかね?」


 発言を求められていないにも関わらず、横から嫌味にしか聞こえない事を言ったのは、南地区担当のダーレン・ディオ・シオタイオ隊長だ。

 実のところ彼は、陰謀の芽を見つけることにかけては町内で一番であると、とある存在から認められる人物なのだが、普段の言動がいつもコレな所為せいで今回も全部を聞き流されていた。


「連中の事情聴取はすみやかに進んでおるのであろう? 女性のことをヤスケ009番とか呼ぶのは、やりにくいだろうがとにかく進めてくれ。宿泊施設と外区の屋敷、それから内区の家から証拠も出とる。問題は無いな」

 

 相手の規模がそこそこの大きさで、かなり巧妙に犯罪が行われていたのには全員が驚いた。それでも、容疑者と証拠が手に入り、現場も封鎖出来た今となっては、もっと上の判断にゆだねる段階になっている。

 ボッサーリ統括長はその点を強調した。彼にとっては、衛兵が1人も買収されていなかっただけでも朗報だった。


「連中は、何処から内区に入ったんでしょうな? 最初の出頭については、どうも不自然な点が多いような気がしてならんのですよ。2日間連続で起きた領主館内無力化事件ですが……」


 東地区担当のハマート・オヨイデンシャイゼ隊長は、そう言って今の不安をあらわにした。彼にしては珍しく弱気である。

 そして彼の発言は横からさえぎられることになった。


「さすがはオヨイデンシャイゼ隊長! アレはおそらく何かの実地試験だろう。煙幕や妙な円筒は、魔法兵器のたぐいではないかと私はにらんでいるのだよ! 死者が出なかったのは、我々を刺激しない為だろうね」


 オヨイデンシャイゼ隊長の発言は、シオタイオ隊長によってさえぎられた。

 シオタイオ隊長の話は、実に荒唐無稽こうとうむけいな説ではあるのだが、真実にかなり近いのだと知れれば言った本人が一番驚くに違いない。


「例の事件について気になるのであれば、調査は貴公がやってくれ。私の方は犯人どもからの聞き取りを進めておく。他に何か言いたい事があればここで言え」


 普段の発作が始まったシオタイオ隊長にそう告げたのは、今回の密輸事件でもっともショックを受けた、北地区担当の衛兵隊長であるテルモント・ラ・モーリ氏であった。


 結局のところ、彼を糾弾きゅうだんするような人間はここにはいなかった。全員が別に誰かを蹴落としたいわけではないのだ。協力体制というものが無ければ、街を守る仕事は覚束おぼつかないことも多いのである。

 





  ~テルモント・ラ・モーリの場合~


 北地区担当のモーリ隊長は、誰が見ても意気消沈しょうちんのていという風に見えた。会議室を出た後の彼は、衛兵隊本部の渡り廊下で黄昏たそがれている最中であるのだ。


 今回の事件は彼にとって不意打ちとも言うべき話だった。フタを開けて見れば、調べるにしても聴取にしても簡単に行くという状況であって、その事が自身を責めてしまう要因にもなっていたのだ。


「テルモントではないか!? そう気を落とすな。これからも頼りにしておるぞ。それにな、他領の貴族が主導しておるような犯罪なのだ。伯爵様から大公閣下にご相談いただかねばならん」


 内区衛兵本部には、珍しくヒルマッカラン総督そうとくが来ていた。総督そうとく街守がいしゅとも呼ばれ、このズットニテルと周辺の村を管理する上級騎士でもある。オーデン伯爵にとっては、直属の部下ということになるのだ。

 モーリ隊長をねぎらったのは、そういう立場の人物であった。


「こりゃモーリの旦那じゃねえですか。お勤めお疲れ様です。お忘れかもしれゃせんが、ケンチでさぁ。今日は岩塩鉱山の件でお邪魔しとります」


 衛兵本部の渡り廊下で、モーリ隊長に話しかけたのは総督閣下だけではない。探索者をやっている、ケンチという男までもがここに来ていたのだ。

 モーリ隊長はこの男が嫌いというわけではない。お調子者のようなところもあるが、孤児院の子供達を気にかけ、施療院でもたまに働くケンチをひそかに認めていた。


「街守閣下、お気づかい痛み入ります。

ケンチの方は久しぶりだな。妙な生き物を頭に乗せておるが、そいつは山の方で拾ってきたのか?」


 モーリ隊長が気になったのは、ケンチが頭上に丸くえた感じのトカゲを乗せていたことだ。胴体が60センチぐらいの茶色いトカゲなのだが、顔も丸いので愛嬌あいきょうのようなものまで感じられた。


「この子はマーちゃんっていいましてね。山脈で出会ってからこの通りでして。幸運のお守りみてえなもんですよ」


 ケンチの返事に対して、モーリ隊長はこの男が生き物を飼うということに意外な思いがした。

 また不思議なことではあるのだが、モーリ隊長は先ほどから、トカゲのマーちゃんに観察されているような気がして仕方がないのである。



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※連載再開しましたのでよろしくお願いいたします。

『俺が吹き飛ぶと桶屋がもうかる』

https://kakuyomu.jp/works/16818093086338069196

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