第42話 捕獲

    ~犯罪組織のボスの場合~


 都市ズットニテルの外区北側にある事務所兼屋敷の中には、エラベルとムレルヴァ以外の人間がいなくなってしまった。上階には、ヌーラネイト・キトルデンハイム氏の死体があるだけだ。


 イーナがもしこの場にいれば、彼女達は即座に屋敷から脱出していただろう。だがイーナはこの場に居らず、エラベル・カモネはどうやって逃走の時期を決定するか迷っていたのだ。

 彼女達は、同じような境遇きょうぐうからこの仕事を始め、気がつけばそろって35歳だった。

 アホの様な男につかえるのは耐えがたいと思っていたが、別の仕事をしてもアホにかれるのは変わらないことが分かって、お互いに笑いあったのも良い思い出になっていた。


「イーナが帰って来ない。こういうことは言いたかないけどさ、ここから逃げるよ、ムレルヴァ。地下に行って、西側に続いてる例の通路を使うんだ。いいね?」


 エラベルは、感傷かんしょうひたっている場合ではないと分かっていた。このままでは仲良く外壁からブラ下がるか、または鉱山で死ぬまで働くかのどちらかだ。

 

「まさか、イーナとここで別れるとは思いませんでした。強くなっても、自分より弱い者を引っぱたくだけだって、イーナはそう言ってました……エラベル様は逃げて下さい。私は残ってイーナを探します」


 ここに来て、ムレルヴァはそんなことを言って返した。ロビーに残るというのだ。

 エラベル自身は、その行為を馬鹿のやることだと思ったが、彼女にそれをあきらめさせるのは無理だと考えなおした。


「そういうことなら止めないよ。アタシはそういうのは無理だから、ここから逃げさせてもらうよ。じゃあね……」


 エラベルはそう言うと、地下室の方向へ身体を向けた。


 イーナは強い者が弱い者をたたくことについて、自身は罪悪感を感じていると言う。ムレルヴァもそうなのだろう。それは自分達がそういう目にあってきたからだ、とエラベルには思われた。


 エラベル自身もそういう目にあったが、それはその行為が社会に容認されているからだと、彼女自身は思うのである。自分が同じことをやったからといって、それが責められる方が間違っているのだと彼女は思った。


 今回は自分がやり方を間違えた、というのがエラベルの感想だった。ほとんどの者が正しいやり方で、自分と同じことをしているのだというのが彼女の主張なのである。


 セトゥス・サヌーキ・トクシマティが、以前からずっとエラベルに感じていた気味の悪さの正体はこれだった。

 こういった近視眼きんしがん的な自己肯定は、悪いことをやっている自覚のある人間から見ると、違和感しか感じないものなのだ。


 エラベルが地下室の方向へ身体を向けてから、彼女には長い時間が経った様に感じられたが、実際には少しの間であったらしい。


 凄まじい音と同時に、玄関の左側の扉が吹き飛んできてムレルヴァをつぶしたのは、エラベルがロビーから屋敷の地下室の入り口に引っ込むよりも早かった。


「うむ。ひのきの棒ペネトレイションはこういう時こそなのだ。家屋かおくに対するダメージも過度なのはいかん」


 ムレルヴァがつぶされたまま起きないのを見た後で、エラベルの耳に届いたのはそんな声と意見だ。

 そうのたまうアルトボイスのぬしにとって、適度とは何か問いたい内容なのだが、ここには文句を言えそうな存在が1人も居なかった。


「マーちゃん、見た感じ中にゃ2人しかいねえぜ。1人はもう駄目だ。鍵を開けて入るんじゃいけねえのかぃ? 外から透視してよ、扉の近くに誰もいねえのも分かってたろぃ」


 先ほどの妙な意見に抗議したのは、がらの悪そうな田舎なまりの声だった。内容が真っ当に聞こえるのが、逆に口調の印象のひどさを増していた。


「ケンチ、透視を信用し過ぎるのは良くないのだ。相手の欺瞞ぎまん技術の方がまさっていた場合には、手痛い反撃を受けることになるだろうな。ところで目的の女性はどちらなのだ?」


 最初のアルトボイスは、続く真っ当な主張に対して、過度な用心深さで応じた様にエラベルには聞こえた。そんなことが出来る奴がいたら、自分の側近にしているに違いないと思ったのである。


「ボスは黒髪って聞いたが、どっちも黒髪で美人だ。両方とも顔色がわりいしよ。探索者でもねえのに旅装ときたか。あっちも一般人じゃねえな」


 田舎なまりな破落戸ごろつき口調の指摘は正しいのだが、緊張感というものが全くなかった。

 アレだけ大きい音を出して扉を破壊しているというのに、人が集まって来ることも、相手が抗議することも気にしていない様に見える。


「では遠慮する必要もないな。後で聞けばハッキリすることだ。あの女性が最後の1人なのだ。上階で死んでいた男も蘇生した。弥助001番を含めて147人になるのだ」


 先ほどから会話している2人組だが、全く姿が見えないのに声だけが聞こえることに、エラベルは得体の知れない何かを感じた。そして今話されているのは、キトルデンハイムと自分のことだと理解も出来た。


「あんた達、何者だか知らないけどね、金が欲しいならあげるから。アタシを見逃してくれないかい? アタシだけで良いから」


 エラベルは、自分の声が震えていないことに少しだけ満足した。

 そして正規の人間とは思えないやり口に、こいつらも裏の人間ではないかと彼女は思ったのである。積める金は全部出して、自分だけは逃げようというのが彼女の出した答えだった。


「姉さん、あんたがエラベル・カモネだな。噂通りの女だ。俺たちが今回集めてるのぁ人間だ。金じゃねえ。人間も山とか畑で取れたら、そっちから収穫した方が良いたぁ思ってんだ」


 そのがらの悪い声に続いて、エラベルはようやく相手の姿を視認することが出来た。

 声のぬしは背の高い男だ。目付きは鋭く悪く、顔は鼻と口を白い顔覆いマスクに隠されていたが、服は灰色と紺色の簡素な上下を着ている。茶色い髪の頭の上に丸っこい同じ色のトカゲを乗せているのが異様だった。


 この男は今まで何処に居たのか、武器を携帯していないのは何故か、頭上の茶色くて太っているかざり気の無いトカゲは何か、全部を合わせると非日常的と言うべき男だ。

 そんな男は、エラベルから3メートルしか離れていなかった。


「人なんか集めて何するつもりなんだい? 隣の国の奴で、研究に使ってるのがいるけどさ。アンタらもごどうぎょファガァッ!」


 エラベルは必死になって話している最中だったが、目の前の破落戸ごろつきの様な男は、御構おかまい無しにこぶしを彼女の顔面にめり込ませた。



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※連載再開しましたのでよろしくお願いいたします。

『俺が吹き飛ぶと桶屋がもうかる』

https://kakuyomu.jp/works/16818093086338069196

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