第40話 宿泊施設

    ~街の犯罪組織の場合~


「あいつら本当に遅えな。何やってるか知らねえけどよ、予定ぐれえは守れっての」


 そうつぶやいたのは、この宿泊施設を管理している破落戸ごろつきだ。名をサメトルという。


 予定ではもうここに到着しているはずの、トクシマティ商会の12台の猪車は、今のところ1台も到着していなかった。今日は6の月の10日なのだ。


 サメトルは、この北側壁外にある宿泊施設を管理してもう5年になる。


 明確な名前もない彼らの組織は、街の壁の外に並ぶ宿泊所のひとつを偶然にも手に入れることが出来た。それ自体は運が良かっただけで、取り引きの内容としては本当に合法だったのだ。


 購入した広い宿泊施設の真下に、使用されていない下水道の跡を見つけたのもやはり偶然だった。外壁の下を通るそこを埋めたり補強したりして、新しい商売をやろうと考えたのは彼らの女ボスである。


 彼らの女ボスであるエラベル・カモネは、別の領地にいるもっと上の人間の了承を得てから、違法物品と不幸な人間の輸送をここで始めたのだ。

 禁制品については、生物由来の爆薬と毒物から遺跡の出土品や古物にいたるまで何でもあった。麻薬に手を出すと教会と政府につぶされるので、それは避けただけで、他についてはやりたい放題だったのだ。


「そう言うなよサメトル。別によぅ、今日の夕方とか夜とか、明日だって良いじゃねえかよぅ。バレなきゃ良いんだろ? なっ?」


 サメトルのイライラは完全に顔に出ていたのだろう。彼をなだめにかかったのは、同僚のバンジージョだ。


 バンジージョは気がついていなかったが、サメトルの方は、あのセトゥス・サヌーキ・トクシマティが自分たちを内心で馬鹿にしていることに気がついていた。イライラの原因はそれだ。


 サメトルがここに居るのは、彼自身がじ気づいて17歳の若さで探索者を辞めたからであり、そういったことを見透かされているようなのは、彼にとって非常に気にくわないことだったのだ。


「案外よぅ、大サソリかガーンモーか、ハーンペンにでも殺られてくたばったのかもしれねえな。そうなったら代わりの奴を探さねえといけねえ」


 サメトルは、商用街道にも危険な生物が出ることを知っていた。しかもそれは年によって頻度ひんどが変わるのが常識で、一般にはあまり知られていないことなのだ。

 探索者業界や政府関係になると、この手の話が多いのであるが、輸送がとどこおっても困るので、知る人ぞ知るという情報になっているのである。


「そうなったら、俺たちが代わりにやらされるかもしれねえぞ。滅多なこと言うなよ、サメトル。何の為に探索者を辞めたかわからねえじゃねえか」


 サメトルにそう言うバンジージョも、探索者業界を早々にリタイヤした人間だ。彼らが比較的に親しいのはそういう理由で、バンジージョがことなかれ主義なのもそういう理由からだった。


「今回は、運んで来るもんも、こっから持っていくもんも、不味いもんは何もえんだ。もうけなんか少ねえんだから、俺ぁ早くしてもらいてえだけだぜ」


 サメトルは吐き捨てる様に言った。街の何処かで、自分と同じ裏側にいる人間を小突き回している方がずっとマシだと思ったのだ。


「俺はこうして、旅館のロビーでゆっくりしてる方が良いね。ここは俺たちの旅館だし、関係え客は来ねえし、これで金がもらえるなら言うこたぁえじゃねえか」


 バンジージョの言う通り、ここには一般の客は宿泊しない。トクシマティ商会専用の宿屋ということになっているのである。

 ここには街に入らない商隊の為の宿泊施設が多く、東側にも宿泊施設があることもあって、これでも全く問題にならないのだった。


「ところで、他の奴らはどうしたんだよ? もう掃除だって終わったしよ、飯か何か食ってんのか? 誰もいねえじゃねえか」


 サメトルはようやく、ここに居るはずの他の構成員が姿を見せないことに気がついた。彼とバンジージョを含めて、ここには40人程が来ているのだ。受けとる荷物の運送を担当する者たちだった。商隊が来ない間は交代で10人ほどである。


「多分食堂の方じゃねえかな。静かだけど、あいつらも話すことなんかあんましえんじゃねえか? 待っててくれ。俺が呼んでくるからよ」


 バンジージョは、サメトルにそう声をかけると、食堂まで他のメンバーを探しに出かけた。






     ~交易商人の場合~


「なんだあんた。新人か? 最近じゃあ新しい奴も入らないって聞いてたが、そうでもないんだな……」


 セトゥス・サヌーキ・トクシマティの一行が都市ズットニテルの北側宿泊所に到着したのは、6の月10日の夕方も過ぎた後のことだ。

 車輪の脱落の後は、セトゥスの腹心であるマルカーメル・イェッヒメンのお守りの笛が縦に2つに割れ、モジョと呼ばれる生き物(カピバラ似の生物)に、北門の近くでズボンのすそを引かれたものの、何とかここまでたどり着いたのだ。

 モジョだけは幸運を呼ぶと言われる生き物なので、赤棒(ニンジン)を1本やってお帰り願ったのは不運を避ける意味もあった。


「ヘッヘッへ~。旦那だんなもお疲れ様でござんすねぇ。あっしぁカンチってんでさぁ。娼館の前で用心棒どもとケンカしてましてね。そしたら、スマッキオの兄貴からうちに来ねえかって誘われまして」


 セトゥスを出迎えたのは、妙に愛想の良いまだ若い破落戸ごろつきだった。顔にはケンカっぱやいアホですと書いてあるのだが、珍しいことにセトゥスはこの男が気に入った。


「変わった奴だな。ここに居る連中はイジけたようなのばっかりだが、お前さんは違う匂いがする。カンチって言ったな。商隊の方で働かないか?」

 

 セトゥスはそうカンチに声をかけた。丁度隊員も減ったし、こういう手垢が付いて無さそうな男も良いかもしれないと思ったのだ。


「そう言っていただけると、本当はありがたいんですがね。俺もカモネさんから、ここで働けって言われちまってんでさぁ。 オイッ誰か! 旦那だんなたちに茶を持ってきてくれねえか?」


 カンチは紺色のゆるいズボンに、夏らしく濃い灰色の半袖を着た男だった。背はセトゥスよりも少し高いし、全体的に筋肉質でもあり、村から出てきて倉庫街の方で肉体労働でもやっていたのだろう。

 しかもカンチは意外に気の利く人間で、セトゥス達に隔意かくいも持っていなかった。次からサメトルは辞めてもらい、この男にしてほしいと、その場にいる商隊の全員が思ったのである。


 妙に姿勢が良く、キビキビと動く組織の構成員たちが冷たいお茶を持ってきたので、セトゥスたち密輸商隊の機嫌は益々ますます良くなったのだった。



====================


※今日のネタバレ

◎セトゥス・サヌーキ・トクシマティ

瀬戸大橋→讃岐さぬき→徳島 


◎マルカーメル・イェッヒメン

香川県の丸亀まるかめ愛媛えひめ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る