第38話 完全に弥助《ヤスケ》

 6の月9日の午後も半ばのこと。

 俺たちは内区からアパートに帰るや、フロアに捕まっているスマッキオの様子を見てみることにした。

 あんな奴でも犯罪組織の一員なのだ。相手の反応は大したものではないだろうが、衛兵か通行人の誰かの口から、今朝の様子が知れないという保証も無い。


 黒クモさん達は第2ローテーションと交代して、40体が外区北側にある連中の事務所と、外壁のさらに外にある密輸用の拠点、俺のアパートから相手の事務所までの街路を監視してくれることになった。


「それでマーちゃん。スマッキオの奴はどうしてる? 奴からは何か聞けたかい?」


 うちのヘキサデカコア姉さんは、マルチタスクで色々とこちらの処理もやっている。もう何か分かったかもしれないのだ。


「スマッキオ氏だが、もう聞けることは聞いて、遺跡で発見された衝撃波投射砲の的になってもらったのだ。二度寝さんの二度寝アイも浴びた。何でも話すが何も出来ないかもしれん」


 うちのアウシュヴィッツ姉さんの話では、スマッキオの奴は兵器の威力測定に使われた後で、恐怖の廃人化光線を浴びたらしい。


 衝撃波投射砲は、ハーケンケイムという遺跡の守護者の装備で、衝撃波だけを相手に浴びせる新装備だった。俺たちはこれを全部もらって来たが、対人実験が行えないので威力のほどは不明な点があったのだ。

 最低威力で、距離ごとにダメージ測定する為の標的が、向こうからやって来てくれたのは本当に助かった。

 奴は1回の蘇生処置を受けて、再度使用されたとのことだ。


 また、うちの二度寝さんの固定無力化兵器については効果が激烈過ぎて、これも普通に使えなかった為に、奴に浴びてもらって、こちらの世界の人間に対する影響を調べたらしい。


「彼らがやっていたことは3つだ。密輸は知っていると思う。後は他領からの流民を使って違法に利益を得ていた。それと養子縁組みの仲介だな。子供の人身売買だ」


 マーちゃんの話を聞いた最初の頃は、ちょっとやり過ぎではないかと思ったのだが、スマッキオの奴がしゃべった内容は死罪一直線というものだった。


 密輸は関税をちょろまかす程度だが、量が増えるとこれもバカにならない。

 北側と東側の場合、外壁の外にも旅館というものはあって、連中は北側のその1つを丸っと購入して手を加え、地下から街内に物を運び込んでいた。門を通さないわけだ。

 他より安いからすぐにさばけるし、客は普通の商人だから口も固いに違いない。


 また、流民についてだが、これはオーデン伯領以外の地域から来た貧民で、領地から逃げた所為せいで正規の移動用身分証を持ってない奴だ。

 田舎村出身の元クソガキが言うのも何なのだが、当時15歳の俺ですら持っていたような物を持っていない時点で、そいつらも怪しい人間ではあるだろう。

 公国では、もし農業が合わなければ、役所から街の仕事を紹介してもらえる。最初の仕事が合わない場合には、別の仕事が紹介されるのだ。6回転職して落ち着いた奴を俺は知っている。

 流民は、その制度を利用しても生活が安定しない人達ということだ。

 独身者でもあるので、脅してこき使ってもバレにくい。使えなくて始末された奴もいそうだ。

 流民たちの身分証の方は、内区の協力者が用意しているとのことだった。


 最後の養子縁組の仲介なのだが、これは子供のいない家庭に、出来の良い子を紹介して金をもらう。公国の法律では、養子縁組は仲介者が存在してはいけないことになっているのにだ。

 孤児を誘拐すると教会に潰されるので、農村や街にいる親から買うものと思われる。


 建国初期のような開拓の時代は終わったのだ。一般人にとって、ドラゴンや他の大型生物は娯楽になり、他国の侵略の脅威は他所よその話になってきている。


 中央集権化と法整備が進んで、道徳教育というのも始まってはいるが、こういう現実は無くなったりしないものらしい。


「そんなことをやってやがったのかぃ。マーちゃん、そいつらを捕まえてくるのぁ良いんだ。どうやって素直にしたんだい?」


 スマッキオにしてもペラペラしゃべり過ぎだろう。うちのブレインコントロール姉さんの秘策というのを聞いておきたい。


「今回はこれを使った。健康ドリンク『完全に弥助ヤスケ』だ。これを飲むと劇的に健康になるのだ。弥助ヤスケになってしまうがな」


 マーちゃんの出してきたドリンクは、健康という意味からはほど遠いあやしさのただよう代物だった。


 対象者は弥助ヤスケになってしまうと、自分の面倒をみてくれる親分に従順になり、何でもやるようになるそうだ。もちろん、どんな事でもしゃべるだろう。


「親ビン、親ビンは何処ですかい? た、助けてくだせえ……。殺った奴らが俺に怨み言を言いに来やがるんでさぁ……」


 そこへくだんのスマッキオがやって来た。


 何ザイトか前に会ったはずのスマッキオは、悲惨を絵に描いた様な変わり方だった。顔中に涙の跡があって、オレンジ色のジャージの上下を着ていた。ツナギではない。

 マーちゃんの前までよろけながら歩いて来ると、フロアの土の地面に崩れ折れて、自分の目の前に現れる幻覚について訴え始めた。


弥助ヤスケ001番ではないか。心配する事は何も無いのだ。何か言われても、聞こえていない振りをすれば、何もしてこないだろう。お茶でも飲んで落ち着くのだ」


 この時のマーちゃんの慈愛に満ちたアルトボイスを、俺は一生忘れないだろうと思う。そう考えた後で、慣れることはあるかもしれないと思い直しはした。


 どうやら、スマッキオという男は消えたようだ。奴は弥助ヤスケ001番で、うちの洗脳ドリンク姉さんに完全になついていた。


「ウヒヒヒヒ。親ビン、すいやせん。あっしは何だってやりますぜぇ……。ヒエッ来るんじゃねえ! 死にたくねえぇぇ!」


 死ぬのが怖いというコイツは、既に一度は死んだ事をおぼえていないに違いない。

 そして、身体の傷は完全に治ろうとも、二度寝アイの脳に対する影響の方は欠片も消えていなかった。


「マーちゃん、あんまし言いたかねえんだがよ。データが取れたら、そいつは静かにならねえかな? 岩塩鉱山で働いてもらうんだって良いんだ」


 取りあえず、うちのトカゲ姉さんにはお願いしてみた。


「ヒルマッカラン殿に聞いてみよう。あそこで働く犯罪奴隷は多い方が良いだろうしな。反乱の心配が無くて、カニに食われても痛くない者を200名は確保せねばならんかもしれん」


 そう言えば俺たちは、鉱山で働く連中の確保にも、協力しないといけないかもしれないのだった。



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