第37話 街守

「こうやってても仕方がねえ。マーちゃん、隠蔽いんぺいを解除してくれ。スーちゃんはその書類を持って、そのまま挨拶で頼むぜ」


 ここでグズグズしていても仕様がないと覚悟を決める。俺たちは思いきってバルコニーから執務室内へ入った。


「街守閣下、スーラネオラです。お忙しいところお邪魔してごめんなさい」


 スーちゃんの声は念話の時と変わっていない。マーちゃんも、出来るだけ同じ風に聞こえるよう作ったらしいのだ。


「おい、お前ら何者だ!? スーちゃんだって? 声は似てるな。持ってる書類は……ひょっとして俺が書いたヤツか?」


 うちの街守様の声は意外と渋かった。取りあえず落ち着いてもらわねば。

 夏だし、式典も何も無いからだろう。街守閣下は半袖の、普通の騎士が着るようなシャツとズボンに、足元は何とスリッパだった。


「いきなり来ちまってすいゃせん。俺ぁ探索者をやっとりますケンチってもんです。今日は、スーちゃんは人に化けて伺った次第でして……」


 歯切れが悪いことこの上ないが、他に言いようがない。正直に話した。もちろんマスクは外してある。


「ああ……お前さんが行き倒れか? 山で岩塩鉱を見つけたんだってな。さっき補佐司教まで来たぜ。お前さんが案内するって。その様子じゃ、ダミノルさんのことも知ってんだな」


 総督閣下は何とか落ち着いてくれた様に見えた。意外ときもの座った御人おひとだ。

 今はスーちゃんの渡した面会許可証をしげしげと眺めながら、俺とスーちゃんのことを交互に見ている。

 そして俺は、内区でも同じあだ名で呼ばれた。有名人になったつもりはなかったと言いたい。


「ケンチとは山脈で会ったの。それで街に付いてきたわけ。ダミノルさんの上司で、マーちゃんって名前なんだけど、そっちも紹介するわね」


 それからの俺たちは、どうやって出会ったか、誰が何を知っているかということを全部話した。スーちゃんの件は教会もまだ知らないのだ。政府側の責任者でも、1人ぐらいは知っている人が居てくれても良いかもしれないと思ったのだ。


 街守がいしゅオルド・ロムル・ヒルマッカラン閣下は黙って聞いてくれていた。

 差し出されたワイン4本は1本を残して、残りは机の隠し棚に静かに仕舞しまわれた。仕舞う最中でも、こちらから視線を外さないのは流石さすがだった。


「ケンチ。お前さん、凄いことになってるじゃないか。そのマーちゃんを紹介してもらう前に一杯やらせてくれ。ちょっと落ち着かねえとわしが危ない」


 そう言いながら街守様は、いつの間にか取り出したグラスでワインをあおった。いつでも飲める様になっているのだろう。それに何となく調子が良さそうだ。


「そろそろ良いかな? 初めまして、ヒルマッカラン殿。私はマンマデヒクという。マーちゃんと呼んでほしい。貴方に会いに来たのは、お願いを聞いてもらいたいからなのだ」


 マーちゃんは、街守様が飲み終わった段階で姿を現した。そこからはいつもの挨拶だ。

 身体は光を放っていて、全点灯という感じだったので、掃き出し窓のカーテンは閉めさせてもらうことにする。


殴打オーダ御使みつかいよ。初めてお目にかかる。街守のヒルマッカランだ。へへへへッ、ハハハッハッハ。すまない。笑えてきた」


 少しショックが強かったかもしれない。人は強いストレスを受けると、逆に笑いたくなることがあるのだ。

 マーちゃんの方も、そこは分かったのだろうと思う。頭の光輪を寄せて、治癒の力を使うつもりのようだ。さらには小瓶を出してきた。あれは奇跡の活性化薬と言われた『中年の力』だ。


「診たところでは内臓が弱っておられるようだな。治しておこう。それから、これを飲めば多少は体力が戻るだろう」


 マーちゃんはそう言いながら、街守がいしゅであり総督そうとくとも呼ばれるおっさんの世話を始めてしまった。

 もし、マーちゃんと繋がるのが俺の能力スキルでなかったとしても、うちのトカゲ姉さんはきっと上手くやれたに違いない。


「ふぅ……。久しぶりにスッキリした。ありがとうマーちゃん。それに旨い果実酒や蒸留酒を造るんだな。わしもな、そんな相手は味方になってほしいところよ。何を望まれる?」


 ここまではありがたいことに良い流れだ。ヒルマッカラン閣下も、ご機嫌のように見える。


「実ぁ俺とスーちゃんに、正規の通行許可証を発行していただきてぇだけでして。内区に来れりゃ良いんです」


 俺からは、単純なことをお願いしてみた。本当にこれだけなのだ。後はこちらの事を秘密にしておいてくれたら良い。


「私は人の暮らしのことが知りたいから、ここに来たいだけなの。不味いことは、他所よそに教えたりはしないわよ」


 スーちゃんも、多くを望んでいるわけではないのだ。


「私はケンチがここに来れるなら、時々は顔を出せると思う。もちろんお土産みやげ付きでだ。損な話ではないと思うぞ」


 この件の主体はマーちゃんだろう。人が望むのは、うちのスーパードクター姉さんの奇跡なのだ。街守様は今、それを体験している最中なのではと思われる。


「本当にそれだけなんだな。分かった。この街に何かやるつもりなら、ここはとっくに灰になってるだろう? それにわしにこんな物をくれたり、身体の調子を良くしてくれたりもしないだろうな」


 街守閣下は目を閉じて、何やら染々しみじみとそう答えた。

 

 その後で、俺たちは階下の受付に連れて行ってもらい、正式な通行許可証を発行してもらうことになった。


「何処からいつお入りになったか、本当に誰も覚えてないんですがね。閣下、困りますよこういうことは」


 目の前を通り過ぎたおぼえが無い人間が2人もいて、事務方の人には不審者のように見られたが仕方がない。


「そこはな、裏口から適当に入ってもらったんだ。良いじゃねえか。ケンチは今日の面談の関係者だ。補佐司教が来ただろ?」


 街守様が適当に押しきってくれて、そこはそれで収まった。

 

 通行許可証の方は、こうして2人分が正式に発行されたのである。


「もちろん、マーちゃん達のことは秘密にしておく。後で仕事の依頼をするかもしれないから、その時はよろしく頼むぞ」


 街守様からは、辞去じきょする際にそう言われてしまった。この辺は仕方がないだろう。


 内区の件も片付いたので、今度は外区に戻ってカモネ一家いっかの件を何とかしないといけない。



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