第36話 黄金の通行許可証

 スマッキオの奴をフロアの何処かにぶちこんでからしばらく後のこと。

 内区の監視に動いてもらっている黒クモさんから、教会の馬車が領主館を出たという知らせが入った。これでやっと動けそうだ。


「こんなに買ってもらっちゃって良いのかしら? これって着る機会があると良いんだけど」


 待っている間については、スーちゃんにそれなりの服を買ってもらうことにした。


 高級服店に興味を示した、うちのブティック姉さんの希望により、スーちゃんは金貨1枚銀貨40枚分の女性服を購入する結果になったのだ。大雑把に日本円に換算すると280万円分ということになる。

 出来上がりを待たないことについては、スーちゃんの義体が標準的な体型で作られていたことも大きい。サイズの丁度良い服が大量にあった。

 礼服を始め、購入したおしゃれ服については、人力車の後部に積む振りをして全部をフロアへ突っ込んだ。

 ここの縫製ほうせい技術については、後でマーちゃんが調べて記録を取るのだろう。


 内壁の西門から教会の馬車が出て来る頃には、俺たちは衛兵詰所の近くまで寄って、馬車から見咎みとがめられない様に顔を伏せて待っていた。ここで見つかって話しかけられても面倒なのだ。それで何とかやり過ごすことは出来た。


「こりゃリアホーの旦那じゃねえですか。内壁の方にいらっしゃるたぁ、俺もついてるってもんで。実ぁ、こちらのご婦人の付き添いを認めちゃもらえませんかね?」


 マルッキ・リアホー隊長は、実に面白くなさそうな顔をしていたが、今は街中でも外壁でもなくこちらに居てくれた。とにかく挨拶からだ。


「ケンチではないか。こちらのご婦人は、スーラネオラさんというのか。これは面会許可証か……久しぶりに見たな。本物のようだ」


 リアホー隊長には、スーちゃんの面会許可証と一緒に、偽造身分証も渡した。つまりスーちゃんは、俺と同じ村の出身者ということになったのだ。

 この手の偽造は、技術的にも民間ではもちろん出来ない。だがマーちゃんなら余裕なのである。

 リアホー隊長はアホだが、仕事が出来ないアホではない。仕事が出来るアホなのだ。


「実ぁご婦人をお運びするのに、今回はこういう乗り物を使ってゃしてね。乗り物と俺も入れていただけねえか、ご相談した次第でして。もちろん武器ぁ持ってねえですぜ」


 俺はそう言いながら、リアホー隊長の手に金貨を1枚乗せた。この人の良いところは、受け取り易い様にもう一方の手も出ているところなのだ。


「なんだ、ケンチ。通行許可証を持っておるなら、もっと早くだせ。これはまぶしさから見て本物だな。ご婦人を歩かせるわけにもいかん。通って良し!」


 とまぁこういった次第で、俺たちはすんなりと内壁の西門を通って内区へと入ることが出来た。

 入門記録は取られたが、出る時にまたここを通れば問題はない。






「ケンチ、この後はどうするのだ? 転移の術で移動してしまうか、このまま大通りを進んで正面から入るかだが……」


 頭上の透明化マーちゃんからは、そんな質問が飛んできた。

 内区の大通りは、中心の領主館から放射状に8方向へ延びている。外区の場合は、街を周る円状なのでずいぶんと違う。中心までの距離は1キロぐらいになっている。

 この街の直径は約4キロメートルで、内区の直径が約2キロメートルというわけだ。


 そんなわけなので、目立つのを覚悟で1キロを進むか、人気の無い脇道にれて魔法で飛ぶかを選ばないとならない。


「始めっからそでの下がきそうな知り合いが居ねえ。最初は直接飛んで行こうと思ってんだ」


 方針が決まれば早いわけで、俺たちは人気の無い街路に入ってから、転移の術で領主館の奥庭まで飛んだ。


 人力車をアイテムボックスに戻してから、コの字型の館の内側に面した庭をそろそろと歩く。

 出た場所は一番奥に近い場所で、大きい木の陰になってはいたが見つかりそうだ。今は昼間なのだった。


「閣下の部屋はここの2階なの。降りるのが楽ですぐに逃げられるからですって。玄関口にも近いし」


 意外にも剛毅ごうきな男の執務室は、玄関口の受付の真上だった。

 その所為せいかこちら側の窓には全部にカーテンがかかっていたが、早いところバルコニーにでも上がらないと、本当に見つかりそうだった。


「こいつは駄目だ。姿を隠す方法が無きゃ、この経路は行けねえぜ。隠蔽いんぺいってのぁ、遮蔽しゃへい物がえと見破られる時があんだよ。何とかならねえかな?」


 ここに至って、うちのシャドウハイド姉さんにお願いしてみた。


「それなら、もう姿隠しをかけてあるぞ。今のうちに上階にあがってしまおう」


 さすがにこういう時のマーちゃんは早い。正直に言って助かった俺は、空歩の術で上階のバルコニーへと上がった。俺以外の2人は普通に浮いて移動している。こっちの術とは性能が段違いだ。


 カーテンを開け放っているバルコニーから部屋の中を見ると、うちの組合長とさして変わらない年齢の人物が書類仕事をしていた。

 もう髪もヒゲも銀色で、禿げてないのは奇跡の様なものだが、ストレスをめない秘訣ひけつは適度なサボりってヤツだろうと思う。


 今回の目的の人物、オルド・ロムル・ヒルマッカラン街守閣下は目の前にいる。

 今回は、どうやって切り出したものか、俺はしばらく考えてしまった。


「マーちゃん、取りあえずはワインか何か出してもらえねえかな。庭にいるモニョルミン達に、ワインを取られたって言ってたよな」


 まず手土産は必要だろう。これはマーちゃんに頼むしかない。小声で聞いてみた。


「庭に2つの士族が住んでるという小人のことだな。文字を理解する知性のあるアリだとか聞いた。いつか会ってみたい。ワインの方は任せろ」


 マーちゃんからの返事は念話だ。毎度のことながら頼もしい。


 ちなみにいつぞやの珍事件で、ここの庭に住んでいる小人が話題になったことがあるのだが、連中はモニョルミンと呼ばれる種族なのだ。昆虫のアリにそっくりで、10センチしかないが、人間の文字を理解する知性を有している。


「前回書いてもらった、コレを見せるしか無いんじゃないかしら? それなら私だって分かってもらえると思うわ」


 スーちゃんからは念話でそういう意見があって、結局のところはそれで行くしかないということになった。騒がれないと良いが、大丈夫なんだろうか。



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