第35話 街のゴミ

 そういうわけで、この6の月9日の今日は朝の日課を終わらせ、準備をしてすぐにアパートから出た。

 もちろん、人力車『ブーケタン送迎そうげい車』にスーちゃんの人型義体を乗せている。人力車を引いてるのは俺だ。


 今日の俺は夏の定番の格好である、紺のジャージパンツに濃い灰色のTシャツ、頭に白いヘアバンドに、鼻と口を覆う為の白いマスクだ。

 今日は内区に入る為、武器のたぐいは一切いっさい身につけてない。


「スーラネオラ・キーテネイダ先生。乗り心地ぁいかがですかぃ? 意外にれるとか、あったら言ってくだせぇよ」


 今日はスーちゃんが、人型義体を初めて外で使う日でもある。龍の本体は、フロア内の大空洞作業用ポッドの中に居て、寝てる様な感じになっているらしい。

 一応は名前の方も考えられていて、スーラネオラ・キーテネイダという北部人の様なものになっていた。金髪に緑目で身長が175センチなのもそれっぽい。


「これはこれで良いわね。景色がゆっくり流れて行くし、屋根付きで座り心地も良いから意外と流行るんじゃないかしら」


 などと言うスーちゃんは、今日はオレンジ色の薄いワンピースのスカートに、白いタイツ、麦わら帽子に茶色いショートブーツと背負いカバンという格好だ。金髪の髪の毛は短く、一部は後ろ側に跳ねているので活動的な印象が際立つ。


 ちなみに外区の大通りを移動する際は、別の意味で大いに目立ってしまった。


「ケンチじゃないか!? とうとう別の商売を始めたのかよ? 馬車でもないし、小さくて外区じゃ便利かもしれないな」


 防具店スハダカンの跡取りであるオトクカンからは、そんな風に言われた。


「妻を乗せて買い物に行くのに良さそうだ。ケンチ、どこで買ったか教えてくれんか?」


 防具店の隣の武器屋である、ザンダトツ先生からまでそう聞かれてしまったのだ。この御方おかたは連れ添って20年も経つのに、いまだに奥方様にべったりなのである。


「まぁ、変わった乗り物を引いてるんだね。ケンチ、そのお嬢さんはどういう知り合いなんだい?」


 目を輝かせたキムルァヤの女将おかみさんにまで捕まってしまい、俺とスーちゃんは色々と言ってごまかしたりする羽目になったのだった。


 一旦は時計回りで広い道を外区西側辺りまで行き、教会の手前からは東方向に折れて、内壁の西門まで移動した。

 黒クモさんの監視かんしチームによれば、教会から出た猪車イノぐるまはもう内区に入ったとのことだから、バッティングして気まずい思いをすることも無いだろう。






「ケンチ、この界隈かいわいは何も無いのだな。一般家屋はあるし、高そうな服を売っている店はある。気軽に立ち寄って、飲み食い出来る様な店は無いようだぞ」


「そうだな。昔はあったんだよ。爺さんがやってる店だったから、跡継ぎは居なかったのかもしれねえ。きっとボッサーリの旦那だんなは、リアホー隊長のことを分かってんだろうよ」


 姿を消して頭上にいるマーちゃんの感想に対しては、店側と衛兵隊の事情というものを伝えるしかなかった。

 俺が珍しく良いなと思った、喫茶店のような店は潰れて無くなっていた。

 そして、この街の衛兵統括長であるキルーゾ・ボッサーリ殿は、部下であるリアホー隊長の使い方というものを理解しているに違いない。

 ここには、仕事をサボれそうな店は無かった。そういえば、外壁西門の方にも無いわけではないが少ないのだ。

 

「おおっ!? 行き倒れじゃねえか? 珍しく街から長いこと消えてたと思ったら、今度ぁ新しい商売でも始めたのか? 馬の代わりたぁおめえらしゲッ、ファガダッァ!」


 汚い台詞を吐きながら近づいてきたのは、この街でも最底辺にいるような種族チンピラの一種で、名をスマッキオという。

 奴が何か言い切る前に、足首に蹴りを入れてから、拳骨げんこつを顔に振り下ろしたのはもちろん俺だ。

 165センチの狂暴な男は、路面に貼り付いて動かなくなった。


「この対応で良いのか分からないんだけど、この人は知り合いなの?」


 不思議そうな顔で聞いてきたのはスーちゃんだ。


「この人物は確か、エラベル・カモネ殿の部下だな。北側外壁の下に通路を掘って、密輸をやって暮らしている人物だ。トイレで話しているのを聞いた」


 さすがにマーちゃんは事情通だった。こいつらのボスは『エラベル・カモネ』という女なのだが、密輸やらその他の悪事で暮らしているのは知られている。内区の役人でグルになっている奴がいるのだ。

 俺としては、営利誘拐や違法薬物の販売さえやらなきゃほうっておく相手だ。だがデカい顔を始めたら話は別だろう。このアホはここに1人で来たのだった。


「スーちゃん、こいつらは悪い奴だからこれで良いんだ。

マーちゃん、こいつから他に聞けねえか、ちょっと頭の中身をいじってやるこたぁ出来るかい?」


 俺のお願いのすぐ後で、道の上にぶっ倒れたスマッキオは空気に溶ける様に消えた。今頃は例の吹き抜け同様、フロア内でも近寄りたくない場所にいるに違いない。

 西門に近いし衛兵もいるにはいるが、スマッキオがぶっ倒れた時点で全員が別の方向を向いてくれた。日頃の行いの賜物たまものというやつだろう。


「やっぱり、そういう業界の人もいるのね。帝国があった時代もそうだったわ。私も色々と質問したいかも」


 スーちゃんはこいつらの組織を記事にするらしい。やれたらスクープだ。


「前にマーちゃんが標本が欲しいって言ってたろ? こいつらは多分、困ってる連中の上前を跳ねたりしてんだろう。証拠が出てくりゃあ、健康状態のわりい奴を40人はもらっても良いんじゃねえか?」


 100日前だったら、この場だけで済んだだろう。だが今は、うちのアウシュヴィッツ姉さんがいるのだ。俺の大家さんは、実験用人体の確保も望んでおられるのだった。


「そういうことなら、法治の神も怒らないだろうな。『弥助やすけ』か『肉刑にくけい』なら、脳が動いていれば情報は取れる。地域にとって害悪なら消えても文句は言われまい。出来るだけ人数が欲しいのだ」


 どうやら、マーちゃんもやる気になってくれたようだ。相変わらず、不穏ふおんな名前の道具か技術が出てくるようではあるが、相手が相手なので問題は無いだろう。


 内区での用事が済み次第、俺たちはカモネ一家いっかの人間から情報を抜いて、そ知らぬ顔で何割かの構成員をいただくことになった。



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