第33話 M資金

「ところで、オットマー。おめえは何でそんな棒を持ってんだ? 下の現場でもおかしな道具を握ってるって聞いたぜ」


 話は済んだのでこれで帰ります、というところで組合長からそんなことを聞かれてしまった。メゲネーズ係長の持っている、ひのきの棒ヘルスヨーガのことである。


「これは体操に使っている棒です。健康に良いと勧められましてな。こっちの方は握力を鍛える道具なんですよ」


 メゲネーズ係長は、ひのきの棒フィンガーエキスパンダーまで携帯しているらしい。腰に何か差してあるとは思ったが、まさかアレだとは思わなかった。


「実ぁ、こいつを係長にすすめたのぁ俺の知り合いでして。俺も毎日やってますがね、身体の調子が良いですぜ」


 ここはもう、メゲネーズ係長をフォローする一択いったくだ。普通に聞かれるよな。


「ふむ、そうだったのかい。それでおめえら仲が良いんだな。オットマーの髪が、急に増えたのぁそれが原因だったりすんのかい?」


 係長は見た目だって激変したのだ。主に髪だが、せてスタイルが良くなった気もするし、筋肉量だって少しだけだが増えると聞いた気がする。活性化薬『中年の力』の在庫はまだあるだろうか。

 組合長の鋭い突っ込みは髪の毛にまで及んでしまった。


「これは……急に増え始めましてな。私も理由の方は分かりません」


 メゲネーズ係長は、どうやらボケ倒してくれるようだ。


「おやっさん、実ぁ俺の知り合いが髪に良い薬を作ってまして、今度はそいつを持ってきますぜ」


 おやっさんが、髪の分量を気にしているのは知らなかったが、ここで足止めを食らうのは何となくまずい。ここは、適当なことを言ってお茶をにごしておくことにした。


「本当か。実ぁうちの女房殿が妙なことにりだしてな。このままじゃ、オシタラカンの頭みてえに、俺の髪が消されるかもしれねえんだ。ケンチ、頼んだぜ」


 組合長にとって、少量だが長い付き合いの友人達は、奥方様に消されそうになっているらしい。


 育毛剤については念を押されたものの、俺は何とか組合長室から脱出することが出来たのだった。


「係長、ありがとうございゃした。とにかくこれで、面倒なこたぁ後回しか無しになりそうだ」


 上手いこと要求も通ったし、係長にはお礼を言っておくべきだろう。


「お役に立てたなら良かったが、マーちゃんはアレを用意出来そうかね? 私から言わせると、滅多に無いような奇跡の薬だぞ」


 組合長室から出て、廊下を誰も居ない場所まで移動しながら、メゲネーズ係長からはそう言われた。俺もそう思う。


「評判が良ければ、主力のプレゼントはアレが良いかもしれんな。在庫はまだあるのだ」


 背囊の中にいるマーちゃんからはそんな答えが返ってきた。少なくともサイレントアドバイザーなんかよりは良いだろう。何より猟奇的な匂いがしない。


「そんじゃあ、今日はこれで失礼しますぜ」


 係長にはそう告げて事務所を出た。


 外は相変わらずの土砂降りだった。

 うんざりしたが仕方がないので、正面玄関で背囊はいのうの脇にくくり付けてあるポンチョを外すことにした。






「明日なんだけどな、スーちゃんと一緒に内区へ行って、ヒルマッカラン総督閣下に面会してこようと思ってんだ。鉱山を案内する前に顔繋かおつなぎがしてえ」


 集合住宅アパートへの帰り道でのこと。

 鼻と口を覆うマスクは元の通りにつけた俺は、マーちゃんに今後の予定について相談することにした。


「ダガ補佐司教殿の訪問とかぶらないのか? それだけは気になる。それ以外は問題は無さそうなのだ」


 マーちゃんも、内区に自由に出入り出来る状態が望ましいと思っているようだ。

 うちの街守様も、スーちゃんやダミノルさんを既に知っている。今さら、うちのトカゲ姉さんを見ても驚かないだろう。


「特任司祭ってのが公表出来りゃ、内区も自由に入れんだけどな。アレもまだ内緒だ。ダガ補佐司教様たちも、この天気じゃ予定を明日にしてそうだな」


 ダガ補佐司教様とデチャウ司祭様が、鉱山の件で領主館に出向くのはこの雨が止んでからだろう。最悪は明日だ。


「スーちゃんの仕上がりの方も聞いてみねえとな。大丈夫なら、例の面会許可証が使えるかもしれねえ。酔った勢いでドラゴンに発行した書類だがよ、おぼえててくれりゃ良いんだけどな」


 人間の女性がやって来たら、逆に怪しまれるかもしれないが、そこは何とかして説得する流れだ。先に転移の術で、総督閣下の自室まで乗り込むのもありだろう。


 近いだけあって、探索者用のアパートにはすぐに帰ってこれた。






「と言うわけなんだよ。スーちゃんはあの義体の操作に慣れたかい? 俺とマーちゃんとしちゃあ、領主館に行って挨拶もして、通行許可証をもらってこようって思ってんだ」


 アパートの部屋からフロアに戻った俺たちは、早速スーちゃんに明日の予定について相談することにした。もちろん無理そうなら、日程をもっと後にしても良いのだ。


「義体の操作なら大分慣れたから、明日なら行っても良いわね。ダミノルさんが一緒に行ってくれないのは寂しいけど」


 スーちゃんがやる気なのはありがたい。


「明日は俺も一緒に行くぜ。神官服を着て、スーちゃんの付き添いってことなら何とかなるだろ。

マーちゃん、明日は内壁の門の所で銀貨か何かを飛ばしてこねえとダメかもしれねえ」


 スーちゃんにお願いするついでに、うちのM資金姉さんには現金のお願いをしておくことにする。


「分かった。金貨2枚くらいで足りるだろうか? 南だとヤッパリォーネ副長殿が居てくれるなら楽そうだな」


 やはりM資金は腐るほどあるだけのことはあって、役に立つなら放出は自由らしい。


「そんだけありゃあ充分だ。ここは安全に西門からでも良いな。そこまで遠くねえし、こういう時はマルッキ・リアホー隊長が輝いてくれるぜ」


 色んな意味で鉄板な男と言えば、西門担当のリアホー隊長だろう。

 交易商人が利用するのは、北門と東門の2か所になる。外区北東部が倉庫街になっているのはそのためだ。あの辺は旅館もある。北から入って東へ通過するかその逆が交易商人の経路になっているのだ。

 そして、そういう重要区域は絶対にまかされない人物がいる。それが俺たちの知る、マルッキ・リアホーという男なのだ。



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