第32話 秘密の魔銀級

「昨日のことだ。トマンネーノ組合長が教会に呼び出された。そこで伝えられたそうだ。私たちに特別賞与の支給まであると聞いた。全部君のお陰だ」


 どうやら俺の昇進は、管理者サイドから見れば喜ばしいことのようだ。金までもらえるとなれば、悪い話でもないらしい。


「そいつぁ良かった。ところでこの件なんですがね、大事にしたくねえと思ってまして。そんで……公表は無しにゃあなりぁせんでしょうか?」


 こういうことは、出来れば内緒にしておきたいのだ。昨日まで青銅級だった奴が、いきなり魔銀まぎん級まで上がったとなれば、どんな手を使ったのか根掘り葉掘り聞かれるに違いない。


「それは組合長に聞いてみるしかないな。私としてはもちろん反対はしない。混乱が生じる可能性は理解している。君の懸念けねんも当然のことだ」


 俺の見たところ、かつてのオットマー・メゲネーズという男は死んだらしかった。ここに居るのは、面倒見が良さそうな管理職の出来たオッサンだ。


「そう言うことなら、俺ぁこれから組合長にかけあってきます。おやっさん、今日はいらっしゃるんで?」


「ああ、今日はもう出てこられただろう。折角だから私も行くよ。話も通り易いと思う」


 トマンネーノのおやっさんの所に行って、昇進の件は伏せて貰うことを頼んで来ることになったが、思わぬ人物が味方に付いてくれた。正直にありがたい。


「ワインでも出した方が良いかな? 差し入れがあると、話も通り易いだろう?」


 猫バッグと化した背囊はいのうから出て、隣で浮いていたマーちゃんは、これまた頼もしい申し出をしてくれた。


「係長、お手数でなけりゃお願いしゃすぜ。マーちゃんもありがとうよ。ワインと、適当にキノコか何かの燻製くんせいがありゃ良いぜ」


 そう言うわけで、俺たちは連れだってトマンネーノのおやっさんの所に向かうことになった。


 余談ではあるが、マーちゃんの違法鋳造ちゅうぞう銀貨の方も流通させる為に、最近は食材を商店街でも買うようにしている。買いに行くのは黒子さんなのだが、人間に化けなくても騒がれないのは何故なぜなのか、俺としては不思議で仕様しょうがない。






 マーちゃんは背囊の中に戻り、それを背負った俺は、2階の廊下に出て組合長室まで進んだ。

 メゲネーズ係長は俺の前を歩いている。夏なのに、この人も濃い灰色のパンツに上はえりの立った同色のジャケットだった。

 ここの制服は生地が薄くなるだけで、夏服も冬服も同じなのだ。葬儀用の礼服に近いのは、殉職者が多いからだといううわさがある。


「組合長、メゲネーズです。ケンチもおります。入ってもよろしいですか?」


「オットマーか。入れ……」


 短いやり取りの後で、俺たちは組合長室の扉をくぐった。


「何だよ、おめえら。珍しい組み合わせだな。ケンチ、昇進のこたぁ聞いたぜ。俺からも聞きてえことぁあるんだ。立ってねえで、2人とも座れ」


 相変わらずの調子で、組合長は俺たちに椅子を勧めた。

 多少なりとも立派ではあるが、基本は係長と同じデザインの制服を着崩しているのは、おやっさんの根がズボラだからだ。頭頂部にだけ残った銀の髪が2回転しており、ヒゲが整えられているのが逆に不思議だった。きっと奥方様がここだけは死守したのだろう。


「おやっさん、まずぁ、こいつを。ちょっと良い果実酒が手に入りゃしてね。干して焼いたキノコの燻製くんせいもありますぜ」


 まずは贈り物からだ。マーちゃんがワインを用意してくれたので、背囊の中からそっと机の上に出した。

 うちの猫キャリーバッグ姉さん入りの背囊は横に置いて、俺と係長は柔らかい長椅子に腰をおろしている。

 マスクの方は、とっくに顔から外して首からかけてあった。2本のゴム紐を頭の後ろにかけるタイプなのだ。


「こいつぁまた、おめえもマメなこったな。話ってな昇進の件でいいんだよな? 俺はな、信じられなかったぜ。おめえが遺跡と岩塩鉱を見つけた事も、それを全部教会に寄進しちまったこともだ」


 おやっさんには早速、溜め息を吐かれてしまった。そうしたくもなるだろう。子分はまだ引退しないが、厄介な級に上がってくれたのだ。


「あんまり、アホみてえな金を持ってても仕方がねえと思いゃしてね。そんでこういうことになった次第で。司教様方も良い御方おかたでしたぜ」


 殊勝しゅしょうにそう答えたが、金では買えない様な贅沢ぜいたくなら、俺の方はすでに100日間もしている。

 ついでに金貨も銀貨も30万枚もあって、それはバラいてこないといけないのだ。相手は勝手にがたがってくれるから、融通ゆうずうというものもくようになるだろう。


「ほぅ、そうかい。そういや、前からそういう所のある奴だったな。欲が無さすぎんのも問題だがよ、聖職者になりてえってのもあんだろ? それで、オットマーと一緒に来たのぁ何でだ?」


 トマンネーノのおやっさんの目が、少しも笑っていないのはいつものことだ。普段の行いが良い所為せいか納得はしてくれたらしい。


「係長にも相談に乗っていただいたんですがね、魔銀級の昇格の話は、もうちょっと落ち着いてから公表ってことにゃなりゃぁせんでしょうか?」


「ケンチの懸念けねんはもっともですし、業務に支障が出る可能性もあります。行儀の良い連中ばかりでもありませんからな」


 組合長に俺が切り出した話は、メゲネーズ係長も擁護ようごしてくれた。


「2人とも、しばらく見ねえ間に仲良くなったな。ケンチがそう言うんじゃ、俺の方としちゃあ異存いぞんえぜ。だがアッコワの奴も知ってるし、アライナーにも教えなきゃならねえ。受付嬢どもだって話しちまうだろうよ」


 受付統括長のアッコワ・ユシュトルの兄貴は当然知っているだろう。

 アライナー・ホーヘーミッチャル係長にも話は行くだろうし、受付嬢どもの口が軽いのは今に始まったことではない。

 オシタラカンのとっつぁんにだって話は伝わるに違いないのだ。


「こっそりゆっくり伝わる分にゃあ問題ありゃぁせん。大っぴらに広がるのぁ勘弁してもらいてえだけなんで」


 色々と分かった上でお願いしています、という俺に対して、トマンネーノのおやっさんは折れてくれた。特別賞与が出るということもいただろう。

 ついでに言えば、祝賀会の様なものが開かれて、余計なお誘いが増えるような事態も回避された。カタリーナ・ジョヴァンディ達がもう退院して来るらしいのだ。


 そういえばグレトルの顔の件は、連中の間でどういう扱いになっているのだろうか。



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