第31話 土砂降りの日

 司教様方と面会した翌日は、6の月8日でマーちゃんと出会ってから丁度100日目ということになる。

 今日は普段暮らしているフロアに、勢いの無い雨が夕方前あたりまで降る日でもある。


 そんなわけで、さっさとセーフハウスでもあるアイテムボックスから出て、何処どこかに出かけるのもありなのだが、生憎あいにくとこちらの世界でも雨が降っていた。


 4から6の月は夏で、湿度は日本よりはおそらくずっと低く、雨も秋や冬に比べれば少ないのだが、まれに朝から土砂降りという日があるのだ。今日がそれだった。


「マーちゃん、今日は雨の日だ。しかもひでえ降り方してやがる。丁度良いから、組合の事務所に行くぜ。俺の昇進の件が知れ渡ってんなら、人が少ねえ今日みてえな日に限るぜ」


 こういう日はまれにしかないが、その為に事務所に顔を出す探索者も少ない。濡れるのが好きな奴が少ないのはここも同じなのだ。


「騒がれると面倒というわけだな。近くまで転移で移動するか? それとも雨の中を歩いて行くのか?」


 アパートの掃き出し窓にかかるカーテンの隙間から、外の様子をうかがっていた俺に、うちのトカゲ姉さんからはそういう申し出があった。


 ちなみに、アイテムボックス内のフロアから直接転移が可能なのは、マーちゃんの居る閉鎖空間と、この世界の距離が離れていないからだそうだ。

 不思議なことに、フロアから転移する場合の移動距離とは、収納口が存在する場所から目的地までとなる。今なら探索者用集合住宅アパートの俺の部屋内から、組合事務所の近くまでということだ。


「転移で移動すんのぁ無しだ。ポンチョか何か出してもらえねえかな? いつも通り歩いて行くことにするぜ」


 大した距離でもないので、今日は歩いて事務所まで行くことにした。

 今日の服装だが、下は紺色ジャージ、上は濃い灰色のTシャツ、靴は擬装ぎそうした茶色いスニーカーでこの夏からの定番だ。靴下だって灰色のヤツをはいている。

 茶髪は2ブロックにして短くし、白いヘアバンドをして、鼻と口を覆う白いマスクもしておく。

 これに背囊はいのうを背負って、出してもらった茶色いポンチョを着れば完成だ。


「マーちゃんはポンチョの中に居てくれ。背負ってる背囊はいのうで隙間が出来てるから、そこに居てくれたら良いと思うぜ」


 俺がそう声をかけると、マーちゃんは背囊はいのうの中に潜り込んでしまった。長細いチューブ状カメラが、くねりながら出てきたので、これで周囲を観るのだろう。


「これでカメラが向いている側の180度の視界と音声は拾える。こういうのも良いな。今度から雨の日はこれにしよう」


 いつものアルトボイスだが、何やら楽しんでいるように感じた。

 うちのリュックサック姉さんの準備も出来たので、ポンチョに付いているフードを被って、俺は雨の降る街路を事務所に向かって歩き始めた。






 外区のほとんどの街路は土がむき出しで、石が取り除かれ平らになっているだけだ。排水溝の様な設備もないわけではないが、こういう日はひどい泥濘ぬかるみになったりする。


「汚物はかれねえし、ゲロだって土でもかけときゃ何とかなるんだが、こういう日だきゃあいただけねえな」


 短い距離でも愚痴ぐちりたくなる路面状態だ。


「なるほど。こういう日は開けない店もあるのか。濡れるのに弱い商品や、生活必需品でなければありだな。ところで一応は防水で作ってある靴はどうなのだ?」


 愚痴ぐちる俺を余所よそに、うちの猫キャリーバッグ姉さんは観察に余念がないらしい。ついでの様に靴の具合を聞かれた。


「そういや中は濡れねえな。水溜まりに足を突っ込んだらそれまでって感じだが。色々と避けて進むことにするぜ」


 そんな感じで進むと、間もなく探索者組合事務所の正面玄関が見えてきた。さすがに雨の日は誰もいないようだ。


「マーちゃん、ポンチョは脱ぐがそのまま中に居てくれ。俺は受付に顔を出して、アッコワの兄貴か、メゲネーズ係長に聞いてみることにするぜ」


 事務方に頼れそうな人が増えたのは、こうなってみると良いことしかない。

 今さらのように不思議に思うのは、マーちゃんと顔見知りなのがメゲネーズ係長の方であることだ。アッコワの兄貴にも、後日必ず紹介しようとは思っている。


 入り口をくぐると、ロビーは狙い通りに閑散としていた。受付カウンターの中に職員たちがいるだけだ。

 だが一番奥にアッコワの兄貴の姿はない。仕方がないので、前情報はメゲネーズ係長に聞くことにした。


「メゲネーズ係長、ケンチです。実ぁあの件▪▪▪でご相談がありぁして。今はお時間の方はよろしいですかい?」


 俺は、カウンターの奥にいる係長に向かって声をかけた。こんなことをするのは、ここに勤め始めて10年の間に3回だけだ。今日が4回目だった。

 ちなみに受付嬢はと言えば、毎回毎回完全に無視されているのだが、本当に何も言われなくなってしまった。いつからかはもう覚えていない。


「ケンチじゃないか! 教会から話は聞いているよ。あの件▪▪▪についてか。ここでは何だから別室で話そう」


 本当に驚いたのだが、メゲネーズ係長はすっかり人が変わってしまった。もちろん外見にも変化はあるのだが、内面から出てくる自信の様なものは以前には無かったものだ。


 俺たちはそのまま、2階の別室へと通されて話を聞くことになった。


「メゲネーズ殿。その後はどうかな? 毎朝欠かさずにラジオ体操にはげまれているようだが。姿勢が良くなったりはしているようなのだ」


 2階の部屋に入ると、マーちゃんが早速背囊から出てきて係長にたずね始めた。

 確かに係長は姿勢が良くなった様に見えるし、黒い髪の毛が全体的に生えてきていた。髪型までそれに合わせて短くなり、ヒゲまで生やしていて貫禄かんろくが出てきているのだ。


「マーちゃんのお陰だ。毎朝、黒クモさんが来るのが楽しみでね。ギデネブさんとも知り合いになった。言葉は交わせないが、同好の士がいるのは良いものだよ。これも手放せなくてね」


 本当に意外なのだが、メゲネーズ係長は、相手が人間以外なら何でも大丈夫であるらしかった。運動神経の良さに続いての新たな発見というヤツだ。

 さらには120センチの『ひのきの棒ヘルスヨーガ』を職場にまで携帯していた。これも意外と違和感が無い。きっとフィンガーエキスパンダーも利用中なのだろう。


「そいつぁ、紹介した方としちゃあ嬉しい話ですよ。それよっか俺の昇進の話についてお聞きしてえと思いゃして。どういう風に来てんですかい?」


 取りあえずは、俺の昇進の話がどういう感じで伝わっているのか、メゲネーズ係長から教えてもらわねばならない。



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