第30話 出世

「その……魔銀級……ですかい? 何かの間違いじゃねえんで?」

 

 我ながら間抜けな聞き方だと思った。自分はモロキャッチ達に、探索者としての地位だけでも並べばそれで良かったはずだ。

 ちなみに魔銀まぎんとは、産出量が極端に少なく魔法との親和性が非常に高い銀のような金属のことだ。

 魔銀まぎんで装備を作ると、出鱈目でたらめに値段が高くなる。高位探索者のシンボルで、持っている者もほとんどいない。


「間違いではないぞ。探索者として間違っているのは貴方あなたの方なのだ。だが、聖職者としては誰よりも正しいと全員が認める。本当なら、国都か聖都に来てもらいたいのだよ」


 少しの間はほうけていたと思う。

 ドレ司教はそんな俺に念押ししてくれた。これは厄介な責任が生じるというパターンではないだろうか。


魔銀まぎん級の方は分かりました。浅学せんがくなもんですから、特任司祭って方は初めて聞くんですが、何かお勤めが増えたりするんでしょうかね?」


 地位ぐらいは上がるだろうとは思っていたのだ。予想はしていたはずだった。それでもショックを受けた所為せいか、業界でつちかわれた汚い言葉づかいが変になった。


「それについては安心してほしい。後で何か頼むことはあるかもしれないが、今のところは勤めも何も無い。使徒ケンチについては、教会で身分を保証し全ての場所に移動することを許可する」


 ドレ司教様の言葉で納得した。俺たちが望んだ移動の自由の方に、特任司祭という地位がくっついてきたということだった。特認であるから任地も無いそうだ。


「それは良かった。国家間の移動に関して、便宜べんぎはかっていただけるのはありがたい。これで何処へ出かけるのも自由だな」


 うちのバリアフリー姉さんからは、極めて呑気のんきな感想が出てきた。今後は聖都に連行される可能性も無くはない。


御使みつかいよ。貴女に関しては、聖都にて正式に認定がなされるでしょう。いずれは使徒ケンチと共に聖都にお越しいただき、式典に参加していただくことになろうかと思います。『殴打オーダのマンマデヒク』として……」


 ドレ司教様が言うには、どうやらマーちゃんは『法治ほうちのメズマリーニョ』に並ぶ扱いになるとのことだった。俺の懸念けねんした通りだ。


 どうせなので、スーちゃんについてもその時に何とかしようと思う。高位聖職者の皆さんも、ドラゴンからのインタビューなら受けてくれるだろう。


 そこからの話は早かった。


 デチャウ司祭様からは、魔銀級の探索者証を手渡された。組合の母体が教会なので、手続きは向こうで勝手にやってくれるとのことだ。青銅級の身分証とはおさらばした。


 また、既製品サイズではあるが、俺の為に司祭の神官服が新たに支給された。冠婚葬祭かんこんそうさいの手伝いなどの仕事は相変わらずあるのだ。


「デチャウ司祭様、俺の方ぁこの後もしばらくは、街にいりゃあ良いってことですかい? 何か厄介な事が起きて、出かけなきゃならねえ場合はどうすりゃ良いんです?」


 色々と一段落したので、今後の予定について聞いてみた。マーちゃんの扱いには温度差があって、どれぐらい重要視されているかは俺だとまだ分からないのだ。

 それに全ての権利を放棄した俺は、話がまとまって、岩塩鉱の場所まで案内する以外に仕事の方も無くなっただろうと思う。


「お前さんについちゃあ、まだこの街の預かりではある。いきなり全部を話すとな、トマンネーノの奴が怒鳴り込んでくるかもしれねえからよ。魔銀級に昇格したって話と、山から持ってきた物の話は俺からする」


 デチャウ司祭様の話では、諸々もろもろの面倒な手続きのほぼ全てが必要ないとのことでホッとした。昔から苦手なのだ。アッコワの兄貴に怒られる原因でもある。


「忘れるところであった。使徒ケンチは神官の資格は持っておるのだったな。今後は儀式について、もっと精通してもらう必要はあるだろう。式次第しきしだいも渡されるので、勉強はしてもらうぞ」


 街で待機する間、どうやって暇を潰そうか考えていたのだが、マレニバズル司教様の台詞によってそれはきれいに潰された。

 いづれはクソの様な業界と別れる気持ちはあったが、そういうのは心の準備というものが必要なのだ。早くないだろうか。






 最後にそういうやり取りはあったものの、報告と成果の提出を終えた俺たちは教会を辞去することにした。MPが減ったり増えたりで大変な日だったと思う。

 俺にとっての慰めと言えば、昇格したことと、日記に書ける内容が増えたことぐらいではないだろうか。

 

「ケンチ、結果としては良かったのではないか? 余分な拘束はあるかもしれんが、特典もあるのだろう? 魔銀級探索者は国内でもごく少数であると聞いた」


 帰り道では、姿を消した頭上のマーちゃんからそんな念話が飛んできた。


「実ぁな、魔銀級っていやあ周辺国家でも少数だ。公国にゃあ俺以外だと2人じゃねえかな。神鋼しんこう級になっちまうと、ベアグリアスが死亡認定された時に昇格したぐれえだ」


 俺は白いマスク越しに小声でそう返した。いずれにしても上納金の累積額の話だ。金目の物を持って帰ってこれるというのは、強さの指標しひょうでもなく名誉とも呼べないだろう。


 金級の連中もそうだが、俺たちが気にかけるのは生き残れるかどうかなのだ。逃げるのも無視するのも必要ならやる。俺の方は、さらにそでの下から色々と出すというわけだ。


 特典についてはもちろんあるのだが、借金の借り入れ額が大きいとか、アパートが無料になる、家を購入する際に身分保証がある、依頼を受ける際に優先権があるなどだ。


「今のところは、アパートが無料になるだけだな。山に出かける前に、まとめて5ヶ月分銀貨10枚払った分は、戻ってくるのだろうか。気になるのだ」


 うちの硬貨貯金姉さんの指摘は正しい。


「戻ってくるのぁ銀貨4枚だな……今やそいつも要らねえ気がするぜ。今度は孤児院に本と肉でも持っていってやりてえんだが良いかな? 銀貨4枚はその足しにでもするさ」


 ジュンクさんとは、そんな約束があったことも思い出した。

 こちらでは読書の秋なんてものはないのだが、覚えておくと役に立つことだって多いのだ。子供たちの食卓が多少はにぎやかになるのも良いだろう。マーちゃんにはそこだけ頼んでみた。



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