第29話 司教ズの来訪4

 そんなわけで、カロリーフレンドと製造工場に関しては、マーちゃんが引き続き経過観察を行うしかないということになった。

 碩学せきがくの司教猊下げいかでも分からないことはあるだろうし、教会が秘密にしていることの中にもこれはないだろうと思う。


 俺とマーちゃんは、そそくさと気持ちを切り替えて、岩塩鉱と遺跡から持ち帰った技術情報について伝えてしまうことに決めた。


「デチャウ司祭様、次ぁ例の岩塩鉱の話になりやす。あれぁどういう風に持っていくんですかい?」


 管轄かんかつとしてはデチャウ司祭様と、上司のガンジオ・スカラ・ダガ補佐司教になる案件だろう。公国内の最高責任者である、カーンディクト・ドレ司教も無関係というわけではない。


「それについて何だがな、ヒルマッカラン総督に話は持っていくが、オーデン伯爵にまで話は通るだろう。そうなったら、俺とダガ補佐司教様が伯爵と話を詰めにゃならん」


 デチャウ司祭様は、予想通りのことを簡潔かんけつに答えてくれた。

 岩塩は初期投資が少なく、もうけは薄い分どこででも使うし売れる。オーデン自体も潤うが、利益の一部が教会の物になるのは大きいだろう。


「分かりやした。紙に書いてきたんですが、こいつが岩塩鉱の場所です。俺は銅貨1枚も受け取らねえんで、後は好きにしていただいて、もうけはここの為に使ってくだせえ」


 俺は得られる報奨金について辞退して、全部を教会に納めることを伝えた。事前にマーちゃんと話し合ったことだ。

 今後も金や銀が掘れれば、それをこっそりと市場に流しながら、文化的な品物を合法的に入手することはいくらでも出来るだろう。

 

 その場には、誰かの溜め息が流れたが俺は素知らぬ顔で通した。


「次に遺跡から出てきた物を出しますぜ。マーちゃん、例の印刷機と緩衝装置の現物と、技術情報の書類を出してくれねえか」


 その場を次に満たしたのは、司教様たちのどよめきだった。

 椅子も退かした誰も居ない礼拝堂に現れたのは、執務室の机よりも大きな印刷機と、ひと抱えはありそうな馬車用緩衝器だったのだから当然だろう。

 先月から、この日は礼拝堂を使用できず、説教も何もない旨の告知を行ったのは正解だと思う。葬式も結婚式も無くて良かった。


「ここに出した物で全部だ。ここにある書類は、部品を元に新たに書いた設計図と技術解説だな。これも全て教会にお渡しする」


 今のマーちゃんは光量を落とし、俺の左肩に捕まりながら、その場の人間に出した物の説明をしていた。

 小さな金と銀の鉱脈とデジコルノ家のあれこれ、ハーケンケイムに関する内容は黙ったままにして、それ以外は遺跡について大まかに話すことに決めていた。

 内区の件については事故的に発生してしまった為、今回はスーちゃんの紹介は無しである。聖都に行く時ぐらいしか必要ないだろうし、メズマリーニョ経由のコネ、略してドラコネも使えるだろう。


「使徒ケンチよ。君もマーちゃんも、これらに関して全てを教会に寄進きしんし、情報料を含む全ての報奨ほうしょうを受けない、ということで良いのかね……」


 機械や書類をしきりと眺めていたマレニバズル司教様からそう聞かれた。声が少し震えてないだろうか。


「俺たちが持ってたって仕様がねえもんですからね。それに金は教会で使ってもらいてえ。孤児院だってタダじゃねえですからね」


 自分の懐に、金貨が30万枚も入ってる男が何を言うかと怒られそうだが、俺はしれっと司教様にびた。目もみきっているに違いない。

 マーちゃんも隣でウンウンうなずいている。

 

 俺たちからすれば、目の前にあるのは時代遅れのゴミもいいところなのだ。オフィスの大型コピー機に目の色を変えるなんて有り得なかった。


「分かった。しばらく応接室で待ちなさい。これらはこちらで連れてきた者に運ばせる。だが、これだけの貢献をして何も無しでは、教会としても後々問題になる。この件に関しては私たちで協議する」


 マレニバズル司教様がそのように宣言し、俺とマーちゃんは応接室へ、その他の面々は司祭様の執務室へと移動することになった。






「しんどい空気だったぜ。マーちゃん、これで上手く行きゃあ移動ぐれえは自由に出来るようになる。そしたら何処でも行って、何でも取ってくりゃあ良いんだ」


「それは実にありがたい話だ。法的にめると後が面倒だからな。ケンチ、今後の予定について、何か決めたいがどういうのが良いであろうか?」


 俺たちは応接室で待機なのだが、油断は出来ない為に、鼻と口を覆う白いマスクは一応つけた。口の動きがバレないようにして、小声と念話でこっそりと会話中というわけなのである。

 お茶の方は遠慮したので、先程からこの部屋には誰も来なかった。


「予定についちゃあ大森林の一番奥か、北の山脈か海にするか、隣の国ってのもあるな。ところで、裏の連中は今回の件を気にしてねえようだ」


 今後については特に決まっていない。

 それよりも、聖都と国都から最低2人ずつは、司教に同伴しているであろう裏の連中が気になるところだ。


「今のところ、部屋の周囲には誰も居ないようだな。今回得た物の移送の方が大事なのかもしれん。マレニバズル司教には、政治的に対立する人物はいないのか?」


 うちの透視レーダー姉さんによれば、今のところ部屋の周囲は安全らしい。

 それにマーちゃんの懸念けねんはもっともだと思う。


「権力があってもな、あんまり無法な真似まねをやりゃあ加護ががされて終わりだ。神から見放みはなされて、高位聖職者を続けられるほど甘くねえ。神の言葉はえが、確実に見ておられるのはそういうこった」


「なるほど、その辺は統制がいているのだな。ところで誰か来たぞ。司教たちだ」


 マーちゃんに教えられた俺は、顔に付けている白いマスクを外して待った。


「待たせてしまったな、使徒ケンチ。前置きは無しで協議の結果を伝えるとしよう。あなたには魔銀まぎん級の探索者の地位と、教会より特任司祭の位階が与えられることになった」


 今いる応接室には、今回関わった全員がやって来た。全員が並ぶ間も無く、カーンディクト・ドレ司教の口からは、実に軽い感じで教会と組合からの俺に対する報奨が告げられた。

 魔銀級は探索者として上から2番目で、実質は一番上という地位である。今は青銅級だから、銀と金を飛ばして3階級特進ということになるだろう。

 今回の寄進は、上納金としては金級を余裕で突破してしまったらしい。

 それに特任司祭というのは初めて聞いた言葉だ。どういう事なのだろうか。



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※中編:『俺が吹き飛ぶと桶屋が儲かる』が完結しました。お手軽13話のホラーですがよろしくお願いいたします。

https://kakuyomu.jp/works/16818093086338069196

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